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NHK『サキどり』2015/04/12放送分「ビッグデータ」「行動観察」事例にツッコミを入れてみる

今朝NHKの『サキどり』というやや中途半端なビジネス番組を見た。テーマは『”見えないニーズ”丸見えに』

たかがテレビ番組なので取材の精密さには疑問があるけれど、それにしてもコンビニの「ビッグデータ」活用と、住宅設備メーカーのガスコンロの「行動観察」マーケティングの例はヒドかった。

何がヒドいかというと、企業側のマーケティングがいまだに過去の比較的リスクの低いマスマーケティングの発想のままであること。大量に広告を打って、分厚い中間層に特定のサービスや商品を売り込むというマスマーケティングから、ぜんぜん脱皮していないことだ。

使っている手法こそ「ビッグデータ」とか「行動観察」とか目新しいけれど、それを使っている企業のマーケティング担当社員の発想が、すでに中間層が崩壊しつつある日本の市場にまったく追いついていない。

まずコンビニの「ビッグデータ」活用から。

短期的に大量の顧客が購入する商品よりも、長期的に少数の固定客が買い続ける商品の方が利益につながる。だから「ビッグデータ」を活用して固定客がつくような商品を開発しようということ。その一例が低糖質パンらしい。

しかし新商品というものは、そもそも固定客がつくまでに時間がかかるものだ。

昔の日本のように分厚い中間層の趣味嗜好がほとんど同じで、新しい商品を出せば売れるという時代ではなくなっているので、新商品を出したら、固定客がつくまでは利益が出なくても根気よく売り続けなければいけない。

消費者のニーズが多様化すれば、新商品が失敗するリスクは高まり、投資を回収するにも時間がかかる。それでもリスクをとって新商品を出せるかどうかは、マーケティング担当者のレベルで意思決定する問題ではなく、経営層が意思決定しなければいけない問題だ。

ところがこのコンビニの例では、おそらくマーケティング担当がわざわざ「ビッグデータ」のような「流行り」の技術を持ち出さなければ、経営層を説得できなかったのだろう。

リスクを取るのが経営層の責任なのに、その責任を回避して「確実に回収できる投資にしか金を出さない」と言い、結果としてマーケティング担当者は「ビッグデータ」のような新しいツールで経営層を説得しましょうという、IT企業の戦略に会社まるごとのせられる。

IT企業やマーケティング会社にとって、リスクを取れない経営者ほど騙しやすいカモはないと言える。

次の住宅設備メーカーの「行動観察」の事例もまったく同じだ。

メーカーがマーケティング会社に業務委託した「行動観察」の結果、多くの家庭がガスコンロの上に鍋類を置きっぱなしだと分かった。そこでメーカーは鍋類を起きやすいガスコンロを開発して発売した、とのこと。

しかし、そもそも多くの家庭が3~4口コンロの上に鍋類を置きっぱなしにするという、新しいトレンドが生まれたのはなぜか、この住宅設備メーカーは考えたことがないらしい。

それは少子化で世帯人口が減っているにもかかわらず、それまでガスコンロと言えば、2口の後付けがほとんどだったのに、据え付けの3~4口に増やすという英断をしたのは、住宅設備メーカー自身ではないのか。

その3~4口コンロは、五徳の高さがぴったりそろっているので、鍋類を適当に放置してもガタつかない。その結果、多くの家庭がガスコンロに鍋類を放置するようになった。そう考えるのが自然だろう。

つまり、ガスコンロに鍋類を放置するという「トレンド」は、住宅設備メーカーが自ら産みだしたものなのに、マーケティング会社に「行動観察」を業務委託するまで気付かなかったらしい。

おまけにその「気付き」にもとづいて、鍋類を放置しやすいガスコンロを開発したとは、社内で過去のマーケティング実績がちゃんと引き継がれていなかっただけでしょ、と言いたくなる。

おそらく、バブル崩壊かリーマン・ショックのタイミングで、このメーカーは本社マーケティング部門の要員を営業部門や関連会社に異動するなど、蓄積された知識を散逸させるような人事をやったのだろう。

以上、どちらの事例も、顧客のニーズを見出すことが難しくなったので、「ビッグデータ」や「行動観察」などの新しい手法が必要になった、というお話ではない。単なる、経営層のマーケティング判断の失敗事例だ。

コンビニの事例は、経営層がニーズの多様化は新商品への投資リスクを高めるという当たり前の事実を認識していないという失敗。

そのせいで「ビッグデータ」といった流行りモノを「言い訳」にしなければ投資の意思決定ができなかった。

ガスコンロの事例は、経営層が過去の自社のマーケティングについての知識(流行りの言葉で言えば「ナレッジ」)を、自ら散逸させてしまったという失敗。

そのせいで外部のマーケティング会社に業務委託して、「行動観察」という流行りモノで自ら散逸させた知識を取りもどさなければ、新製品の投資の意思決定ができなかった。

どちらも、経営層が現場の中間管理職のような意思決定しかできず、十分な根拠がなければ決断できなかったり、会社全体の問題を認識できなかったりするために、マーケティングが失敗しているだけである。

その現実を経営層が認識しない限り、日本企業は変われないのだろうと思う。

「5年間滞在した日本を離れるドイツ人ジャーナリストの告白」全文日本語試訳

「5年間滞在した日本を離れるドイツ人ジャーナリストの告白」というtogetterで抄訳されていた記事が面白かったので、全文を日本語にしてみた。

英語の原文は、日本外国特派員協会の「NUMBER 1 SHIMBUN」というブログのこちらの記事

原題は「東京からドイツの読者へ5年間伝え続けた外国人記者の告白」。筆者はドイツのフランクフルター・アルゲマイネ紙の記者カーステン・ゲルミス氏。


荷物はまとめた、と歌はつづく。東京で5年間、ドイツの日刊紙『フランクフルター・アルゲマイネ』の特派員として過ごし、私は間もなく東京から故国へ旅立つ。

私が離れるこの国は、2010年1月に到着したときとは違っている。表面上は同じように見えるけれど、社会の雰囲気が―この12か月のあいだ私の仕事にだんだんと影響するようになったのだが―ゆっくりと、しかし、はっきりと変化している。

日本のエリートたちの認識と外国メディアが伝えることの間にあるギャップは広がりつつあって、ここで働くジャーナリストたちにとって問題になるかもしれないと心配している。

もちろん、日本は出版の自由のある民主主義の国だし、日本語の能力が低い特派員でさえ、情報にアクセスできる。

しかし、ギャップは存在する。というのは、安倍晋三首相のリーダーシップの下ではっきりとした変化(shift)が起こりつつあるからだ―つまり右派による歴史歪曲の動きだ。

日本の新しいエリートたちは、往々にして外国メディアが書き続ける反対意見や批判への対処に苦労しているので、そのことは問題になるかもしれない。

日経新聞は、今年2月にドイツのアンゲラ・メルケル首相が来日したことについて、ベルリン特派員のエッセーを発表した。その特派員は次のように書いている。

「メルケルの訪日は、友情というよりも日本批判に貢献した。彼女は日本の専門家たちと、ドイツの原子力発電停止政策について議論した。彼女は朝日新聞を訪問したとき、そして安倍首相に会ったとき、戦時の歴史について話した。

彼女は最大野党である民主党の党首、岡田克也氏とも話した….友情が示されたのは、彼女がドイツの会社の経営する工場を訪問して、ロボットのAsimoと握手したときだけだった。」

このエッセーは辛辣なように見える。しかし、前提を受け入れるとしても…友情とは何だろうか?友情とは単に同意することだけだろうか?

友情とは、友人が彼自身を害するような方向に動こうとしているとき、自分の信念を語る能力のことではないのか?そしてメルケルの訪日は、確かに単なる批判よりも複雑なものだった。

ここで私自身のスタンスをはっきりさせておこう。5年たっても、私の日本に対する愛情と愛着は壊れない。じっさい、私が出会ったたくさんのいい人たちのおかげで、私のこの気持は今まで以上に強くなっている。

私の日本人の友人たちやドイツの日本人読者たちのほとんどが、私の書いた記事に私の(日本に対する)愛を感じると言ってくれる。特に2011年3月11日の出来事の後は。

不幸にも、東京の外務省のお役人たちは完全に異なる見方をしており、日本のメディアも同じように感じているようだ。

彼らにとって私は―ドイツのメディアに属する私の同僚たちのほとんどもそうなのだが―辛辣な(日本)批判を書くことしかできない、日本たたきの張本人なのである。

日経新聞のベルリン特派員が書いているように、二国間の関係を「より友好的でない」ものにしている責任は、私たちにあるというのだ。

変化する関係

『フランクフルター・アルゲマイネ』紙は政治的には保守で、経済的には自由主義かつ市場主義だ。ところが、安倍氏の歴史修正主義についての記事が批判的だとクレームをつける人たちは、右派なのである。

ドイツでは、リベラルな民主主義者が、侵略戦争に対する責任を否定するなど、考えられないことである。もしドイツで日本の人気が落ち込むとすれば、それはメディアの記事のせいではなく、歴史修正主義に対するドイツの反感のせいだろう。

私が日本で仕事をし始めたころ、問題は大きく異なっていた。2010年、民主党が政権をとっていた。私が取材した3人の首相―鳩山、菅、野田の三氏は、外国の記者に自分たちの政策を説明しようとし、政治家たちが次のように言うのをよく耳にした。「私たちはもっと努力して国をもっとうまく治めなければならない」と。

外国人ジャーナリストたちは副首相の岡田克也氏にたびたび招かれて、例えば、意見交換を行った。首相の公邸である官邸では毎週ミーティングがあり、職員たちは現時点の問題について―場合によってオープンだったりそうでもなかったりしたが―すすんで議論した。ある問題について、私たちは政府のスタンスをためらわずに批判したが、職員たちは彼らの立場を理解してもらおうとし続けていた。

その巻き戻しは2012年12月の選挙の後、すぐにやって来た。

新しい首相は例えばFacebookといった新しいメディアを活用しながらも、行政において情報開示に積極的に取り組もうという証拠はどこにもない。財務相の麻生太郎氏は外国人ジャーナリストたちと一度も話そうとせず、政府の巨額の債務についての質問に答えようとしていない。

じっさい、外国人特派員たちが政府の公式見解を聞きたい問題は長大なリストになっていた。エネルギー政策、アベノミクスのリスク、憲法改正、若年層の就職機会、地方の過疎化。

しかし政府代表が外国の記者と話そうという意志は、ほぼゼロである。同時に、首相のいう素晴らしい新時代を批判する者は、誰もが日本叩きだと呼ばれている。

5年前と比べて新しくなったこと、そして5年前には考えられなかったことは、外務省からの攻撃を受けることだ。直接的な攻撃だけでなく、ドイツにいる新聞社の編集スタッフまで攻撃を受けるのである。

私が安倍内閣の歴史修正主義を批判する記事が発行されたとき、新聞社の外交問題にかんする編集長は、フランクフルトの日本総領事の訪問を受け、「東京」からの異議を伝えられた。日本総領事は、中国の反日プロパガンダに利用されてしまう、と苦情を言ってきた。

状況はさらに悪化した。

その後、凍りつくような90分間の会議で、編集長は日本総領事に、記事が間違いだと証明できる情報を求めたが、無駄だった。

日本総領事の外交官は、「金銭がからんでいると疑わざるを得ません」と言い、私と、編集長、そして『フランクフルター・アルゲマイネ』紙全体を侮辱したのだ。

私の記事の切り抜きを取り出しながら、その日本の外交官は私が中国のプロパガンダを支援する記事を書く必要があったことについて、延々と哀悼の意を表明した。その日本の外交官は、私が中国にビサを申請する必要があるからだろうと理解していたのだ。

私が?北京から金をもらったスパイだって?私は北京なんて行ったこともないし、(中国に)ビザを申請したことも一度もない。

もしこれが、新内閣が日本の目的を理解させるために取った手段なのだとすれば、その前にやるべきことはたくさんある。

もちろん私の編集長は、中国支持だという非難を受け入れなかったし、私に報告を続けるよう支援してくれた。それどころか、私の報告をより厳しいものに編集してくれた。

高圧的な態度は過去2年間で強まっている。

2012年、民主党がまだ政権にあったとき、私は韓国を訪問して、元慰安婦にインタビューし、紛争中の竹島(韓国人にとっては独島)を訪れた。もちろん(韓国側の)PRだったが、私にとっては論争の中心を見るめったにないチャンスだった。

私は外務省に食事と議論のために呼ばれて、その島が日本の領土であることを証明する数十ページの資料を受け取った。

2013年、安倍内閣が発足し、私は3人の元慰安婦にインタビューした後、再び(外務省に)呼ばれた。今回も昼食の招待付きで、首相の考えを理解する手助けになる資料を再び受け取った。

しかし2014年になって事情は変わったようだ。外務省はいまや批判的な記事をあからさまに攻撃しているようだ。私は首相のナショナリズムが中国との貿易に与える影響について書いた後(外務省に)呼ばれた。

私は公式の統計を引用しただけだと話したが、彼らの反論は、数字が間違っている、というものだった。

私の旅立ちのメッセージ

フランクフルト日本総領事と私の編集長の歴史的な会合の2週間後、私はもう一度外務省の職員と昼食をとった。その中で私の「歴史の歪曲」という言葉と、安倍氏の国家主義的な方向性が「東アジアだけでなく、日本を孤立させる」かもしれないという考えに対して、抗議を受けた。

抗議のトーンはさらに凍りつくようで、説明して説得しようというよりもむしろ、彼らの態度は怒りだった。なぜドイツのメディアが特に歴史修正主義について敏感なのか、私が説明しようとしても、誰も聞いてくれなかった。

政府の職員が外国特派員を昼食に招待する回数が増えていると聞いている。そして第二次世界大戦についての日本の見解を広める予算が増額され、(日本に対して)批判的と見なされた外国特派員の上司を招待するという新しいトレンドがあるらしい(もちろんビジネスクラスの飛行機だが)。

しかし私は(政府の政策を)主導する人たちは、注意深く歩んだ方がいいと思う。

外国特派員の編集長たちは、高級なもてなしやぎこちない努力で政治的なPRをされると―そしてそういったことには慣れているので―逆効果になる傾向があるからだ。

フランクフルトの日本総領事が私が中国からお金を受け取っているとコメントしたことに対し、私が公式に苦情を申し立てたとき、私は「誤解でした」と言われた。

そこで、私の旅立ちのメッセージ。私の同僚たちと違って、私は日本の報道の自由は脅かされていないと思う。民主党政権の時代より批判の声は静かになったけれども、まだ存在している―そしてたぶん以前よりも数は増えている。

日本の政治的エリートたちの精神が閉鎖的で、政権のリーダーたちが今のところ外国メディアとオープンな議論をあえてする能力がないからといって、報道の自由にじっさい影響しているわけではない。情報の収集源は他にもたくさんあるからだ。

しかし、そのことによってあらわになってしまっていることがある。

それは―民主主義においては―政策を民衆に対して、そして世界に対しても説明する必要があるということを、政府がいかに理解していないかが、あらわになってしまっている。

同僚が私に、自民党の広報部門に英語が話せて外国人ジャーナリストたちに情報提供する人間が一人もいないと言っても、私はもう笑えない。

今の首相が、世界中を飛び回っていると主張しているのに、(東京の)外国人記者クラブに来て私たちと話をする短い旅行さえ拒否している事実を聞いても、私はもう笑えない。

じっさい、政府が外国人記者だけでなく、自国の市民にもどれだけ秘密主義的になっているかということに、私は悲しみしか感じない。

過去5年間で、私は日本列島を行ったり来たりした。そして―東京とは違って―北海道から九州まで、私の書いたものが日本に敵対的だと非難する人には一人も出会わなかった。逆に、いたるところで面白い話や楽しい人々に恵まれた。

日本はやはり世界でもっとも豊かで、オープンな国家だ。外国特派員が楽しく住みながら報道できる場所だ。

私の希望は、外国人ジャーナリストたちが―そしてもっと重要なのは、日本の民衆が―自分の考えを話し続けられることだ。和(harmony)は、抑圧や無視からくるものではないと思う。

本当にオープンで健全な民主主義が、このすばらしい5年間、私の家となった日本にとって価値のある目標だと思う。


以上、日本語試訳おしまい。