月別アーカイブ: 2014年2月

率直で親しみやすい経営者を求める日本企業社会の特殊性

小保方博士の割烹着報道と、NHKの籾井新会長の就任会見での失言問題は、じつは根っこは同じだ。

日本社会の一般的な日本人は、突出した能力や、突出した地位にある人物に、執拗に「親しみやすさ」を求める。その人物がどこかの部分で自分たち凡人と同じだと思わないと気がすまない。

突出した能力や突出した地位にある人物が、自分たちとはほとんど共通点がない非凡な人間であり、親しみやすい点がない場合には、一般的な日本人はその人物を妬みの感情で攻撃し始める。堀江貴文氏の事例が典型的だろう。

NHKの籾井会長は総合商社やIT企業で経営層として活躍されていたようだが、日本の組織で人望を集めて出世するには、一般社員にとっても親しみやすい人物であることが求められる。

きっと籾井氏は、キレイ事ばかり言わない、本音で話してくれる、などといった点で、過去に所属した組織の中で人望を集め、結果として出世したに違いない。

NHK会長の就任記者会見で籾井氏は、そういった親しみやすさ、率直さ、正直さが、放送局の会長としても同様に求められている資質だと信じて疑わなかったので、記者の質問に正直に、率直に答えてしまった。

たまたま放送局のトップに就任したために、率直さ、正直さを自分の長所として訴えることの愚かさ加減が誇張されてしまった。

しかし、そもそも一般企業の経営者であっても、利害関係者は株主、従業員、取引先、顧客、一般消費者だけではない。海外に事業展開していれば、海外拠点にいて、日本とは異なる社会的文化的背景をもつ従業員、取引先、顧客も利害関係者である。

そういう環境で、日本社会でしか通用しない、「親しみやすくて率直にものを言う」という長所を経営者が訴求するのはリスクがある。

かなり以前に日本の自動車メーカーが米国で、小さなきっかけから、大きな労働争議を引き起こしてしまった事例も、日本社会でしか通用しない雇用慣行を、何も考えずに米国で展開したことが原因だったと記憶している。

国際放送も事業としている放送局のトップであればなおさら、日本的な企業組織で自分にしみついてしまった、日本社会固有の「偉い人に期待される美徳」を相対化しておくべきだった。

そういう海外向け広報のリスク管理さえできない人物を、NHK会長に任命した政府からして、今のところ海外向けの国家としての広報活動に大失敗しているので、この政府にしてこのNHK会長といったところだろう。

そして、海外からいちいちNHK会長の発言や首相の言行について非難される理由はないという、排外主義者が増えれば増えるほど、日本はまともな国家扱いされなくなるだけなので、自業自得だといえる。

小保方博士の割烹着報道の根っこにある日本人の親しみやすさ至上主義

ブログのネタがないので、またまたワイヤレスワイヤ・ニュースの谷本真由美氏のコラム「一晩中泣き明かした30歳若手女性研究者と書く我が国にはゴシップ新聞しかないらしい」にツッコミを入れてみたい。

谷本氏の論旨には完全に同意する。日本のマスメディアは、対象がアスリートであれ研究者であれ、男性であれ女性であれ、何かの偉業を成しとげた人物について、やたら親しみやすさを強調するために、プライベートな情報を暴露することを、いつまでたってもやめられない。

女性である場合には特にその露悪趣味の下品さとステレオタイプ化が目立つ。個人的にもアホかと思う。

そしてそういう日本のマスメディアの下品さは、そういう露悪趣味を歓迎する日本の一般的な視聴者や読者の下品さによって支えられている。

しかし、谷本真由美氏自身、「ワイヤレスワイヤ・ニュース」のような日本のオンラインメディアや、出版業界で注目を集めるのは、まさに彼女がその下品さを戦略的に利用しているからだ。

それは「ワイヤレスワイヤ・ニュース」の『ロンドン電波事情』の一連のコラムの言葉づかいを読めば分かる。谷本氏は多くの場合、わざと下品な言葉づかいを多用して、下品さにしか反応できない日本の一般的な読者に訴求している。

そうでもしなければ、まともに自分のコラムを読んでもらえないということを、谷本氏は知っている。

谷本氏の言論は、まさに彼女が小保方博士報道について非難している日本のマスメディアと一般的な視聴者や読者の下品さによって、日本で(日本語圏で)一定の読者層を獲得できている。

仮に日本のマスメディアや一般的な読者層が十分に成熟していれば、そもそも谷本氏のような書き手は必要とされないだろう。

やっぱり谷本真由美氏の言説は、自己否定的で、きわめて弁証法的な構造になっている。

ところで、日本の一般的な視聴者や読者が、偉業を成し遂げた人物の親しみやすさを熱心に求めるのは、いかにも日本的な「結果の平等主義」が基礎にあると考えていいだろう。

一般的な日本人は、いくら才能のある人物であっても、超然としている人物は評価しない。いくら才能があっても、人間的な親しみやすさがなければ、優れた人物とは言えないと考えている。

一般的な日本人の心に深く根を張っている、そういった悪しき平等主義、よく言えば謙譲の美徳を重んじる価値観が、偉業を成し遂げた人物を自分たちと同じ水準まで引きずり下ろそうとする。

その引きずり下ろすための格好の材料が、プライバシーである。その偉業とは全く無関係な、その人物の個人的な趣味だったり、小学生時代、中学生時代の姿だったりする。

どんなに偉い人でも自分たちと同じ。そう納得できる材料を与えられなければ、一般的な日本人は偉業を成し遂げた人物に嫉妬し、排除し、非難し始める。

これは日本に存在するどんな組織にも当てはまることだ。能力があっても、親しみやすさや人間臭さがない人物は、徹底的に嫌われ、組織から排除される。

例えば谷本真由美氏のような人物は、そうした日本社会の息苦しさから無事にロンドンに逃れることができているからこそ、一般的な日本人の下品さにあえて訴求する文体という戦略をとることができる。

こういう一般的な日本人の悪しき平等主義は、そう簡単に変わるものではない。なので日本のマスメディアによる、今回の小保方博士のような事例は、今後もなくなることはないだろう。