月別アーカイブ: 2013年5月

日経BPの意味不明記事『それでも「消費税還元セール禁止」はおかしい』にツッコミを入れてみる

日経ビジネスオンラインに意味不明の記事があった。
それでも「消費税還元セール禁止」はおかしい (2013/05/28 日経ビジネスオンライン)
このような認識の人物が日経BP社で記者をやっているのだから、日経BP社にときどき「トンデモ記事」が出てくるのも無理はない。
この記者の認識が完全に間違っているのは、以下の2点だ。
(1) 政治に口出しする経営者の方が普通
この記者は「政治に口出しすることをリスクとする企業の経営者は依然として多い」(p.3)と書いているが、日本にも経団連など、企業の経営者の圧力団体が現実に存在する。
福島原発事故が起こった後、日本各地の原発の再稼働をメディアに対して訴え続けたのは、これら企業経営者の圧力団体ではなかったか。
つまり、日本でも米国と同様、政治に口出しする経営者の方が普通であって、ファーストリテイリング・柳井会長、イオン・岡田社長が、消費税還元セールを規制する特措法に反対する声明を、はっきり出したのは、別に珍しいことでも何でもない。
同様の例は、安倍政権がTPP交渉参加を決定した前後にもあった。大企業利権を代表する経営者の圧力団体はTPP交渉参加を主張し、JAなどの農業利権を代表する圧力団体は反対を主張した。
別に柳井会長と岡田社長だけが、突出した発信力をもっているわけではない。この二人の経営者の何が特別だったのか、この記者は説得的に書くべきだ。
(2) メディアの使命は中立性ではなく権力の監視
この記者は、消費税還元セールを禁止する特措法について、以前記事を書いた時、「少なくとも記事の表面上はどちらの側にも寄らない『中立』的な立場を取ることが重要だろうと思った」(p.2)と書いている。
また、中立的な記事を書いたことの反省として、「内心ではおかしいと思いながらも、流通企業の反発を隠れ蓑にして表面上中立を保つのは、メディアとしてふさわしい態度とは言えない気がする。少なくとも、私の記事はそうだった」と書いている。
しかし、そもそも日経新聞や日経BP社は、共同通信や時事通信のようなニュースの一次配信社ではない。
この記者は日経BP社の記者として、当然ながら権力の監視が使命である。そうでないというなら、どこかの省庁の広報担当者になれば良い。
なぜメディアの使命は権力の監視なのか。理由は簡単で、行政府には執行権が与えられているので、誰かがその適切さをチェックする必要がある。
もちろんそれをチェックするのは、国民が投票行動を通じてチェックするのだが、その国民に対して行政府は自己の正当性を主張する広報しか行わない。
だからこそメディアが、行政府や、その背後にある官僚組織が、間違ったことをしていないかチェックして、国民に伝える必要がある。
つまり、「メディアに求められているのは中立性だ」というのは、行政府や官僚組織からなる国家権力が間違ったことをしないという、脳天気で、何の危機意識もない発想なのだ。
そんな脳天気で危機意識もない発想を、日経BP社の記者が持っており、それを恥ずかしげもなく記事に書いてしまうところが、日経BP社の「劣化」を雄弁に示している。
この記者は「また明日から頑張りたい」(p.4)と最後に書いているが、そもそものメディアの使命に関する認識が誤っているのでは、いくら頑張ってもムダだ。
日本の会社員の「哲学」のなさが、こういうところに如実に現れる。日本人はいったん会社組織に入ると、自分の思想や認識を、根本から見直すことができなくなってしまう。
まあ、こうやって日本は没落していくわけで、そのことについて僕は日本人の自業自得としか考えていない。

Android PoliceがNEC新機種Medias X 06Eをやや冷笑的にレビュー

Android関連の最新情報をとるなら、Android Policeという英語サイトがいちばんおすすめだ。
たまたま今日このサイトが、NECのNTTドコモ向け最新機種「Medias X 06E」を、かなり冷笑的に取り上げていたのを見つけた。世界初の水冷CPUスマホだ。
[WTF Japan] NEC Unveils A Water-Cooled Smartphone – With Jewelery – Especially For Women (2013/05/15 Android Police)
Android Policeの記事の文面は、いつも言葉の端々に皮肉が効いている。この記事をできるだけ原文どおりに試訳してみる。
「あなたが探していたのはたぶん水冷式のスマートフォンではないだろう、でも日本のスマートフォンメーカーNECは今日、Medias X 06Eと大まじめに名付けられたNTTドコモ向け端末を発表した。CPUをH2Oで冷却する世界初のスマートフォンだが、性能は決定的にふつうで、NECはHTCのRhymeと本質的に同じように、”女性の”電話としてマーケティングするつもりだ。」
「正直に言って、Medias X 06Eはちょっとひどい冗談のように聞こえる。必要以上に女性的なデザインと水冷システムというギミックは、望ましい機能より注目を集めるための叫び声のように見える。たぶん、女性のためのスーパーフォンというのはありだが、私は興味が無い。」
このAndroid Policeの記事の引用元は、『The Verge』の下記の記事だ。
NEC knows what women want: a water-cooled smartphone (2013/05/15 The Verge)
ちなみにこのThe Vergeは、NECの2画面折りたたみ式「Medias W N-05E」について、以下のように書いていた。
NEC says two phone screens are better than one with Medias W (2013/01/21 The Verge)
タイトルからして「NECはMedias Wについて電話の画面は1つより2つのほうがいいと言っている」と、人を食ったようなタイトルだ。
そして本文の冒頭。
「世界でもっとも奇妙なデザインの電話を提供することにかけては、いまや日本に頼れるだろう、しかしシャープや富士通のような会社はどこにでもあるようなストレートな平板のAndroidを生産することで落ち着いている。NECに感謝」
本文の末尾。
「これを日本以外で見ることができるだろうか?まずありそうにない。しかしNECは最初に2画面の試作品を発表したときこれを”グローバルモデル”だと確かに呼んだ――輸入業者はしっかり注目したいと思うかもしれない」
NECがグローバルモデルだと言い張るからには、本当に海外市場に輸出するのかどうか、海外の輸入業者は注目したくなるだろう、という意味だ。
さて、水冷CPUのNEC新機種の記事にもどろう。
「私たちは、日本の電子機器メーカーNECがワイルドなデザインの電話(訳注:上記の2画面スマホのこと)を嫌がらないことを既に知っている。しかし、同社は画期的なスマートフォンの機能を発表した。世界最初の水冷CPUだ。」
「では性能上の利点はあるのか?そうとは言い難い。内臓チップ(APQ8064T)は、今日発表されたいくつかのドコモ向け製品を含め、他の多くの電話と同じ1.7GHzだ。クアルコムは1.9GHzまでのクロックアップに対応しているにもかかわらずである。NECによれば、冷却に酔って過熱しがちにならないので、プロセッサがフルパワーでより長く稼働するという。しかしCPUがバッテリー寿命を最適化するために、電力消費を動的に低減しているのに、そういった特定の問題がどれくらいの頻度で起こるのか、興味深いところだ。」
平均的な性能のスマートフォンに、水冷システムを組み込んでいる点に、The Vergeの記者は明らかに懐疑的だ。
さて、日本の電気機器メーカーが、グローバルな観点からしてもおかしくない開発センスを取りもどすのは、いつの日のことだろうか。

東浩紀氏の橋下市長発言に関する一連のツイートの問題点

たまにはテツガク関係ネタを。お題は下記のURLのtogetter。
『橋下市長の「慰安婦は必要だった」について東浩紀氏「問題発言なのか?」』 (2013/05/14 togetter)
僕は東浩紀氏の橋下市長発言についての見解は、一つの意見として特におかしいと思わない。ただ、東浩紀氏の思想家としての倫理と、そのツイートの内容が両立しないのではないか、という問題提起を、以下、させて頂く。
東浩紀が「戦争は慰安婦等の事象を伴うので、人間が戦争を反復してきたのは事実としても戦争反対」という理想主義の主張と、「男性は性欲を伴い、男性集団の一定割合に性欲管理が必要なのは事実なので、その事実は受け入れよ」という現実主義の主張を同時に行っているのは明らかな矛盾。
事実Aについては理想主義的な主張をし、事実Bについては現状追認的な主張をするという、自身の価値論的選択について、東浩紀は「恣意的に選択してます!」と認めた上で議論すべきで、自身の恣意性を宣言せずに議論を始めるから、頭の悪い一般人のあらゆる種類の誤解を招いているだけ。
世の中には男性の性欲という事実さえ、理想主義的な観点から否定する人間は一定割合存在するわけだが、東浩紀は思想家を名乗りながら、自分と正反対の理想主義的禁欲主義が現に存在する事実の意味を、一連のツイートで完全に無視して相手にしない。これは思想家としての倫理にもとる。
例えばキリスト教保守派の主張は、自分の現実主義的意見からすると全くナンセンスなので無視します、という態度は、思想家を名乗らない一般人なら倫理的に許されるが、ポレミックな状況を前にして、自分と異なる主張が現に存在する意味さえ論じないのは、思想家の倫理にもとる。
もし東浩紀が、ポレミックな状況を前にして自分と正反対の主張(例:男性の性欲の実在さえ否定する理想主義)を、話にならんの一言で切り捨てるような思想家なら、アカデミズムの象牙の塔に閉じこもっていればいい。バカばっかりの現実の世界にご足労頂く必要はない。