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開沼博氏の、いかにも旧来の左翼運動的な知識人嫌悪

ニコニコニュースの記事にやや疑問があったので指摘しておく。
『福島に届かぬ”原発反対”の声 社会学者・開沼博さん<「どうする?原発」インタビュー第5回>』 (2012/08/21 14:45 ニコニコニュース)
社会学者の開沼博氏が、毎週金曜日に首相官邸前で行われている脱原発デモに、的外れな批判をしているのだ。

「私は、都会で行われる脱原発を唱える社会運動について『それ、福島に届いているとでも思っているんですか?』と常に問い続けてきました。」

まず脱原発デモは、ふつうに考えれば日本が原発に依存しなくてもいい社会の実現を訴えるのが第一の目的であって、別に福島県を含む原発のある地域に焦点をあてているわけではない。
なぜ開沼氏が、あらゆる脱原発デモは原発立地地域を第一に考えるものだ、ということを、暗黙の前提にしてしまっているのか、その理由が何も示されていない。
もちろん、脱原発を考えるとき、原発がなくなった後、原発立地地域の経済をどうするのかというのは当然ながら重要な問題である。
しかし、脱原発の意見も持つ人々が、「デモ」という行動を起こすのは、原発立地地域の経済振興を訴えるのが第一目的ではなく、まずその前提となる、国全体が脱原発へ向かうように訴えることが第一目的だ、と考えるのが自然だろう。
おそらく開沼氏は、福島でのフィールドワークに没入するあまり、逆に、都会の脱原発運動が何を第一目的に行われているか、誤った思い込みを持ってしまったのではないか。
脱原発デモは原発立地地域を軽視しているという誤った思い込みから、開沼氏は脱原発デモに手厳しい非難のことばを投げつけている。

「あなたは、震災後の日本社会をよくしたいのではなく、自分(たち)が認められたい・承認得たいがためにやっているんですか、と聞き返しちゃいますよ。」

ここで開沼氏は、脱原発デモの参加者は、単に自分が認められたいという自己承認欲求からデモに参加しているだけで、原発立地地域のことなど全く考えていないと主張している。これはあまりに偏った見方だろう。
開沼氏の脱原発デモ批判はさらに雄弁に展開され、脱原発デモが「旧来の社会運動」に変化しつつある兆しがあるという指摘にまでおよんでいる。

「現在の首相官邸前デモが、『必ず毎週金曜日に行う』という手法をとったことは、『これ、スケジュール闘争では?』と、興味深く思います。今までの社会運動とは違うんだといいながら、運動を続けようとすると、表面的な見た目は違っても、必然的に旧来型の運動に近づいていく側面は、他にも見えるように思っています。よしあしは別にして、この傾向がどうなっていくか興味深く見ています」

「よしあしは別にして」と価値中立を装っているが、これは有名な「東大話法」一種にすぎず、ここまでの開沼氏の言葉から、氏が脱原発デモを非難しているのは明白だ。
僕は、むしろ開沼氏のように、原発立地地域の住民は、抑圧された人々、それを無視して東京で脱原発デモに参加する人々は、単に自分を認めてもらいたいだけの有閑市民、とでも言いたい勢いで両者を分断する、この考え方こそ、いかにも「旧来の社会運動」的だと考える。
さらに、現状の脱原発デモは本来あるべき理想的なデモではないという、運動形態に関する理想主義も、やはり「旧来の社会運動」における左翼と新左翼の対立図式にそのまま当てはまる。
例えば次の一文を読むと、開沼氏が「旧来の社会運動」の対立図式を持ち出していることは明らかだ。

「そのような観点を、都会で社会運動を煽る『知識人』の多くが持つことはいつまでたってもできないでしょうね。他人事には興味ないでしょうから」

この典型的な知識人批判と、それに対比される、原発立地地元民擁護は、まさに、「旧来の社会運動」における知識人批判と軌を一にしている。
開沼氏は自分が批判している当の「旧来の社会運動」がもっていた、典型的な「知識人 vs 庶民」という対立構図を、そのまま自身の論に持ち込んでいるのだ。
そうやって知識人と庶民を意図的に分断して、それこそ原発立地地域に暮らす庶民の生活が救われるような方向に、世論を導けるとでも思っているのだろうか。
まさか文革時代の中国のように、知識人は庶民の生活を身をもって体験しろ、ということで、原発立地地域で生活すれば、知識人も改心するとでも考えているのだろうか。
ところでその改心とは、やはり原発は必要だという改心なのか、やはり脱原発だという改心なのか。開沼氏はどちらを望んでいるのか。
開沼氏の知識人憎悪とちょうど裏腹になっている、庶民に対するシンパシーは、次のような部分にもはっきりと現れている。

「関西で寝たきりの親の介護をしながら生活をしているという方から”介護の機器は電気がないと動かなくなる。自家発電とかバッテリーとかを準備するおカネもない。どこかにつれていくわけにもいかない。もし停電になったら、どうしよう、と。原発を止めよう、無くそうとするのに肯定的な話を見聞きするたびに本当に不安になった。でも、そういうことを外で言うわけにもいかなくて苦しい”という連絡も来ています。」

開沼氏の頭は、かなり時代遅れの左翼的な先入観で満たされているらしい。つまり「都会で社会運動を煽る『知識人』」は、こうした庶民の不安や苦しみを理解していない、という先入観だ。こうした知識人嫌悪は、旧来の左翼運動に典型的な考え方だ。
東大の社会学者は、旧来の左翼運動の「知識人vs庶民」という対立図式をかんたんに持ち出すようなことに、いつの間になってしまったのだろう。

映画『渚にて』と小説『夏への扉』

お盆ということで、たまたま1950年代後半のアメリカの映画一本、小説一冊を鑑賞したので、それについて。以下、少しネタバレありなのでご注意を。
映画はスタンリー・クレイマー監督『渚にて』(1959年)。原作は1957年、イングランド出身のネビル・シュートという小説家によるものらしい。

ウィキペディアを見て知ったが、この小説家は1942年にナチス・ドイツのベルギー、フランス侵攻を背景とした『パイド・パイパー』という小説を書いているらしい。
「パイド・パイパー」は「ハーメルンの笛吹き男」のことだが、ちょうど今観ているアニメ『エウレカセブンAO』つながりだったので、まったく無関係だが触れておく。
で、小説の方は、今ごろ読むなとつっこまれそうだが、ハインラインの1957年の小説『夏への扉』だ。僕はもともとSFというジャンルをほとんど読まないので、今ごろこの「名作」を読んだことをお許し頂きたい。
両者の共通点は、それが第三次世界大戦であれ六週間戦争であれ、大規模な核戦争が起こった後の世界を舞台にしていること。
そして、こちらがむしろ重要だが、核戦争そのものにはほとんどふれず、その状況下で生きる市民の日常に焦点をあてていること。
両者の決定的な違いは、『渚にて』は完全なディストピア作品なのに対し、『夏への扉』は希望に満ちた痛快逆転劇であること。
『渚にて』は映画としては、たぶん今の観衆にとってはかなり退屈だろうけれど、個人的には非常に優れていると感じた。
徐々に放射能汚染が忍びより、全滅へ追い詰められていく人類を、限られた登場人物の日常生活を中心に淡々と描いている点で、ゆったりとした展開は秀逸。
派手な特撮はなく、気づいたカットとしては、金門橋の下をくぐる潜水艦と、カーレースの場面の合成くらい。その他はセットまたはロケで、とても地味で堅実な演出。
フレームが意図的に斜めにされている場面が多数あり、一見、日常に見えるものが、実は徐々に放射能汚染に蝕まれる地球上のお話であることを暗示している。(潜水艦内のカットでフレームが斜めになっている箇所は、たぶん一つもなかった)
最後の部分は、主要な登場人物が、一人また一人と自殺を選んでいくシーケンスが続く。
例えば、カーレースを趣味とする研究員は、自宅のガレージの扉の下の隙間を布でふさぎ、フェラーリのエンジンを全開にする。
映画の中盤、かなり長めのカーレースのシーケンスがある。他の車が次々と大破する中、優勝して誇らしげな様子だった彼との対比で、それが尊厳ある自死であることの描写だとわかる。
もちろん1950年代のウェルメイドなハリウッド映画(MGM)らしく、自殺する人々が死にゆく瞬間の描写は一つも出てこないが、暗たんたる気分のまま映画は終わる。
一方、『夏への扉』は人生の敗者となったかに見えた主人公が、冷凍睡眠と時間旅行を駆使して、2001年の世界で大逆転を勝ち取るという、希望に満ちた物語になっている。

こちらも主人公をめぐる人々の愛憎劇や、日常生活の細部の描写にこそ価値があると言うべきだろう。物語の内容や、冷凍睡眠や時間旅行といったSF的道具立ては、この小説にとって本質的ではない。
ただ、個人的には、すでにこの小説の結末である2001年を11年も過ぎている世界に暮らしている僕にとって、1957年にはまだ未来への希望があったんだなぁと、1957年を羨む気持ちしか持てない。
この小説に描かれている2001年が、現実の2001年と細部において違っていることを指摘したいのではない。
この小説の開始点が1970年であろうといつであろうと、「夏」という一種の比喩で指し示されている「未来」を、まさに「夏」のように明るく希望に満ちたものとしてとらえている点に、羨ましさしか感じないのだ。
それは1957年当時が、まだハインラインが主人公の一発逆転劇というこの寓話に託すことができたように、「未来」に希望を持てた時代であることを示している。
仮に2012年の今、40年後の未来で人生の一発逆転を成し遂げる主人公を小説で描いたら、何て脳天気な、と一蹴されるだけに終わるのではないか。
その時代の変化に、『夏への扉』の読後感でさえ、『渚にて』を観終えた後の絶望感に近いものになってしまう。そんな皮肉なことになってしまった。