月別アーカイブ: 2012年7月

ryoko174の混沌日記「さよなら電力足りる論」の論理的破綻

大いに疑問のあるブログが『ガジェット通信』に取り上げられていたので、逐一反論してみる。
「さよなら電力足りる論」 (rokyo174の混沌日記 2012/07/22)
このブログ記事の結論は、冒頭に書いてある。「『電力足りる論』は明白な誤りです」。
これを証明するのがこのブログ記事の目的のようだが、論理的に破綻している。
(1)無根拠な同一律の主張
まず、「『節電』や『計画停電の準備』を強いられている時点で『電力は足りていません』」とあるが、「節電」や「計画停電の準備」をしているのは電力会社である。
電力会社が「節電」や「計画停電の準備」の根拠にしているのは、電力会社が自ら算出した需給予測である。需要側の数値、供給側の数値、ともに第三者による検証はなされていない。電力会社と異なる試算を出している団体もある。電力会社の試算は信じられないと主張する人々もいる。
電力会社が利益を最大化するために(=燃料費の高い火力発電の比率を上げないために)、原発を再稼働したいと考えるのは経済合理的である。
その経済合理性のため、電力会社には、原発の再稼働が必要であることを説得すべく、真実がどうであるかとは無関係に、需給が逼迫しているという広報活動を行うインセンティブが働く。
その結果、「節電」を呼びかけたり、「計画停電の準備」を行うなどの内容の広報活動を行う。
これら広報活動はあくまで電力会社の経済合理性の追求によるものであり、本当に節電や計画停電が必要なのかとは無関係である。本当に節電や計画停電は必要なのかもしれないし、本当は不要なのかもしれない。それは誰にも分からない。
こんなことは言うまでもないのだが、なぜかこのブロクの筆者は、電力会社の広報の内容が真実であると信じている。これは「原発は安全です」という広報の内容を真実だと信じるのと同じくらい、根拠が薄弱だ。
この筆者は、なぜ自分が電力会社の広報内容を真実だと考えるのか、少なくとも電力会社と利害関係のない第三者による需給予測を使って、その根拠を示す必要がある。
そうしない限り、「電力会社が電力が足りないと行っているから、電力が足りないのです」という、ただの同一律を言っているだけになる。
またこの筆者は、「経済雇用リスクの発生が前提となっている時点で、『電力足りる』論には無理があります。もし本当に『電力が足りていたら』、経済雇用リスクは発生しないのです」と書く。
これも全く同じ理由でまともな反論になっていない。
「原発停止にともなって経済雇用リスクが発生する」という日本エネルギー経済研究所の試算や、各種メディアの報道が真実だと考える根拠が何も書かれていないからだ。
もちろんこういう意見を信じるのは個人の自由だが、それだけでは反対意見(電力は足りているという意見)を論駁できない。
(2)命題の裏も真だとする形式論理学的誤り
また、仮に節電が経済雇用リスクの一因であることを認めるにしても、「本当に『電力が足りていたら』、経済雇用リスクは発生しないのです」と主張するのは、形式論理学的に完全に誤りだ。
これは、形式論理学の基本である。ある命題が真なら、その対偶も真だが、逆と裏は必ずしも真ではない。
つまり「節電がなされれば、経済雇用リスクが発生する」が真であると主張するなら、その対偶、「経済雇用リスクが発生していなければ、節電はなされていない」は真であると主張して構わない。
ところがこの筆者は、「節電がなされていなければ(=電力が足りていれば)、経済雇用リスクは発生しない」という、元の命題の「裏」が真であると主張している。これは形式論理学の基本的なミスだ。
このブロク筆者は、形式論理学の真偽さえ明確に論じられないなら、自らの議論が合理的であると主張すべきではない。
(3)リスクを確率と混同する誤り
さらにこのブロク筆者は、「『原発抜きでも電力は足りる』論が、福島原発事故と同じ『安全神話』に陥っている点も問題です」と書く。
ここでもブログ筆者は関西電力の需給予測を、根拠を示さないまま正しい前提として論じている。
ここでは百歩譲って、関西電力が自らの経済合理性を犠牲にして、完全に公正で正確な需給予測をしているとしよう。
ブログ筆者は、「電力不足は起きない」という「想定の漏れや甘さ」は、「原発は事故を起こさない」という「安全神話」の「想定の漏れや甘さ」と同じであると論じている。
これは誤りである。リスクは不確実性であって、ある事象の発生確率そのものではない。
リスクとは、ある事象の発生確率が高いか低いかではなく、ある事象の発生確率が高いか低いかを、どの程度正確に予測できるかである。
ある事象が起こる確率が0%であれ、50%であれ、100%であれ、ある程度正確に予測できていれば、リスクは低いということになる。逆にその確率が何%なのか、よくわからない、それをリスクが高い状態と呼ぶ。
原発の「安全神話」が問題になっているのは、原発事故の発生確率が実は言われているよりずっと高いから問題になっているのではない。
原発事故の発生確率を正確に予測するのに必要な、電力会社内部の企業統治や、第三者機関による監視体制などが整備されていないから問題になっているのだ。
発生確率を正確に予測するための体制や制度が整備されれば、原発事故の発生確率は言われているよりずっと低いかもしれないではないか。
電力不足が起きる確率についても、それが高いか低いかが問題なのではなく、それを正確に予測するための電力会社内部の企業統治や、第三者機関による監視体制などが整備されていないことが問題になっている。
このように、確率が高いのか低いのかを正確に予測できない状態のことを、本来リスクと呼ぶべきである。
「原発抜きでも電力は足りる」論は、電力会社が自ら試算した需給予測に基づいて、電力不足を主張するという、電力不足の発生確率を正確に計算できないような、現在の企業内統治や社会制度、つまりリスクが存在する状態に対する異議である。
原発の「安全神話」は、それとは正反対で、電力会社が自ら試算した事故発生確率に基づいて、原発の安全性を信じてよいという、現在の電力会社の企業内統治や社会制度、つまりリスクが存在する状態を、それで良しとする意見である。
このブログ筆者が、「原発抜きでも電力は足りる」論を、誤って「安全神話」と同一視しているのは、リスクと確率の区別がついていないためだ。
もう一度書く。
「原発抜きでも電力は足りる」論は、電力会社が自ら試算した数値だけでは正しい予測(この場合は電力不足の発生確率の予測)はできない!という意見である。リスクが存在するので、確率をより正確に計算したいという意見である。
「安全神話」は、電力会社が自ら試算した数値だけで正しい予測(この場合は事故の発生確率の予測)ができる!という意見である。リスクは存在するが、確率はすでに十分正確に計算できているという意見である。
この両者は正反対のことを主張しており、このブログ筆者の言うように、決して同じ落とし穴に陥っているわけではない。
このブログ記事の残りの部分は、関西電力が自ら計算した供給力を根拠にして、電力不足の発生確率が高いと主張するにとどまっている。
つまり、上の2つのうち「安全神話」の方、リスクの存在を許容する意見に組みして、電力会社が自ら試算した数値だけで、すでに十分正しい予測ができるという意見を、さらに展開しているだけである。
よって、これ以上、新たに反論すべき点はない。
以上のように、このブログ記事は少なくとも次の3点で論理的に破綻している。
(1)電力会社の主張を、第三者の主張で根拠付けることなく、真実であると主張することで、同一律に陥っている。
(2)「節電がなされれば、経済雇用リスクが発生する」という命題が真であるという主張から、その命題の裏も真であるという形式論理の誤りを犯している。
(3)リスクと確率を混同した結果、「原発抜きでも電力は足りる」論と「安全神話」を混同してしまっている。
ただし、最後に一つ書いておくと、僕がこのブログ記事全体を誤読している可能性がある。
僕はこのブログ記事を一読して、読者を論理的に説得しようとしていると解釈した。なのでここで論理的な破綻を指摘させて頂いた。
しかし、もしかするとこのブログ記事は、初めから論理性を目指していなかった可能性がある。
論理的に破綻していても構わないので、とにかく、原発を再稼働して電力不足を避けるのが望ましい!!!!!と主張したかっただけかもしれない。
最初から論理性を目指していなかったのだとすれば、僕の誤読になるので、ブロクの筆者の方におわびしたい。
P.S.
僕は上記のブログ記事が形式論理的に破綻していることを指摘したいだけだが、「ではあなたはどう考えるのか」という質問にも答えておく。電力会社に対する第三者のチェックが働くような制度の整備は必須だと考える。それまでは電力会社の主張をそのまま信じるべきではない。ただ、日本社会で本当にそんな第三者機関が実現できるのかについては、かなり悲観的だ。

日経ITProの「Androidに乗り換えたい理由」にならない5つの理由

ネットで散見するiPhone利用者のAndroid評価に的外れなものが多いのは、Android利用者の皆さんならご承知のとおり。日経ITProにもトンチンカンな記事があったので、ツッコミを入れてみたい。
『Androidに乗り換えたい5つの理由』 (2012/07/27 日経ITPro)
この記者は、今になってiPhoneからAndroidへの乗り換えを検討し始めたらしい。
第1の理由は「ユーザーインタフェース(UI)周りの操作性の向上」で、2012/06末に発表されたAndroid 4.1端末に触れる機会があり、次のような感想をもったことらしい。

思った以上に“ヌルヌル”動くことに驚いた。以前のXperiaで感じたひっかかるようなスクロールもない。iPhoneに勝るとも劣らない操作性を実現している

驚くべきことに、ここに登場する「以前のXperia」とは2009/11/03発売のXperia SO-01Bのことである。
2年半前のAndroid端末以降、デュアルコアCPUのAndroid 2.3端末がすでに十分「ヌルヌル」と動く事実を、この記者は知らないらしい。いきなりAndroid 4.1まですっ飛ばして、その「ヌルヌル」感に今さら感動するとは、この記者の「Android情報弱者」ぶりには逆に敬意を評したい。
ことほどさように、iPhone利用者のAndroidに対する見方は、Androidについて何か考える前の段階ですでに偏っているのだ。
次に、この記者がAndroidに乗り換えたい第2の理由は、「NTTドコモの料金プランが値下げされたこと」らしい。これも唖然とする。
Android端末は、2年前の時点ですでに、NTTドコモ、au、ソフトバンクの3社から発売されている。NTTドコモが「Xiパケ・ホーダイライト」を発表したから、ようやくAndroid端末が検討の土台に乗ったというのは、やはり「Android情報弱者」もいいところだ。
まずこの記者がソフトバンクのiPhoneを使っていた時点で、今般のプラチナバンド導入以前のソフトバンクの電波状況の悪さは許容範囲だということになる。
ならば、auの電波状況には何ら文句はないはずで、かつ、auのパケット定額制は2年前すでにNTTドコモよりも有利だった。今でも1か月のデータ量にまったく規制がない点で、NTTドコモの「Xiパケ・ホーダイライト」より有利である。
そしてauのAndroidスマートフォンのラインナップは、NTTドコモと同等だ。「Xi」の登場以前に、WiMAXの高速通信に対応している端末が選べていた点で、むしろより充実しているとも言える
第3の理由は「『Notification』の進化」らしい。

「Android 4.1では、通知バーから電話をかけ直すというアクションを起こしたり、メールを読んだり、画像を表示したりといったカスタマイズが可能だ」

いやいや。別にJelly Bean(Android 4.1)まで待たなくても、AndroidはAPI Level 1、つまりAndroid 1.xの段階からすでに通知機能(Notification API)があった。この通知機能が、iOSよりAndroidが先行していた数少ない機能の一つ、というのは有名な事実だ。
Android利用者としては、今ごろ通知機能のことを言われても…という感じで、やはりこの記者の「Android情報弱者」ぶりは尊敬に値する。
第4の理由は「『Android Beam』の強化」らしいが、NFC(近距離無線通信)やBluetoothを使ってAndroid端末どうしデータのやり取りができることと、iPhoneからAndroidに乗り換えようという気になることの間に、どういう関係があるか。
そもそも、Android端末どうしを直接近距離無線で通信させる必要性がある場面などあるのか。
GB単位の大量データをAndroid端末どうしでやり取りするには、無線通信では時間がかかりすぎるので、ふつうは外部microSDカードにいったん書き出してから、もう一台のAndroid端末にそのmicroSDカードを挿せばよい。
Android利用者にとって、microSDカードを外部ストレージとして使うのは当然のことだが、iPhoneにはmicroUSBスロットがないので、まさか端末間でデータをやり取りする方法として、無線通信しか思いつかなかった、ということだろうか。
この記者が本当にmicroSDカードのことを思いつかなかったとすれば、重症のiPhone中毒だ。
また、MB単位のデータをAndroid端末どうしでやり取りするなら、WiFi接続した状態でDropboxなどのクラウドのストレージサービスを使えばいい。
あるいは、GB単位であれMB単位であれ、PCに2台のAndroid端末をUSB接続し、それぞれUSBストレージとして認識させ、右から左へファイルコピーすればいいだけのことだ。
Android端末を使っていて、NFCやBluetoothによる端末どうしの近距離無線通信が必要になる場面が、僕にはまったく思い浮かばない。誰か教えてほしい。
そして最後の理由は、「個人的な好奇心からだが『Google Now』が加わったこと」らしい。
これについては、あなたの個人的な好奇心など知ったことじゃない、としかツッコミようがない。なお「Google Now」について、批判的スタンスをとった優れた記事は以下のリンクから読める。
『Google Now: クールと薄気味悪さの間には微妙な境界線がある』 (2012/07/23 TechCrunch Japan)
この記事を読めば、「Google Now」の登場でAndroidに乗り換えようという気になってしまう日経BPの記者の、批判性のなさが露呈してしまって、かなり恥ずかしい。
以上のように、5つの理由のどれも、Android 4.1が発表された2012年の今になって、やっとiPhoneからAndroidへの乗り換えを考え始める理由に全くなっていないのだ。ヒドい記事である。
僕は別に、AndroidがiOSより優れていると言いたいわけではない。この記者がAndroidへ乗り換える理由として提示している5つの内容に、明らかに事実誤認があると言いたいだけだ。
(1)「ヌルヌル」動くUIは、デュアルコアCPU搭載端末がAndroid 2.3になった時点ですでに実現されており、Android 4.1によって初めて実現されたかのような記述は、事実として誤りである。
(2)スマートフォンの料金プランは、電波状況がNTTドコモに劣らないauの方が、2年前も今も有利であり、これも記事の内容は事実として誤りである。
(3)通知機能はAndroidがiOSに先行した数少ない機能の一つで、今その優位性を取り上げるのは事実として誤りである。
(4)端末どうしの近距離無線通信は、Androidの場合はmicroSDカードを外部ストレージに利用できるため、端末間の大容量データの交換方法として不適切だ。大容量データ交換に無線通信しか方法がないような記述は、事実として誤りである。
(5)「Google Now」に対する記者の個人的な好奇心は、そもそも「事実」ではない。
以上、iPhone利用者がAndroidについて論じると、あまりにiPhoneに対する思い入れが強すぎて、基本的な事実誤認を犯しがちだ、という格好の事例が、この日経ITProの記事である。

携帯MNPキャッシュバックの名状しがたい「あやしさ」実体験

携帯電話の番号ポータビリティ(MNP)、つまりある携帯電話会社から別の会社ね乗り換えるときの、高額なキャッシュバック広告は本当なのか、じっさいに試してみた。というより、本当にだまされそうになった。
今回はそんなバカな僕の体験談を、恥ずかしげもなく披露してみたい。営業妨害になるかもしれないので、店名はあえて伏せておくが、東京都内の携帯電話販売チェーン店である。
その店舗はウェブサイトやツイッターで、他社からNTTドコモへのMNPは一括42,000円キャッシュバックとうたっている。特定の機種は、MNPの場合、本体一括0円で、さらに42,000円のキャッシュバックと、ツイッターで数時間おきにツイートしている。
最初に書いておくと、こういうツイートに見事にだまされて、のこのこ店舗へ出かける僕は「2ちゃんねる」の住民のみなさんからすると、ただの情報弱者である。単なるアホである。
その前提で、以下を読んでほしい。
上記のツイートを見てじっさいに店舗に行ってみると、まず、その特定機種の本体一括0円が完全なウソであることが分かった。
正確な金額は忘れたが、じっさいは一括払いで約15,000円。キャッシュバックの42,000円から差し引くと、実質的なキャッシュバックは約27,000円になる。
また、それより一括払い本体価格が1,000円安い機種もある、という店員の話だったが、いずれにせよ「一括払い本体価格0円」という機種は実在しなかった。
つまり…
(1)この店舗のツイッターはあきらかに虚偽の情報を流していたことになる。
つぎに「キャッシュバック」だが、これについては恥ずかしながら僕の社会常識がなかっただけで、「バック」されるのは「キャッシュ」ではなくクレジットカード会社の商品券である。
もちろんチケット買取業者で売りさばけば額面の90%以上の現金に換金できるので、「キャッシュ」と言えば「キャッシュ」なのかもしれない。
(2)「キャッシュ」バックは現金ではなく商品券である。
また、この「キャッシュ」バックを受けるには、携帯電話ショップがランダムに選んだ有料サイト(月額利用料315円)15個に登録する必要があり、かつ、その解約は翌月にしてほしいという説明が、契約前にあった。
つまり、315円×15サイト×2か月=9,450円を負担しなければ、「キャッシュ」バックは受けられない。(当月に解約していないか、どうやって確認するのかは別として)
先ほど実質的な「キャッシュ」バックは約27,000円と書いたが、これで約27,000円マイナス9,450円で約18,000円に目減りする。
当然、その有料サイトがどんなサイトか、自分で決めたわけでもないのに、自分の意思で登録したかのように自分の電話番号などの情報を、サイト運営会社にわたすことになる。
(3)「キャッシュ」バックを受けるには、自分で選んだのではない有料サイト15個に2か月間登録する必要がある。
しかも、その商品券は契約後3か月たってから、携帯電話ショップから郵送されてくるということである。
その理由は、店舗いわく「NTTドコモには『3か月縛り』というものがあり、3か月継続して使用していることを確認できないと、キャッシュバックはできない」とのこと。
この「ドコモの3か月縛り」については、耳にタコができそうなほど何度もくりかえし強調された。
(4)「キャッシュ」バックの商品券は、3か月後に郵送されてくる。
さて、この「3か月後」という点について、2つ問題がある。
(4-1)3か月後にこの携帯電話ショップが確実に商品券を郵送してくるという保証はどこにあるのか。
NTTドコモの契約書には、当然そんなことは書かれていないし、たぶん、「3か月後のキャッシュバックを条件に契約」などということは契約書に書けない。キャッシュバックは店舗と僕の純粋な口約束で、具体的なキャッシュバック金額を明記した書類も残らない。
これで3か月後に郵送しますと言われて、何を根拠にその言葉を信じればいいのだろうか。何しろこの携帯電話ショップは、すでに「本体一括0円」という虚偽の広告をツイッターで数時間おきに流していたのだ。
(4-2)次に、3か月後、僕が解約していないという、僕とNTTドコモの間の契約情報を、この携帯電話ショップは、僕からの要求なしにどうやって確認するのか。
携帯電話会社と顧客の間の契約情報は、契約した電話番号そのものを含めて個人情報が含まれるので、顧客と携帯電話会社以外の第三者に開示できないはずだ。
顧客自身が自分の契約情報を確認する場合も、顧客自身の要求がない限り開示されない。
携帯電話各社はインターネットでサポートサイトを開設しているが、そこに顧客が自らユーザIDとパスワードを入力するのは、形式的には顧客自身が要求したという証跡を残すためだ。
つまり、携帯電話会社の立場からすれば、無関係の第三者からの要求に応じる不正な開示はしていない、という証跡を残すためである。
仮にショップと携帯電話会社の間の代理店契約が、顧客の契約情報を共有してよいという内容になっていたとしても、顧客の契約状況を、顧客からの要求にもとづかず、3か月後も自由に確認できるということは、事実上、期限の定めなく、かつ、顧客自身からの要求もなく、この携帯電話ショップは自由に閲覧できることになる。
これは、個人情報の取扱いとして明らかにおかしい。
携帯電話ショップが、あなたの住所や電話番号を、無期限に、ショップの都合で、いつでも閲覧できるということになるからだ。つまり、次のような問題があることになる。
(5)携帯電話ショップにおける顧客の個人情報の取扱いに、違法とは言えないが、個人情報保護法上の疑義がある。
そして、ここまでわざと書かなかったが、以上の「3か月後に商品券で『キャッシュ』バック」という販促手法には、より根本的な問題点がある。
(6)契約をする「前」に「キャッシュ」バックの内容について説明がなかったこと。
最初に書いたように、僕は2ちゃんねる的には「情報弱者」なので、「キャッシュバック」の内容を確認せず、いつもスマートフォンや携帯電話を契約するのと同じ感覚で、NTTドコモの契約書に記入・署名をした。
そして、1時間後にまたご来店くださいという言葉どおり、店舗近くのレストランで時間をつぶしていた。携帯電話を契約するときにはいつものことだ。
だが、やはり「本体一括0円」の機種が実在しなかったことが気になり、「本体一括0円」の機種がないかを確認するため、改めてレストランから店舗に電話をかけた。
その話のなかで、実は「キャッシュ」バックが現金ではなく商品券だという説明があった。
こちらの想定と違うので、いったん契約手続を止めてほしいと言い、すぐに店舗をおとずれ、いろいろ説明を受けるなかで、商品券の郵送は3か月後だと、この時点ではじめて説明があった。
僕がレストランから電話をかけなければ、「キャッシュ」バックが商品券で、かつ、郵送が3か月後だという説明を受けないまま、MNP契約は完了していたことになる。
そして「本体一括0円」の機種が存在しないことの説明はつじつまが合っていなかった。店員いわく「キャッシュバック金額の方が本体価格より大きいので、実質0円ということです」とのこと。
いやいや、そういう理由で「本体一括0円」と表記するなら、正しくは「本体一括マイナス18,000円」と書くべきだろう。
まあこれはどうでもいいとして、広告でうたっている最も重要な取引条件である「キャッシュ」バックの具体的な内容、つまり、現金ではなく商品券であること、そして、3か月後にはじめて郵送されるということについて、契約書に記入・署名する「前」にまったく説明がなかったのだ。
これは契約手続としては、かなり悪質と言わざるをえない。
仮に携帯電話ショップが、「契約前に説明しないことは悪質でない」と主張するなら、そもそも「キャッシュ」バックという販促手法そのものが悪質である事実を認めたことになる。つまり、後ろめたいことをやっているので、契約前に説明できない、と認めることになる。
さて、お話はこれで終わらない。
僕がレストランからあわてて店舗にもどり、想定と違うので契約をやめると言い出したところ、なんと携帯電話ショップの店員は「キャッシュ」バックの条件をつり上げ始めたのだ。
まず、登録の必要な有料サイトを15個から10個に減らし、かつ「キャッシュ」バックと本体との差し引き金額約28,000円を、「切りがいいから」30,000円にする。これで実質約5,000円、「キャッシュ」バックが増える。
そして、僕がいまドコモの直営店でも(2012/07/31までの期間限定だが)MNP契約で20,000円のキャッシュバックをしているので、直営店の信頼性に比べると、ここで契約するメリットがそれほどないと話した。
その店員は、驚くべきことに、直営店でのキャッシュバック・キャンペーンのことを知らなかった。NTTドコモの公式サイトにも「チェンジ割」として正々堂々と書いてあるにもかかわらず、である。もっとも、知らないふりをしていただけかもしれないが。
キャンペーン・イベント情報「月々サポート」「チェンジ割」 (NTTドコモ公式サイト ※キャンペーン期間は2012/07/31まで)
すると店員は、カウンターの裏にまわって上司に掛け合い(あるいはそのふりをして)、さらに有利な条件を出してきた。
登録の必要な有料サイトを10個から15個にもどす代わりに、「キャッシュ」バックと本体との差し引き金額約28,000円を40,000円にするという。これでさらに実質5,000円増え、最初の条件に比べると約10,000円有利な条件になる。
そして、店員いわく「正直これでは赤字になりますので、他のお客さんの利益で穴埋めするようなかたちでギリギリ提示させて頂いています」。
僕はこの携帯電話ショップがまったく信用できなくなったので、契約をやめて帰ってきた。
MNPの予約番号は取ってしまっているので、ドコモかauの直営店、あるいは家電量販店で、無難に乗りかえようと考えている。
あの携帯電話ショップ、僕の個人情報は責任をもってシュレッダーしておきますと言っていたが、名簿業者に売りさばかれる前にシュレッダーしてもらえるのか、やや心配だ。

中国語版『サイゾー』は中国の日本ファンの動機づけを奪うかも

『サイゾー』が中国語版サイトを正式に開設した(こちら)。これについて運営主体のインタビュー記事は、中国・新興国の情報サイト『KINBRICKS NOW』の以下のリンクから読める。
『目的は打倒クール・ジャパン?!あのサイゾーが中国進出、その理由とは』 (2012/07/13 KINBRICKS NOW)
現時点で中国ツイッター(新浪微博)の中国語版『サイゾー』公式アカウントをフォローしているのはたったの2桁だ。
中国ツイッターのフォロワー数は、日本語圏のツイッターのおおむね10倍でやっと同等と思われる。つまり日本語圏のツイッターのフォロワーを1万人持っていれば、中国ツイッターでは10万人いないと、同程度の人気や影響力を持てない、という概算だ。
『サイゾー』の公式アカウントは、2012/07/11に本格的につぶやき始めたばかりにしても、まだまったく認知されていない段階にとどまっている。これからフォロワー数がどれくらい伸びるか、期待して見守りたい。
さて、中国語版『サイゾー』について、開設以来ページビューがどのくらい伸びているのか、僕には知る方法がないけれど、今後アクセス数が伸びるのかといえば、かなりあやしいと個人的には思っている。
その理由は、中国大陸にいる日本ポップカルチャー・フォロワーのネット民たちの「動機付け」にある。
彼らは自分の力で、日本語のオリジナルの情報サイトに(『サイゾー』もその一つだが)、場合によっては中国政府のグレート・ファイアウォールや検閲を回避する技術(翻牆)を駆使する危険を冒してアクセスし、それを中国語に翻訳して、中国人に紹介するというプロセスの楽しさとやりがいを奪ってしまうからだ。
僕がそれを感じたのは、alanという中国人女性歌手についての中国大陸のネット民とのやりとりを通じてである。alanは四川省出身、解放軍芸術学院卒のチベット族女性歌手だ。
日本でエイベックスからデビューして以来、個人的に彼女の日本国内の活動を、勉強しはじめたばかりの、とても下手くそな中国語で、主に中国の検索エンジン「百度」の掲示板サービス「貼吧」で発信する、ということをやってきた。それなりに反響があって、かなり面白い体験だった。
もちろん中国大陸のalanファンたち自身も、日本語のオリジナル情報を入手しようと、グレート・ファイアウォールを越えてalanの日本語ツイッターをフォローしたり、YouTubeを見たり、日本でしか発売されていないCDやDVDを団体購入したりと、ものすごいパワフルさで彼女の日本での活動を追いかける。
そのエネルギーや、一部の中国人ファンの日本語力の高さには、ただただ舌を巻くばかりだった。
そういう彼らをネット上で見ていると、入手困難な日本語情報にアクセスし、それを母国語に翻訳するというプロセスにこそ、中国では少数派である彼ら日本のポップカルチャー・フォロワーのプライドや楽しみがあるのだと実感できる。
つまり、中国大陸でメンバー募集中のAKB48クローン「SNH48(上海48)」にしても、中国語版『サイゾー』にしても、彼らから最大の楽しみを奪うことになってしまうのだ。
しかも、SNH48や中国語版『サイゾー』の受容者として想定できるのは、ほぼ、そうした熱心な日本のポップカルチャー・フォロワーたちに限られる。
このことは、日本のアニメやマンガを、もし日本の製作者や権利者たちが、自ら中国語に翻訳して中国大陸で提供したら、もともとそれらの作品を「違法」に中国語訳していた中国人ファンたちに歓迎されないだろう、ということにもつながる。
その理由は、無償で入手できた作品が有償になってしまう、という経済的な面より、むしろ、中国語版を制作する「二次創作」の楽しみとやりがいが奪われる、という心理的な面が大きい気がするのだ。
なので、中国語版『サイゾー』ができても、中国人の熱心な日本のポップカルチャー・フォロワーは、あえて中国語版『サイゾー』を通り過ぎて、日本語のオリジナルの各種サイトへ情報を取りに来るだろうと、僕は感じている。単なる勘でしかないけれど。
追記:
なお、中国語対応のボーカロイドソフトなら、日本企業が中国で発売しても一定の成果が見込めるのではないかと思う。なぜなら、それを使って創作したり二次創作したりする余地が残されているからだ。

SNH48が絶対に失敗するだろう理由

AKB48がついに中国大陸に進出し、SNH48(上海48)のメンバーを中国大陸で募集中だ。しかし中国大陸のAKB48クローンは確実に失敗するだろう。秋元康氏が理想主義者すぎるからだ。
以前この「愛と苦悩の日記」で書いたように、アジア地域でAKB48クローンを企画して成功する可能性があるのは、親日的な国だけだ。
当たり前のことだが、中国は公式には親日国ではない。もちろん中国人の中には日本のアイドルや音楽、アニメ、マンガなどに心酔している若者はたくさんいる。
だが、公式なアンケートなどで改めて「日本が好きか」と聞かれて、堂々と「好きだ」と言える中国人はあくまで少数派である。
しかも、日本の若者文化に心酔している中国人の若者たちにも、中国人としての自尊心は当然ある。
日本人のように、欧米文化に心酔するあまり日本文化をかんたんに忘れてしまうほど、中国人は自分たちのアイデンティティーを軽視しない。
誤解があるといけないので補足すると、中国人はいまの共産党政府にプライドを持っているのではない。独立した一人の個人として、中国人である自分にプライドを持っているのである。
日本の若者文化に心酔している中国人の若者たちも、中国人としての自尊心は持っている。
この点を念頭においた上で、SNH48をめぐる中国人の様々な立場を列挙してみよう。
(1)SNH48のメンバーになりたいという中国人の女子たち。
(2)SNH48が無事、結成されて活動を始められたとして、それを応援する中国人の若者たち(たぶんほとんどが男子)。
(3)SNH48の活動を支える現地の中国人スタッフ。
(4)SNH48の活動を放送したり報道したりする中国メディア関係者。
(5)SNH48の活動を傍観している中国人たち(主に大人たち)。
(6)中国政府
まず(1)SNH48のメンバーになりたい中国人女子たちだが、平均して中国人女子は日本人女子より人前に自分の姿をさらすことに抵抗がなく、自己主張や自己顕示欲が強いと言える。
なので秋元康氏も候補者集めには苦労しないだろうが、AKB48クローンにふさわしい資質をもつ女子がどれだけ集まるかは、かなり疑問だ。
中国の若者社会で、SNH48のメンバーへじっさいに応募するところまで行動にうつす女子たちは、中国人である自分自身にかなり高いプライドを持っている「リア充」タイプか、逆に、中国人らしからぬ気の弱さの「オタク女子」か、これら両極端のどちらかだと思われる。
普通の中国人女子は、中国人の女性歌手や女性タレントにあこがれており、日本人がプロデュースしているSNH48のメンバー募集などにそもそも興味がない。
つまり(1)の段階ですでに、中国人のなかでもかなりマイナーな中国人女子がメンバーとして集まることになる。
では(2)のSNH48を応援する中国人の若者はどうだろうか。
ちなみに、先ほどから中国人の「若者」というふうにわざわざ年齢層を特定しているが、中国社会では30歳を過ぎたいい年をした大人が、AKB48のようなアイドルに熱を上げることは、ふつうはバカにされる。
大人は年相応に精神的にも成熟することが求められる。日本社会のように、年老いてもアイドルの追っかけをすることが、「いつまでも若い」と肯定的にとられられることは、中国社会では一般的ではない。
なので、SNH48を応援する中国人は必然的に若者だけになる。
さてその若者たちだが、自国の歌手やタレントをさしおいて、しかも日本のオリジナルのAKB48やそのクローンもさしおいて、秋元康氏が中国大陸で作ったAKB48クローンを応援する気になるだろうか。
中国大陸でいまAKB48に熱中している中国人の若者たちは、あくまでAKB48が「日本品質」である限りにおいて熱中しているのである。
AKB48のメンバーが中国人の普通の女子より進んだファッションや生活スタイルをもっていて、かつ、彼女たちの楽曲や、彼女たちが登場するテレビ番組、コンサートの制作品質も高い。そういう「日本品質」に熱中するのである。
もし、SNH48のメンバーとして、例えばその名称のとおり上海出身の中国人女子ではなく、中国大陸の内陸部出身の田舎者が選ばれたら、いったい中国人の若者の誰が、そんな田舎くさいアイドルグループを応援するだろうか。
ちなみに、上海やその周辺の沿岸部の都市に住む、中国人のなかでは流行にも敏感でファッションセンスもいい中国人女子たちは、AKB48のような「下らない日本のオタク文化」には無関心である。
具体例で分かりやすく言えば、小Sやangelababyをかっこいいと思う中国人女子が、日本のオタク文化などに興味を持つはずがない、ということだ。
したがって、SNH48が無事結成にこぎつけたとしても、かなり悲しい結果になるだろう。
メンバーは容姿は良いかもしれないが、田舎出身だったり、少数民族だったり、都会の出身でも「オタク」っぽい女子だったり、総じて中国の若者社会で「マイノリティー」的な立場の女子ばかりが集まる確率が高い。
そして、そんなメンバーばかりが集まったSNH48を応援したいと思う中国人男子たちは、中国社会の中ではかなり肩身の狭い思いをしている「オタク」男子ばかりになるはずだ。
さらに(3)の現地中国人スタッフと、SNH48のメンバーとの間でどのようなことが起こるかを想像すると、なおさら失敗の確信が強まるばかり。
首尾よくSNH48のメンバーになった中国人女子たちが、日本人女子のように、日本の中学・高校の部活動のノリで、礼儀正しく統制のとれた行動をとるはずがない。
中国人は日本人よりもはるかに個人主義的だ。
自分の気に入らないことは気に入らないとはっきり言う。日本人アイドルのように、所属事務所やプロデューサ、マネージャの言うことに黙々と従うなどということはありえない。
その結果、現地でSNH48を支えるスタッフは、秋元康氏をはじめとする日本側の中国語ができないスタッフと、個人主義的なSNH48メンバーたちとの板ばさみになる。
そしてスタッフたち自身も、個人主義的で自己主張の強い中国人である。
秋元康氏が日本のAKB48クローンのメンバーたちに要求しているのと同じようなことを、SNH48に要求すればするほど、日本側スタッフとあつれきを生じることになる。
最終的には中国的なやり方と、日本的なやり方で妥協点を見出すことができず、なんとも言えない中途半端なクオリティのアイドルグループが出来上がるはずだ。
そうならないためには、日本語が堪能で、日本人的な集団主義を身につけた現地中国人スタッフが見つかるかどうか、それが最大の鍵だろう。
つぎに(4)の中国メディアだが、尖閣諸島問題など、日中の政治問題のゆくえによっては、SNH48をほぼ完全に無視するだろうことは、容易に想像できる。
中国政府の管理下にある中国の各種メディアが、国家レベルで対立している日本で企画されたアイドルグループを、国内のタレントと同等に応援したり報道したりするはずがない。
SNH48の人気は、おそらく中国ツイッター(微博)や検索エンジン「百度」の掲示板サービス「貼吧」など、ネット上だけのマイナーなものにとどまるだろう。
そして(5)の中国人の大人たちだが、こちらも中国メディアと同じく、SNH48のことなど気にもとめないだろう。
自分の子供が応援すれば、多少関心を持ってくれるかもしれないが、日本のお友だち親子のように、親子そろってアイドルグループを応援するといったことは、先ほど書いたような理由で、理由で中国では起こり得ない。
最後の(6)中国政府だが、意外に(4)の政府の管理下にあるメディアや、(5)のふつうの中国の大人たちより、SNH48に高い関心を持つかもしれない。ただしそれは、日本と民間レベルの文化交流をするときの「ネタ」として利用できるかぎりにおいて、である。
例えば、尖閣諸島問題が今よりもさらに先鋭化したとする。
中国政府は例によって、国民の不満の矛先が自分自身に向かないように、日本の「理不尽な主張」を非難することで国内のガス抜きをする。
他方、外交カードを確保するために、日本との関係が決定的に悪化すること避けるべく、政治ではなく文化のチャンネルを使って民間レベルの交流は続ける。
相手が日本であれ米国であれ、決定的に対立するということは、自ら外交カードを捨てるような愚かな行為だということを、中国政府は分かっている。
北朝鮮のように、どの国とも決定的に対立する瀬戸際外交は、外交カードがほとんど残らない非常に不利な立場である。中国はそんな愚かな外交はせず、異なるチャンネルで硬軟おりまぜた外交をする。
中国政府が政府主催のイベントとして、日本からSMAPやEXILEやAKB48を呼ぶのと同じように、日本人がプロデュースしたSNH48を日中文化交流の「コマ」として使う可能性は十分にある。そうなれば秋元康氏はみごとに中国政府に利用される結果になるわけだ。
そのように中国政府が政策実行の「コマ」として利用する芸能人が、ふつうの中国人の支持を集めることはない。
中国のお正月番組「春節晩会」で華麗な群舞を見せる中国政府の御用芸術団が、どこまで行っても御用芸術団でしかないのと同じように、SNH48も中国政府にとって都合のいいアイドルグループになるおそれがある。
以上、延々と述べてきたように、SNH48が中国大陸でアイドルグループとして「成功」と呼べるような成果をあげられる可能性は、ほとんどないと言っていい。
秋元康氏は、おそらく中国の実相をほとんど理解しないまま、自分の理想や理念だけでSNH48プロジェクトに乗り出したに違いない。
秋元康氏が日本社会という文脈において、すぐれたプロデューサであることは確かだが、とても中国大陸で通用するとは思えない。秋元康氏は中国大陸で成功するには、考え方が「純粋」すぎる。
中国的なものをまったく理解していないのは、エイベックスも同じだった。
中国の少数民族であるチベット族の女性、しかも解放軍芸術学院卒の女性を日本に連れてきて、あろうことか「愛と平和」や「音楽に国境はない」などという理想主義的なキャッチフレーズで、チベットフェイクの歌を歌わせる。
このエイベックスの政治オンチぶりは救いようがないレベルのナイーブさだ。
現実の世界で中国政府はチベット自治区のチベット人に血も涙もない弾圧と同化政策を展開しているというのに、そのチベット族出身の歌手に「愛と平和」がテーマの曲を歌わせる。
中国政府にとってalanのような歌手は、上野動物園のパンダと同じ役割を果たしている。
つまり政治レベルで日本と緊張関係を保つために、民間レベルの文化交流のチャンネルを開いておく必要があり、その「コマ」として、エキゾチックな顔立ちのチベット族女性が日本でデビューすることを意図的に容認する。
よく考えて欲しい。中国政府が、alanという人民解放軍付きだった女性歌手たった一人を、それと分からないように強制的に帰国させることなど、ごくごく簡単なことだ。パンダに貸出し期限を付けるのと同じ考え方である。
このエイベックスの救いようのないナイーブさと同じものを、僕は秋元康氏にも感じる。
おそらくSNH48は失敗する。ちょっとした話のネタにはなるかもしれないけれど。