月別アーカイブ: 2012年6月

LED電球1個で二重環形蛍光灯のシーリングライトを置き換えてみた

「家電Watch」というサイトで、すごいLED電球を見つけてしまった。
『LED電球、どれを買う? テックウィンド「Luminoa(ルミノア)シリーズ」~100W形白熱電球と交換できるLED電球』 (2012/06/29 家電Watch)
で、さっそくAmazonでLDA16N-Hを購入してみた。明るさが100W形白熱電球を超えるLED電球なのに、消費電力はたったの15.8W。

さまざまな条件での照明実験は上記のページをお読みいただくとして、僕の場合は一般的な白い壁紙の6畳相当のフローリングの部屋のシーリングライトを、このLED電球1個に取り替えてみた。
ちなみに、取り外したシーリングライトは40Wと30Wの二重環形蛍光灯に、白い半透明の平べったい半球形カバーが付いた、ごくありふれたものだ。消費電力は38W+30Wで68Wになる。
Luminoa LDA16N-HはローゼットをE26形口金に変換する550円の器具をかませるだけで、直接裸電球状態で付けてみた。見た目には、まったくダサイったらありゃしない状態になる。でもとりあえず単なる実験なので、良しとした。

さて、肝心の明るさだが、さすがにLuminoa LDA16N-Hが1灯だけでは、二重環形蛍光灯のフルの明るさに比べると暗い。
なので、照明をシーリングライトだけにたよる必要がある部屋、たとえばリビングやダイニングなどにはおすすめできない。
しかし、パソコンを使う部屋など、全体照明の他に、デスクライトも使う部屋なら、このLuminoa LDA16N-Hが1灯あれば十分だ。
たとえば僕が使っているデスクライトは、27WのU形蛍光灯なので、15.8W+27W=42.8Wの消費電力だけで、十分な明るさでパソコン作業ができる。
ただ、全体照明として1灯だけでは少し暗い、ということが分かったので、楽天で格安の2灯ソケット式天井照明と、追加でLDA16N-Hより明るさが一段下のLDA14N-Hを購入することにした。
2灯式ソケット天井照明 (楽天インテリアショップ「わのん」)
これで計算上の全光束は1,550ルーメン+1,300ルーメン=2,850ルーメンになる。実はこれでも40W+30Wの二重環形蛍光灯の全光束には、遠くおよばない。
しかし、よくよく考えれば、デスクライトを併用してパソコンをしたり、事務作業をしたりする部屋に、40W+30Wの二重環形蛍光灯は明るすぎたのだ。
とにかく夜でも真昼のように明るく、こうこうと部屋の中を照らさないと気がすまないように思わされているのは、下世話な言い方をすれば、僕らが「電器メーカーの陰謀にのせられた結果」なのである。
消費電力の多くが光にならずに、熱になってしまい、点灯中は熱くて手で触れなくなるような蛍光灯とは、読者のみなさんも段階的におさらばした方がいい。これからもどんどん性能が良くて安価なLED照明が出てくるはずなので。

Office 365導入事例企業のセキュリティレベルは大いに疑問

マイクロソフトのクラウド版Office、Office 365のセキュリティ機能について、導入事例でまったく触れられていない点がどうしても気になったので、公式ツイッター・アカウントに質問してみた。
Office 365の導入事例はこちらから閲覧できるが、セキュリティについてふれたものが見つからない。
Office 365 導入事例 (マイクロソフトOffice 365公式サイト)
そのやりとりを自分で「まとめ」てみた。

todkm: Office365導入事例はどれも、OWAを第三者の不正アクセスからどう保護しているか全く触れていない点があやしすぎる。Googleアカウントは2要素認証が追加機能として存在する。 @msonline_ja
10:08pm, Jun 27 from Web
msonline_ja: @todkm 2要素認証を導入するかどうかはお客様側の判断ですが、一般的に言って、導入を希望するお客様の数は多くありません。必要性を訴えるお客様は大企業のお客様に限られ、そのようなケースはADFSの導入で対応することが可能です。
6:26pm, Jun 28 from Web
todkm: @msonline_ja 大企業の導入事例で多要素認証や個体認証の事が全く触れられていないのは、わざわざOffice365にセキュリティー上の弱点があると宣伝しているようなものだ、という意図で指摘させて頂きました。なぜ触れないのですか?
7:09pm, Jun 28 from twicca
msonline_ja: @todkm セキュリティまわりを事例に記載するかどうかはお客様の希望にもよります (方式を明かすことはセキュリティのリスクにもなります) 大企業のお客様はADFSを入れて社内IDとの統合でOWAだけで認証させなくても高いセキュリティを実現できます。2要素認証の利用は少数派です。
8:02am, Jun 29 from Web
todkm: @msonline_ja 大企業がOWAと社内のADを連携させるのは運用の利便性から当然です。貴社としては、OWAのログオン画面やActiveSyncをユーザー名・パスワードのみの認証でパブリックのインターネットにさらしてもリスクはない、というご認識なのですね。それが驚きです。
8:11am, Jun 29 from twicca
msonline_ja: @todkm AD「連携」というのは単にパスワードを同じにするだけでなく、ログイン画面をさらさないことも含まれます。また、当社としてはいろいろなオプションを用意していますが、ユーザー利便性との天秤であり最終的にどのような認証を採用するかはお客様しだいです。
8:28am, Jun 29 from Web

Active Directory Federation ServicesというものとOffice 365を連携させれば、社内のActive DirectoryとOffice 365のアカウント同期ができ、かつ、Outlook Web AccessのUI自体を使用不能にしたりできるというのは、マイクロソフトのOffice 365公式サイトを読めばわかる。

また、日経BP社から『ひと目でわかるAD FS 2.0&Office 365連携』という書籍が発売されている。
しかし、まず信じられないのは、Office 365の日本語公式ツイッターアカウントが、ユーザ名(=Office 365のメールアドレス)とパスワードだけで導入している企業の方が多いと明言している点だ。
これはマイクロソフトの責任ではなく、社内メールが不正アクセスを受けても構わないと言わんばかりの導入企業側の責任なのだが、そのこと自体が僕にとっては信じがたい。
なぜって、ユーザ名はOffice 365のメールアドレスなのだから、その企業の社員と名刺交換すれば入手できる。
その企業の社員がメールを多くの人物をやりとりすればするほど、世界中にその企業のより多くのOffice 365のログインユーザ名が、より多くの不特定多数の第三者に広まっていく。
そのログインユーザ名が最終的に、悪意の第三者に知られることを防ぐ方法はない。あとはその悪意の第三者がなすべきことは、このうっかり者のOffice 365利用者のパスワードをクラックすることだけだ。
ユーザ名(=メールアドレス)とパスワードだけで、Office 365やGoogle Apps for Businessのようなクラウドサービスを業務に使っている企業は、「うちの社内メールにどうぞ不正侵入して下さい」と言っているようなものだ。
もし同じ企業が、社内ネットワークを外部の攻撃から保護するために、ファイアウォールを構築していたら、そのセキュリティのバランス感覚の欠如には、大笑いするしかないだろう。
社内ネットワークをファイアウォールやIDS/IPSでしっかり保護しているのに、社内の機密情報や、取引先からあずかった個人情報をたっぷり含んだ、社内メールデータは、パスワードだけで公衆のインターネットにさらしているのだから。
もちろん、Office 365公式ツイッターアカウントがおっしゃるように、Active Directory Federation Servicesを実行するサーバーを社内ネットワークに構築すれば、ユーザ名・パスワードに追加でセキュリティ機能を実装できる。
しかし、こちらのブログ『SharePoint Maniacs』の記事「Office 365関連書籍二冊!」にあるように、「(ADFSサーバが落ちると、Office 365が無事でもアクセスできなくなる)」のである。
社内でサーバーを運用するコストや手間を負いたくないから、クラウドサービスを利用しているのに、なぜセキュリティを確保するために社内でActive Directory Federation Servicesサーバーを構築・運用しなければいけないのだろうか。
これではメールシステムその他をクラウドにする意味がないではないか。
他方、グーグル社のクラウドサービス Google Apps for Business は、というより、GMailをお使いの皆さんなら、あなたが個人でつかっているGoogleアカウントでさえ、はじめから二要素認証が使える。
そもそもなぜ二要素認証が必要なのかといえば、上述のように、ユーザ名(=メールアドレス)とパスワードだけでは、不特定多数の第三者がインターネットに接続された世界中のどの端末から、あなたになりかわってシステムにログインするか分からないからだ。
そのリスクを低減するには、ユーザ名とパスワードだけでは明らかに不十分である。
これはOffice 365公式ツイッターアカウントがくり返し書いているような、「最終的にどのような認証を採用するかはお客様しだいです」というレベルの問題ではない。
企業が業務用にクラウドメールを使う場合、ユーザ名とパスワード以外のセキュリティ確保のしくみを追加するのは「必須」である。
グーグルは「必須」だと考えているからこそ、Googleアカウントに初期状態ですでに二要素認証の機能をつけているのだ。マイクロソフトの不正アクセスに対する認識が甘すぎるのである。
Googleアカウントの二要素認証は、携帯電話各社のメールアドレス(NTTドコモなら@docomo.ne.jpなど)に限定して、認証用の6桁の数字が自動送信するように自分で設定できる。
そうしておくと、ユーザ名(Gmailアドレス)とパスワードだけでなく、その数字を入力しないと、あるPCから自分のGoogleアカウントにログインできない。そういうしくみだ。
認証用の数字を送信するアドレスには、携帯電話各社のドメインのアドレスしか設定できない。
それによって、あなたの携帯電話やスマートフォンを物理的に手元にもっていなければ、自分のGoogleアカウントにログインできなくなる。これがGoogleアカウントの二要素認証である。
もちろんこれでも企業によっては十分なセキュリティレベルと言えないかもしれないが、ユーザ名(=メールアドレス)・パスワードだけのセキュリティに比べれば、物理的に携帯電話やスマートフォンを持っている必要があるので、はるかに堅固になる。
Google Appsは初期状態で二要素認証によって、不特定多数の第三者からの不正アクセスを防ぐしくみが組み込まれている。
マイクロソフトのActive Directory Federation Servicesのもう一つの重要な機能は、クラウドサービスと社内のActive Directoryのアカウントを同期することだが、Googleはこの機能をもつアプリケーションを無償で提供している。
アカウントの同期ツールと、パスワードの同期ツールだ。
Google Apps Directory Sync (Google Apps管理者用ヘルプ)
「新しいプロダクト:Google Apps Password Sync for Active Directory」(2012/06/01 Google Appsチームからの公式アップデート情報)
これらのツールを使うとActive Directory Federation Services同等の機能が実現できる。
以上のように、マイクロソフトOffice 365は、企業ユーザーが最低限のセキュリティを確保するための多要素認証を実現するのでさえ、ADFSと連携した別ソリューションの導入・構築コストがかかる点で、Google Apps for Businessにセキュリティ面・費用面で決定的に劣っている。
おそらくマイクロソフトは遅かれ早かれ、ユーザアカウントを保護する何らかの追加セキュリティ機能を、グーグルのように初期状態で提供することを強いられるだろう。
マイクロソフトのOffice 365の導入事例をざっと読んでみて、その中にあなたの会社の取引先が含まれていたら、よくよく考えなおした方がいい。
はたして自社の機密情報や重要な情報を、そんな会社のOffice 365にメールで送信して大丈夫なのかどうかを。

alanの新譜『Love Song』について中国人ファンの鋭いコメント

alanの中国帰国後、はじめてのアルバム『Love Song』について、率直な感想を中国ツイッター(新浪微博)に書き込んでみた。
先日の記事をすべて伝える中国語力は僕にはないので、各曲について感想を短く書いただけだ。それでも、いくつかおもしろい反応があった。
とある中国人alanファンは、中国で民族色を押し出している歌手の中では、alanの歌唱力はごく普通のレベルだと書いてきた。
今回の『Love Song』の冒頭のイントロや、いくつかの曲に入っているチベット・フェイクでも分かるように、明らかにもalanは帰国後も、日本デビュー曲『明日への讃歌』のようにチベット民族色を鮮明にしている。
韓紅などチベット民謡の達人と比べると、alanの歌唱力はごく普通のレベルだというのはおそらく本当なのだろう。
さらにこのファンは、alanの鋭く細い声質がポップスに不向きだと書いている。たしかに倍音成分が多く、高く鋭く響くalanの声質は普通のポップスのアレンジではやや浮いてしまう。
チベット民族色を前面に押し出す点では、薩頂頂という強烈な個性をもつアーティストが、すでに欧州でも一定の評価をされている。
薩頂頂のように、本物か偽物かは別として、世界中の誰もが「チベット風」と認識できる、とてもわかりやすいチベット民族色のアーティストがいたのでは、alanはチベット民族路線においても非常に不利だ。
このファンは、新しい事務所の楽華娯楽のプロデュースが失敗すれば、alanは文工団の目立たない一チベット民謡歌手になってしまうかもしれない、とまで書いていた。そして「伯楽」こそが重要なのだと。
文工団とは、「百度百科」によれば「文芸工作団。中国共産党の指導のもと、中国の工農紅軍宣伝隊の伝統を受け継ぎ、歌唱、舞踏、演劇などさまざまな形式で宣伝活動を展開する、総合的な文芸団体」とある。
要するに共産党のプロパガンダ・アーティスト集団だ。alanは解放軍芸術学院卒業だけに、なるほどありえないことではない。中国のalanファンが、そこまで現実的で冷徹な分析をしているところからも、alanの微妙な位置づけがうかがえる。
さて、今回のアルバムの中で、中国人と日本人で評価が最も分かれそうなのは『以愛相宜』かもしれない。
僕の個人的な感想として、中国の時代劇ドラマの主題歌みたいで、何がいいのか分からないと書いたら、かなりの反論があった。あの中国風のメロディーが良いのだ等々。
ただ、春節晩会を思い出させて、あまり好きじゃないというコメントもあった。
中国の若者の中でも、毎年恒例の長時間にわたる春節晩会は、マンネリだしダサくて見てられないという人と、中国人にとって欠かせない風物詩と見る人がいるらしい。たぶん日本における紅白歌合戦よりも、アンチ派が多いのではないか。
また、『以愛相宜』について思わずほくそ笑んでしまったのは、ああいう種類の曲は中国人は好きにはならなくても、嫌いになることはない、「保険」だ、というコメントだ。
「保険」という表現があまりにピッタリすぎて面白かった。たしかに中国人なら誰もが受け入れられるメロディーの曲を1曲入れておくというのは、楽華娯楽としても「保険」の意図があったに違いない。
他にもいくつかコメントはあったが、いずれにせよ中国人のalanファンは妙な「盲信」に陥ることなく、はっきり賛否を書いてくれるので、個人的にはとても参考になった。

alanの中国語ニューアルバム『Love Song』を聴いてみた

alanの中国帰国後、初のアルバムが2012/06/18発売されたので、1曲ずつ感想を書いてみたい。完全なクレジットが手元になく、純粋に個人的な感想ということでご容赦を。
日本からもyesasiaの下記ページなどから台湾版が購入できる。台湾版なのでおそらく歌詞カードが繁体字になっていると思われる。
alan 『Love Song』 (台湾版)
まずアルバムの冒頭に収録されているインストゥルメンタル曲「水晶蓮 intro」は、ほぼ意味不明。
チベットの雰囲気を出したいという意図はイヤでも伝わるが、『Love Song』という甘いタイトルのアルバムである。しかもこのアルバムを通して、alanはチベット色を前面に押し出しているわけでもない。
なのに、なぜこれほど民族色の強烈なオープニングなのか、ほぼ意味不明なのだ。これが薩頂頂のアルバムならまったく問題ないのだが。
以降の収録曲と推定のテンポ(bpm)は下記のとおり。
1. 鳳凰 93bpm
2. 以愛相宜 70bpm
3. Love Song 82bpm
4. lan lan 82bpm
5. 長大 92bpm
6. 我回来了 63bpm
7. 孤独的天分 140bpm
8. 経過南青山 60bpm
9. 窓外 95bpm
10. BABY BABY 101bpm
11. Love Song きっともう一度 82bpm
ほぼミドルテンポかスローテンポというやや退屈なアルバム全体の構成の中で、異彩を放つのが「孤独的天分」だが、果たせるかなペギー・スー(許哲珮)の作詞・作曲。
他に台湾のアーティストが提供した曲を探すと8曲目の「経過南青山」が作詞・方文山、作曲・袁惟仁というなんとも豪華なペア。東京の地名が日本語の発音のまま登場する。
しかしこの「経過南青山」、明らかにシンセサイザーと分かる安っぽいチェロが全編にわたって鳴る編曲に、袁惟仁は納得したのだろうか。解説文にはalanが初めてイギリスのライトロックを試みたとあるが、曲は良いのに編曲がいただけない。
さて、1曲目にもどって「鳳凰」。
先行して短編映画のメイキングがPVとして公開されていたが、この曲はいい。
大陸のC-POPには珍しくAメロ、Bメロ、Cメロ(サビ)がそろっていて、転調後のCメロはチベットフェイク風のコーラスをともなってブリッジっぽくアレンジされており、曲の構成も端正だ。
2曲目は「以愛相宜」。
同じ事務所・楽華娯楽の先輩男性歌手、胡彦斌が提供した楽曲。alanがCMキャラクターをつとめるイノハーブ社(相宜本草)のタイアップ曲であることが、すぐにわかる曲名。曲想はとても真面目なので、タイトルがあざとすぎるからといって笑ってはいけない。
イノハーブ社がスポンサーになっている、東方衛星テレビの『舞林大会』という芸能人社交ダンス大会的な番組がある。
その番組にalanが出演したとき、決勝回の最後にこの曲を歌った。社交ダンス大会という西洋風な番組内容とあまりに不釣り合いな中華風メロディーライン。
中国大陸のテレビ局が制作する時代劇の主題歌にはピッタリだけれど、個人的にはあまり興味のない曲。
3曲目はアルバムタイトル曲の「Love Song」。
ツイッターでもつぶやいたが、この曲自体の問題ではないけれども、PVになっている短編映画の脚本がひどすぎた。
おたがい思いあって婚約した恋人どうしだが、alan扮する女性の方が、両親に強くすすめられたお見合いを請けてしまい、結局別れるというお話。
1950年代松竹大船調の時代錯誤のストーリーを、ゆりかもめ線の東雲駅など、現代の東京を舞台に柿本ケンサク氏が監督したPVで、ほぼ意味不明。
それほど強く思いあっているなら、見合いなど断ればいいだけ。中国大陸では自由恋愛がまだまだ許されていない、という社会背景があるわけでもない。
まだ、ヒロインが不治の病で死別するという紋切り型のストーリーの方が、「Love Song」というタイトルの曲のPVとしては説得力があるだろう。
ただし、「Love Song」の曲そのものは良い。1曲目の「鳳凰」と同じく、Aメロ、Bメロ、Cメロ(サビ)がそろっていて、最後のサビのリフレインはボーカルのアレンジが少し変えられ、やはりブリッジっぽくなっている。
そういう意味で1曲目と3曲目は曲全体の構成がほぼ同じ。サビを使い回してブリッジっぽい部分を作り出すというアイデアが同じである。
4曲目は「lan lan」。
まず、曲名が適当すぎる気がする。曲想とアレンジは「你喜欢不如我喜欢」という曲の時代のフェイ・ウォンの影響を強く受けすぎているように思う。聴いたことがない方はぜひ聴き比べて頂きたい。裏声のコーラスのアレンジまでそっくりだ。
ただし、完全に別メロディーのブリッジ、いわゆるDメロがちゃんと存在し、6分12秒におよぶアンビエントな雰囲気の曲で、個人的には嫌いではない。
この曲はこの曲として、alan風のフェイ・ウォン曲として全然ありだが、alanの独自性がないのは確かだ。
上述の「経過南青山」の作曲家である袁惟仁は、まさにフェイ・ウォンへの楽曲提供で有名なアーティストだ。
やはりこの『Love Song』という帰国第一弾アルバムで、楽華娯楽は中国大陸出身アーティストとして、日本のオリコンチャートでフェイ・ウォンの『Eyes On Me』(ファイナルファンタジーVIIIの主題歌)の順位を初めて上回った「歴史的快挙」を意識しているのだろうか。
5曲目は「長大」。
中国語で「成長」という意味。女性アーティスト崔迪の作詞・作曲。
洗練されたR&B曲で、やはり別メロディーでRAP風のブリッジがちゃんと存在し、最後のリフレインが転調するというC-POPとしては凝った構成。崔迪はジェーン・チャン(張靚穎)に楽曲を提供しているとのことで、激しく納得する。
明確なリズムとハープの分散和音の対比、分厚いコーラス、R&Bフェイクのちょい使いなど、完成度がとても高い。
にもかかわらず、最後の最後でなぜか素早いフェイドアウトでガクッとくる。R&B曲がフェイドアウトするなら、ボーカルがフェイクを歌いながらというパターンが必須ではないか。
6曲目は「我回来了」。
中国語で「ただいま」の意味。alanが帰国して新事務所の楽華娯楽と契約したあと、最初に発表した曲。
バラードなのに4分間弱で、Aメロのあとすぐにサビが来て、二度目のAメロは半分だけで、大サビで最高潮になる、典型的なC-POPバラードの構成をもつ。
この曲も袁惟仁だが、これはこれでアリな曲。しかしそれ以上の感想は特にわいてこない。ある意味、使い古された感のあるパターンの、あっという間に終わってしまう紋切り型のC-POPバラード。
7曲目は「孤独的天分」。
これはメロディーラインで使われている音階が独特で、特筆すべき個性をもった佳曲。オープニングの「水晶蓮intro」とは正反対で、良い意味で粒が立っている。最初に書いたように、ペギー・スー(許哲珮)の作詞・作曲。
コンパクトな曲だが、「長大」のようにぞんざいなフェイドアウトをせず、最後までていねいに編曲されている。
それにしても最後のラララの部分のalanの歌い方だが、末尾の音程がキュッと上がる歌い方は、ある時期のフェイ・ウォンを明らかに意識している。正確には、The Cranberriesのボーカルの影響を受けたフェイ・ウォンを意識している。
この『Love Song』というアルバム全体に、ある時期のフェイ・ウォンっぽさを強く感じてしまうのは僕だけだろうか。僕が昔、フェイ・ウォンのアルバムを聴き過ぎたせいだろうか。
8曲目は「経過南青山」。
「南青山を通り過ぎて」という意味。エイベックスの本社は南青山にあり、日本での経歴を示唆していると思われる。
この曲は冒頭に書いたように、とにかくなぜチェロを生音にしなかったのかが不明。そのせいで全てが台無しになっている。予算の関係で演奏者を雇えなかったのだろうか。
9曲目は「窓外」。
作詞・作曲は曲世聰とのことだが、なぜか何度聴いてもジェイ・チョウの曲にしか聞こえない不思議な曲。たぶんジェイ・チョウが歌うとサマになるが、alanが歌っているのであまりピンと来ない。
10曲目は「BABY BABY」。
個人的にまったく良いと思わない。どうしてこんな曲を作ったのか分からない。リズムはロックなのにメロディーがロックではない。イントロのシンセの音色もロックでないし、ベースラインも単純すぎる。
サビのメロディーもありきたりで、何らキャッチーさがない。最後、サビが転調する前の間奏の「ヨーヨーヨー」というコーラスも意味がわからない。個人的には完全に捨て曲。ここにアップテンポな曲を持ってくるなら、もっと速いテンポでロックというよりエレクトロ・ポップな曲を使うべきだと思う。
11曲目は3曲目のタイトル曲「Love Song」の日本語版。
バックトラックは同じもののように聴こえるが、ボーカルのミックスが3曲目と全く違う。3曲目のalanのボーカルはくすんでいるが、こちらのalanの歌声はキラキラ輝いている。
たぶん日本語版のミックスには、中山邦夫さんがガッツリ参加したせいではないかと思う。同じ曲なのに、3曲目と比べると笑えるほどミックスが良い。バスドラムのズドン!という響き方もまったく違う。
そしてこちらには男声コーラスが入っている。日本語の歌詞を歌っているので、中山邦夫さんが自ら録音に参加したのではないかと勝手に想像している。また、間奏部分には、3曲目にはないalanの日本語による語りが入っている。ロマンティックなアレンジだ。
さらに、間奏後の「あなたの手に/くるまれてる/はなさないで/影はひとつに/映ってるのに」の後、「What could I say?」というフレーズとの間に、3曲目にはない2拍のブレイクが入っている。
しかもその「What could I say?」にエコーが強めにかかるという具合に、アレンジがとても繊細に作りこまれている。この同じ部分は、3曲目ではきわめて平板で、最後のリフレインの印象が一変している。
さらにアウトロ部分には、日本語版の方だけalanのR&Bフェイクが入っている。
とにかく3曲目と同じ曲なのに、コーラスやアレンジ、ミックスの完成度が、まるで別の曲かと思うほど全然違う。
日頃からエイベックスの新人売り出しについて、いろいろ文句を言っているけれど、音楽制作の技術と作品の完成度の高さという点では、やはり楽華娯楽のクオリティーと、エイベックスのクオリティーには、天と地ほどの差があるということだろう。
そしてalanは中国に帰国することで、菊池一仁さんや中山邦夫さんを含めて、そのハイクオリティーな音楽制作のスタッフを失ってしまった。
3曲目の中国語版「Love Song」と、11曲目の日本語版「Love Song」をヘッドホンで聴き比べると、その悲劇がはっきり分かる。
そういうわけで、いろいろな意味で聴き終わりに悲しさを残す、中国語ニューアルバム『Love Song』なのであった。

サラリーマンだって「サラリーマン真理教」に「洗脳」されている

オウム真理教の一連の事件で高橋容疑者が逮捕された。
民放各局の朝の情報番組は、高橋容疑者がまだ麻原への帰依が深い点について、「専門家」やコメンテーターの論評をあれこれと放送していた。
しかし、強い違和感を抱くのは、それらの専門家やコメンテーター、アナウンサーなどが、宗教への深い帰依やマインドコントロールを、まるで他人ごとのように語っていることだ。
ツイッターでもつぶやいたのだが、たとえば皆さん自身を含めて、皆さんの身のまわりには、みごとに洗脳やマインドコントロールをされ続けている人たちが無数にいるはずだ。
例えば、日本の経済成長が止まり、デフレがまったく解消せず、少子高齢化が避けられないこの経済状況なのに、いまだに1980年代以前のライフスタイルを続けている人たち。
つまり、結婚して核家族を持ち、住宅ローンを組んで持ち家を買うのは当然と思っている人たちのことだ。
サラリーマンになったらゴルフを覚えて人脈作りにはげみ、夜遅くまで同僚の顔色をうかがいながら付き合い残業をし、空気を読めない人間は出世コースからはじき出され、などなど。
そうした、日本の高度経済成長期にしか合理性をもたないライフスタイルを、両親によって「洗脳」され、いまだに合理的だと信じ込んでいる人たちは、日本に無数に存在する。
そうした人たちは、デフレや少子高齢化という状況下で合理性のないライフスタイルを信じ続けているという点で、いまだに麻原に帰依しつづけている高橋容疑者と、本質的な違いはない。
両者の共通点は、自分が自分である理由、アイデンティティーを失うのを恐れていることだ。
いくら社会の状況が変化していても、自分や自分の両親、親族、会社の同僚、親しい仲間たちが「正しい」と信じていることから、なかなか抜け出せない。それを疑ってしまうと、自分の所属する集団から排除され「仲間はずれ」にされるからだ。
多くの会社員は、自分の勤めている会社という集団に「帰依」することで、自分のアイデンティティーを得ている。
よく言われることだが、定年退職した後も、地域社会で「専務」や「部長」といった、会社での肩書きをふりかざす人たちは、「サラリーマン社会」という集団に完全にマインドコントロールされた、哀れな人たちである。
もちろん高橋容疑者はテロ集団の実行犯なので、ふつうの会社員といっしょにすることはできない。しかし、自分のアイデンティティー喪失を恐れて、特定の集団に「帰依」している点で、ふつうの会社員も大差ない。
日本社会におけるマインドコントロールの図式は、自立した個人が巧妙な洗脳手法でマインドコントロールというより、もともと特定の集団に帰属しないと生き延びられないのが日本社会である、というだけのことだ。
そうした特定の集団へ深く帰属している状態は「ムラ」と呼ばれている。
「原子力ムラ」も、原発は何が起こっても安全だという「教え」を「布教」し、一人でも多く「洗脳」し「帰依」させる「宗教団体」と言えなくもない。
いまだに終身雇用モデルで運営されている日本企業も、その「社風」を社員に「布教」し「帰依」させることで、欧米諸国と比べると非人間的な労働環境に、疑問を持たせないようにする「宗教団体」と言えなくもない。
そんな日本社会で、そもそも「洗脳」や「マインドコントロール」されていない人間は、むしろ少数派である。
この点を正しく理解しないと、いい大学に入り、いい会社に入り、幸福な家庭をもち、持ち家を構えてうんぬんといった、きわめて特殊な価値観と生活スタイルから、いったん落ちこぼれると、誰もがかんたんにカルト教団に「洗脳」されるだろう。
これは、「正常」なライフスタイルから、カルト教団の信者という「異常」なライフスタイルに転落した、ということにはならない。
サラリーマン人生というある種の「カルト」から、別の種類の「カルト」に単に移行した、というだけのことだ。
自分は「正常」で、彼らは「異常」だと考えている人たちほど、じっさいには自分が「正常」と思いこんでいる価値観にみごとに「洗脳」されているだけなのだ。