月別アーカイブ: 2011年6月

「古い」フェミニストとセックスワーカー

一昨日、ニコニコ生放送で興味深い番組を放送していた。
『ニコ生ノンフィクション論「風俗街が消えた!?」』~沖縄で一つの街が「消えた」/浄化運動という名の暴力とは?―藤井誠二、要友紀子、松沢呉一
先日、この「愛と苦悩の日記」で、『藤波心さんを理想化するトホホな大人たち』(2011/06/19)という記事を書いた。
その中で、もしもアグネス・チャンが「脱原発のジャンヌ・ダルク」藤波心さんと、アグネスは児童ポルノすれすれのDVDに出演している藤波心さんと、脱原発で共闘できるだろうか、という思考実験をしたばかりで、タイミングがよかった。
ここ数年、フェミニズムのことを全く考えずに生活していたが、最近のフェミニストは、とくにセックスワーカー(風俗産業で働いている女性)について、世代間で意見が割れているらしい。
僕は高校時代にボーヴォワールの『第二の性』を読んでから、大学時代にかけてフェミニズムに入れ込んでいた。でもあるとき限界を感じて、フェミニズムの思想や運動に参加することをやめた。
その理由は、一人の男性として、自分のセクシャリティがあまりに凡庸すぎて、フェミニストとは共闘できないと思ったからだ。
わかりやすく言えば、一方でアダルトビデオを見てマスターベーションしつつ、もう一方でフェミニズムなんて、偽善もはなはだしい、ということだ。

ただし性差別主義を開き直るようになったわけではなく、フェミニズムの問題意識は今でも適切だと考えるし、性的マイノリティーにも理解があるつもりだ。
一昨日のニコ生の上述の放送には、要友紀子という30代の東京大学の研究員でフェミニズム運動家が出演し、セックスワーカーが労働者として連帯できないか、ということについて、関西弁でしゃべっていた。
もともとは、日本各地の地方自治体が、街の風紀を正すために、最近つぎつぎと風俗街をつぶしている、というところから議論は始まっている。
その背後にあるのは、もちろん住民たちの声だが、それらの声を支えているのが、キリスト教系の矯風会の流れをくむ「古い」フェミニズム団体で、アグネス・チャンもその一人ということになる。
「古い」フェミニストたちの性愛についての考え方は、次のようなものだろう。
・風俗産業は「性の商品化」であり、なくすべきものだ。
・風俗産業は卑しい職業だ。
・セックスは本当に愛し合っている者どうしがするものだ。
・婚外交渉も許されない。
・風俗産業で働く女性たちは、かわいそうな被害者だ。
・両性の平等が実現すれば、風俗産業はなくなる。  …などなど
しかし「新しい」フェミニストたちの、セックスワーカーについての考え方は、こうした誰もが想像するような、典型的なフェミニストの考え方とかなり違うようだ。
「新しい」フェミニストたちは、むしろ、セックスワーカーの労働者としての安全の確保や生活環境の改善のために、風俗産業の合法化を求めている。そのお手本になっているのは、ヨーロッパでは実際に売春が合法化される方向にあることだ。
なぜ売春を禁止し、風俗街を一斉摘発で破壊することで、かえってセックスワーカーが危険にさらされるのか。それは次のような理屈になる。
・今まで日本で主な業態だった店舗型の風俗業では、仮にセックスワーカーが客に危害を加えられそうになっても、店員にすぐ助けを求められる点で安全だった。
・今は破壊された京都のとある風俗街は、昔から伝統芸能とつながりがあり、それによってそこで働くセックスワーカーの生活水準や安全が保たれていた。
・しかし、地元住民の反対運動による、風俗街の一斉摘発により、店舗型の営業が困難になり、無店舗型のいわゆるデリバリー・ヘルスがここ数年急増した。
・セックスワーカーは比較的安全だった店舗内の労働から、お客の自宅やホテルなど、何かあっても助けを求められない場所での労働が中心になった。
・また、一斉摘発による風俗産業への非難が、「セックスワーカーが犯罪にあっても自業自得だ」という意見を強化する方向に働いた。
・その結果、風俗産業はアングラ化し、セックスワーカーはより危険な環境に置かれることになった。
このあたりの展開は、サラ金の総量規制とよく似ている。
サラ金は悪だ!ということで総量規制すると、債務者はヤミ金に走り、世間からは「どうせギャンブルにつぎこんだんだろう」など、自業自得と非難され、過酷な取立てにあっても泣き寝入りするしかなくなる。
風俗産業は悪だ!ということで一斉摘発して風俗街をなくすと、セックスワーカーはより危険な条件で働かざるを得なくなり、世間からは自業自得と非難され、お客による犯罪被害にあっても泣き寝入りするしかなくなる。
さらに、「古い」フェミニストたちは、売る側だけではなく、買う側も処罰する法律を成立させようと活動を続けているらしい。
こうなると状況はさらに悪化する。
セックスワーカーの側も、お客の側も、風俗で犯罪被害に巻きこまれたとしても、届け出た瞬間に売買春で逆に逮捕されることになるため、ともに泣き寝入りするしかなくなる。すると、風俗産業全体がアングラ化する。
たぶん「古い」フェミニストは、そうやって社会の表面から風俗産業のような、「非道徳的」な産業が消えてなくなれば満足だろう。
しかしこれでは、セックスワーカーという一部の労働者を切り捨てることで、残りの社会の「健全性」を救っただけになる。
もっと言えば、セックスワーカーというマイノリティーを社会から排除することで、自分たちの生活する社会を救ったということになる。
これは果たしてフェミニズムの本義にかなう社会運動だろうか。
まぁ、日本という国では、風俗の問題にしても、児童ポルノの問題にしても、「古い」フェミニズムの意見が世間の支持を得やすいという事実は否めない。いかがわしいもの、不健全なものは、すべて違法にして、一斉に摘発し、社会から駆逐してしまえばよい、という意見だ。
かく言う僕も、職業に貴賎なしと思いつつ、自分は遊戯機器メーカーや消費者金融で働くのはイヤだし、公営ギャンブルやパチンコに入り浸る人間に、ろくな人間はいない、なんてことも思ったりする。
たぶんこれも、サンデル教授のおかげで一躍有名になった「正義論」の文脈で議論すべき問題なのかもしれない。
リバタリアンの立場からすれば、売春の合法化なんて当然のことで、そうすることでセックスワーカーが労働組合を作り、身の安全ばかりか、労働環境の改善も要求できる、という論の展開になる。
他方、コミュニタリアンの立場からすると、風俗街の問題はどうなるのだろう。
自分の身内が、給料がいいからと言って風俗産業に就職することがイヤだという理由で、少なくとも自分のコミュニティから風俗産業を排除することを正当化できるだろうか。
また、売春を合法化している欧州諸国と、女性に公衆の場で髪の毛を見せることを禁じるイスラム教国は、どちらがより「正義」にかなった社会なのだろう。
考えれば考えるほど、分からなくなってくる。うむむ。

脱原発論者はエアコンで涼んではいけないのか?

まだ、脱原発か、節電か、二つに一つだ、と勘違いしている人がいるようなので、改めて書いておく。
(1)節電が必要なのはピーク時間帯だけ
まず、節電が必要なのは、電力需要のピーク時間帯、夏の場合は午後1時から、やや広めにとっても午後4時までだ。
この時間帯だけ、電力会社の最大供給能力に達しないように節電すればよい。これ以外の、夜から翌朝までの時間帯は、体調をくずしてまで節電する必要性は全くない。
また、家庭における電力消費は、空調、照明器具、冷蔵庫、テレビの順だ。
体調をくずさないよう節電するには、空調の温度を1度上げること、照明をできるだけ使わないこと(たとえば天井照明を消して卓上ライトだけにするなど)、冷蔵庫の設定温度を1度単位で管理すること、テレビを見ないこと、などで対応できる。
エアコンを切ってまで、24時間節電する必要があると勘違いしている人は、電力会社とマスコミの節電キャンペーンに、見事にだまされている。
ピーク時の節電にまったく効果のないサマータイムを導入しているおバカな企業も、電力会社が主要メンバーになっている経団連の利益を代表しているだけだ。
(サマータイムで始業を1~2時間早めても、全社員が定時退社するわけではないので、ピーク時間帯である午後4時前後の節電には貢献しない)
「脱原発を主張するなら、体調をくずしてでも節電しろ!」というのは、根拠のない精神論だ。
(2)原発をすべて止めても放射性廃棄物は残る
次に、脱原発とはどういうことか、冷静に考える必要がある。
脱原発するためには、運転中の原発や、定期点検で止まっているだけでいつでも運転再開できる原発を、いかに安全に廃炉にするかが、まず問題になる。
しかし、福島第一原発の使用済み核燃料が、実は「使用済み」と言いつつ永続的に安定冷却する必要があるのと同様、原発を廃炉にするには、まず炉心から取り出した核燃料を、少なくとも数十年間、安定して冷却しつづける必要がある。
それから、原発の施設を解体した後の、高線量の放射性廃棄物を、どうやって処理するのかを考える必要がある。
原発に反対だろうが賛成だろうが、すでに原発を数十基も運転している以上、放射性廃棄物を、数十年、数百年、半減期の長い核種によっては数万年単位で、どう処分・保管するかという問題からは逃れられない。
今すぐ、すべての原発の運転をとめても、放射性廃棄物の問題は残るのだ。
まして、原発の運転を続ければ、日本はウラン燃料を海外から輸入しつづけ、国内に放射性廃棄物を増やしつづけることになる。
原発は「トイレのないマンション」であり、処分に極めて高いコストがかかる放射性廃棄物を出しつづける設備であることを、いい加減、理解した方がいい。
そのコストを正しく電力料金に反映させるのも、ひとつの方法だ。電力料金ははね上がるだろうが、それによって初めて、単なる「精神論」ではない節電努力が、企業や家庭で始まることになる。
(3)法制度の改革がない限り代替エネルギーは非現実的
3つめの論点として、脱原発を進めるために、原発にかわる発電方法を大規模に展開するとなると、どうしても現状の電力会社が、発電・送電ともに地域独占している状態を変える必要がある。
太陽光や風力など、再生可能エネルギーによる発電設備を導入しても、地域独占状態の電力会社が、放射性廃棄物の処理コストを原価にふくめない値段で売っている電気より、値段が高くなるのは当然だ。
そのため、政府が、再生可能エネルギーで作った電力を、電力会社に強制的に買い取らせるなどの法整備が、ひきつづき必要になる。
また、現状の電力会社が送電事業まで地域独占している限り、再生可能エネルギーによって作った電力を、どうやって送電するか、という問題が残る。
再生可能エネルギーを発電する会社ができたとしても、それを各家庭にとどけるには、現時点では既存の電力会社の送電網を借りるしかない。
既存の電力会社は株式会社なので、損してまで送電網を貸し出すはずがない。送電網の能力を増強するための投資コストを、それら再生可能エネルギーを発電する会社にも負担させるために、相応の送電網利用料を課すはずだ。
それでも再生可能エネルギーを事業として成立させるには、過渡的に補助金を出すなど、法制度の整備が必要になる。
以上のように、原発を使いつづけるにせよ、脱原発を目指すにせよ、市民一人ひとりが「がまんして節電すれば何とかなる」という、精神論で片付く問題ではない。
冷静に考えれば、この夏はピーク時間帯だけ節電努力をすれば乗りきれるのであり、脱原発論者がエアコンのついた部屋で涼んでいるからといって、非難されるいわれはない。
また、冷静に考えれば、原発容認派だろうと、脱原発推進派だろうと、この夏、電力消費のピーク以外の時間帯にエアコンのついた部屋で涼んでいようと、扇風機でガマンしていようと、放射性廃棄物の問題からは逃れられない。
原発を容認すれば、国内の放射性廃棄物は増え続ける。脱原発を主張しても、既存の放射性廃棄物の処理問題は残る。
原発については、何かというと、AかBかの二者択一に、問題を単純化したがる人や、30年前の生活に戻ろうなどと言い出す精神論者が、分かったようなことを言いたがるが、本当に「冷静に」「合理的に」問題に対処するのはどういうことか、もう少しよく考えてみるべきだろう。

藤波心さんを理想化するトホホな大人たち

昨晩、Twitter(ツイッター)で僕がつぶやいた、藤波心さんについてのツイートが原因で、彼女の支持者たちと面倒なやりとりに巻きこまれた。
そのなかで藤波心さんの支持者たちが、意外にもひどくナイーブで、おめでたい人たちであることがわかった。それを検証するために、次のような問いを立てて、以下、論じてみたい。
問い:「藤波心さんとアグネス・チャンは脱原発で共闘できるか?」
まずTwitter上での藤波心さんと僕のやりとりの経緯をまとめておく。
最初に僕はJ-WAVEに出演した彼女の潔い話っぷりに心を打たれ、以下のようにつぶやいた。藤波心さんあてに@をつけてつぶやいたわけではない。
「反原発運動のジャンヌ・ダルク」、藤波心さん。只今J-WAVEに出演中。原発問題を熱く語ってます。彼女のDVDは今後も児童ポルノ扱いにならないのでしょうか。中学生のきわどい半裸に興奮する男がいなければ、今の彼女はなかったわけで…。
2011/06/14 21:23
これに対してある方から、藤波心さんは「児童ポルノ」と呼べるようなきわどい仕事はしていないですよ、というご指摘を頂いたので、ネットを検索して下のような図をお送りした。(職場でご覧の方はご注意を)
DVD『となりのココロ 下巻』ジャケット写真
ちなみに、このDVDの発売日は東日本大震災のちょうど1か月前の2011/02/11、藤波心さんは14歳である。
ご存知のように、近年日本では児童ポルノの単純所持まで処罰しようという議論があるため、藤波心さんの出演作品も、アマゾンや楽天のような大手サイトは自主規制をしており、入手できないものが多い。
参考までに藤波心さん出演のDVDのジャケット画像、および、グラビア画像をいくつか貼り付けておく。(職場でご覧の方はご注意を)
DVD『コドモココロ オトナココロ コドモココロ編』(2009/02/03発売 当時12歳・小6)
DVD『コドモココロ オトナココロ オトナココロ編』(2009/02/03発売 当時12歳・小6)
DVD『ここまにょ 第1巻』(2009/07/10 当時12歳・中1)
DVD『ここまにょ 第2巻』(2009/10/09 当時12歳・中1)
DVD『ここまにょ 第3巻』(2010/01/08 当時13歳・中1)
DVD『小悪魔 COCORO』(2010/09/10 当時13歳・中2)
DVD『コスって!!COCORO』(2010/12/31 当時14歳・中2)
藤波心さんグラビア画像1
藤波心さんグラビア画像2
藤波心さんグラビア画像3
以上、藤波心さん出演のDVD情報はこちらのウェブページを参考にさせて頂いた
さて、藤波心さんが日本では児童ポルノ自主規制スレスレの、いわゆる「ジュニアアイドル」もののDVDに出演していることを知った上で、僕は次のようにつぶやいた。これも藤波心さんに対して@をつけたツイートではない。
ちなみに「脱原発のジャンヌ・ダルク」藤波心さん、先程のJ-WAVE出演の最後に「芸能界の底辺のB級アイドルとしてもがんばります」とサラッと語ってました。小学生でマイクロビキニ姿を撮られるのを、仕事として受け入れるのは容易ではないでしょうね。
2011/06/14 22:27
僕がこのツイートをした2日後、なんと当の藤波心さんが、どこからか知らないが僕のこのツイートをみつけて、リツイートをして下さったのだ。そのリツイートは以下のとおり。
マイクロシーベルトは受け入れられないですけどね。(笑) グラビアは好きです。@todkm 先程のJ-WAVE出演の最後に「芸能界の底辺のB級アイドルとしてもがんばります」とサラッと語ってました。マイクロビキニ姿を撮られるのを、仕事として受け入れるのは容易ではないでしょうね。
2011/06/16
ちなみに、僕は現状の日本における児童ポルノの法的規制には反対だ。
その理由は、そもそも児童ポルノの規制は被写体である児童の人権保護が目的であるにもかかわらず、日本における法規制が児童ポルノの流通や単純所持を規制するという、まったく見当違いの方に向かっているからだ。
このようなことを書くと、「藤波心さんの出演するDVDが児童ポルノにあたるかのように書くことこそ、彼女に対する冒とくだ」と非難されるかもしれない。
ただ、日本のいわゆる児ポ法はご承知のように、性器や性行為の描写がなくても、出演者が18歳未満であり、「性欲を興奮させ又は刺激する」ものであれば規制の対象とする。
その上、東京都では、実在の児童でなくても、マンガやアニメなどの架空の児童をも法規制の対象にしようとしている。
実際の同法の運営はきわめて恣意的におこなわれているので、藤波心さんのDVDの販売が同法に抵触するのか、はっきりしたことは分からない。
ただ、アマゾンや楽天など、メジャーなサイトが、特に小学生時代の藤波心さんが出演したDVDの販売を自粛していることは、れっきとした事実である。
また、上にあげたようなDVDジャケットの写真をご覧になって、これらのDVDを4,000円で購入する人が、性的な刺激を得るためではなく、純粋に藤波心さんが子供らしく、かわいいから買うのだ、と思う方は、どうぞ合理的な反論をして頂きたい。
性的な刺激を得るためでないなら、なぜ藤波心さんがビキニ姿で脚を広げる必要があるのか。わざわざお尻にくい込むほど小さなマイクロビキニを着る必要があるのか。少なくとも僕は、合理的に説明できない。
要するに、藤波心さんが出演するDVDを購入する人の多くが、若干の性欲の興奮や刺激を求めて買っているのは、厳然たる事実である。
そして重要なのは、藤波心さん自身、それを分かった上で、9歳のころからこうした「ジュニアアイドル」の仕事を続けているということだ。
藤波心さんは、悪い大人にだまされているわけではない。自分の出演しているDVDが、購入した男性の自慰行為に使われることを知らないまま、マイクロビキニを着ているわけではない。
そういった背景を自覚した上で「ジュニアアイドル」の仕事をしているのだということを、まずおさえておこう。
なので、僕が藤波心さんから上述のツイートを頂いたときには、マイクロビキニとマイクロシーベルトをひっかけて、自虐をよそおいつつ脱原発の政治的主張をする彼女の聡明さに関心したのだ。
ところが、である。
その後、上述の藤波心さんのツイートについて、完全に間違った理解をする大人が続出したのである。最初に僕あてにとどいたのが以下のツイートだ。
(やっぱ再掲)しょーもない突っ込みを、格上げツイートできる彼女に脱帽。 QT @fujinamicocoro: マイクロシーベルトは受け入れられないですけどね。@todkm マイクロビキニ姿を撮られるのを、仕事として受け入れるのは容易ではないでしょうね。
2011/06/18
僕が「マイクロビキニ姿を撮られるのを、仕事として受け入れるのは容易ではないでしょうね」と書いたのは、藤波心さんが、自分の意志で「ジュニアアイドル」の仕事を選んだとはいえ、もしかしたら内心の葛藤があったのでは、という意味だ。
決して、「脱原発みたいな偉そうなことを言ってるくせに、マイクロビキニなんか着てるんじゃねぇ~よ」、という意味で書いたのではない。それは僕のツイートの文脈を読めば誰でもわかる。
そのちょっと読めばわかることを、「まるこ @maruco2271」さんは勝手に誤解して僕を非難したのだ。僕としては迷惑千万である。
おまけにこの「まるこ @maruco2271」さんの誤解を真にうけて、さらにリツイート(転送)する人がたくさん出てくる始末。
なかでも最も理解に苦しむのは「Tatsuhiko Fuyusawa @fuyusawa」さんの以下のご意見である。
15歳の少女に向かってマイクロビキニ云々は、セクハラの要件を満たします。30代にもなって、そんなことにも思い至らないのですか。 RT @todkm: J-WAVEに出演した藤波心さんの、潔い言葉に心を打たれ、その感想をつぶやいただけなのに、
2011/06/18
藤波心さんが自分の意志で選んだ「ジュニアアイドル」の仕事で、自分の意志で着ているマイクロビキニについて、内心の葛藤があったんじゃないかと、僕がツイートしたことが、どう解釈すれば、藤波心さんに対する「セクハラ」になるのだろうか。
たぶんこの「Tatsuhiko Fuyusawa @fuyusawa」さんは、藤波心さんが過去にどのようなDVDや写真集を出しているか、まったく知らずに彼女の脱原発の主張に共感しているのではないか。
「脱原発のジャンヌ・ダルク」という藤波心さんの呼称は、まわりの大人が勝手に彼女を理想化して名付けたものだろうだが、この「Tatsuhiko Fuyusawa @fuyusawa」さんは、そうした藤波心さんを理想化する大人たちの動きに、ナイーブに同調してしまったらしい。
そして「藤波心さんに対してマイクロビキニなどと下品なことを言うのは失礼だ!セクハラだ!」と、僕に対して怒ったのである。
しかも僕が藤波心さんあてに@マークをつけて「マイクロビキニ」とつぶやいたのではなく、藤波心さんが、僕のツイートをどこからか見つけ出して、ウィットにとんだ返答をしたにもかかわらず。
他にも僕が「マイクロビキニ」という言葉を、藤波心さんについて使ったことを、「セクハラ」だと非難するツイートを頂いた。それがどれほど見当違いであるか、たぶん彼らには分かっていないだろう。
よく考えてみてほしい。
藤波心さんは、彼女がJ-WAVEの番組で自ら語ったように、「芸能界の底辺にいるB級アイドル」という自分の立ち位置を自覚している。
その上で、ブログで脱原発の意見を表明することが、どれだけ世間の誤解を招くおそれがあるか、どれだけ世間から非難をあびるおそれがあるか、分かった上で発言している。
藤波心さん自身は、自分の矛盾を理解した上であえて行動しているのに、彼女の脱原発の主張に賛同する大人たちが、彼女のかかえる深刻な矛盾を理解せず、彼女の理想化にナイーブに同調しているという、この皮肉…。
ここで、あくまで仮定の話として、アグネス・チャンに登場してもらおう。アグネス・チャンは、ことこういった問題についてはナイーブさの象徴だからだ。
おそらくアグネス・チャンは、子供の未来を危うくする原発を稼動しつづけることに反対のはずだ。同時に、アグネス・チャンは子どもの人権を侵害する児童ポルノに強く反対している。
さて、そんなアグネス・チャンは、藤波心さんのような「ジュニアアイドル」が、脱原発の意見をはっきり述べているのに対して、なんと答えるだろうか。
これがアグネス・チャンではなく石原慎太郎都知事なら、かんたんに想像できる。「君ね、子供のくせしてポルノまがいの作品に出て、脱原発なんて分かったような口をきくんじゃないよ」と、こんな感じのことを言うに違いない。
ところで、石原慎太郎の対極にある、バリバリ新左翼の高橋源一郎が、藤波心さんの脱原発の主張に感銘をうけるのは当然である。ちなみに高橋源一郎は、僕の高校の大先輩ということもあり、日本の小説家の中で僕がいちばん尊敬する人物だ。
そして高橋源一郎は、藤波心さんが児童ポルノの自主規制すれすれで、現に大手サイトが販売を自主規制したDVDや写真集に出演している事実を知っているはずだ。
児ポ法について、高橋源一郎の意見を直接目にしたことはないが、きっと言論の自由の立場から法規制に反対しているに違いない。
さて、アグネス・チャンはナイーブであるとはいえ聡明なので、藤波心さんが自らの意志で「ジュニアアイドル」の仕事を選択し、自らの意志でマイクロビキニを着ている、そんな一人の人間としての意志は尊重したいだろう。
ただ、それによって結果的に児童ポルノの流通に加担していることについては、アグネス・チャンと藤波心さんは対立せざるを得ないだろう。しかし、アグネス・チャンには藤波心さんから職業選択の自由を奪うことはできない。
ぜひお二人が原発問題について対談するところを見たいものだ。
最後に、僕の立場をあらためて明確にしておく。
僕は児童ポルノの現行の法律による規制には反対であり、単純所持の禁止などもってのほかだと考える。ゾーニングがあれば十分だ。そうすることで、藤波心さんのように、自ら選んで「ジュニアアイドル」の仕事をしている人たちから、就業の機会を奪うことも避けられる。
また、藤波心さん自身は、自分が「芸能界の底辺にいるB級アイドル」であり、DVDや写真集できわどいポーズをとる「ジュニアアイドル」であるという立場に自覚的だと、僕は考える。
もっと言えば、自分のDVDや写真集が「ジュニアアイドル」愛好者の自慰行為のネタになっている現実を分かった上で、この仕事を選んでいると僕は考える。そんなことさえ自覚できないほど、藤波心さんは頭の悪い人ではないし、おめでたい人でもないし、ナイーブな人でもないと僕は考える。
他方、その藤波心さんを「脱原発のジャンヌ・ダルク」と持ち上げ、理想化している大人はおめでたい人であり、ナイーブな人である。
藤波心さんは、僕のつかった「マイクロビキニ」という単語に「マイクロシーベルト」という単語をひっかけたツイートをし、僕もそのウィットを楽しんだ。
にもかかわらず、勝手に「聡明な少女と下品な男」という対立図式に仕立て上げる大人は、おめでたい人である。
彼女について「マイクロビキニ」のような、さほど下品でもない言葉をつかったことに、「セクハラだ!」とつっかかってくる大人は、藤波心さんを必要以上に理想化している。
とても複雑な世界を生きている藤波心さんに対して、ナイーブな反応しかできないおめでたい大人が、これほど熱心に僕に非難の言葉を投げかけてくるとは、正直、予想していなかった。
藤波心さんを支持している大人は、もっと「大人の事情」を分かっている大人だとばかり思っていた。
現実には彼女を支持する大人が、無意識のうちに彼女を理想化しているのだとすると、藤波心さんをとりまく状況は、彼女自身が感じているほど楽観視できないかもしれない。
それを確かめるためにも、藤波心さんには、アグネス・チャンや、脱原発かつ児童ポルノ単純所持禁止派の橋下徹大阪府知事あたりとの対談を、ぜひやって頂きたいものだ。
そうすればナイーブな大人の目が覚めるかもしれない。

「クラウド」に踊らされる人々

う~ん。最近のIT業界の「クラウド」というバズワードはどうにかならないものか。はっきり言って「クラウド」なんて、革新的でも何でもない技術で、ITのことを分かっていない人間ほど騒いでいるだけにしか見えない。
まず「クラウド」の先祖はASP(Application Service Provider)だ。
今まで各企業が自前で、社内ネットワークにグループウェアなどのアプリケーション・サーバを構築していたものを、システム構築業者がデータセンタに構築したアプリケーション・サーバを契約して使うというもの。
それによって、今までオフィス内でしか使えなかったアプリケーションが、出張先などの社外からでも使えるようになる。
社内で構築すると初期投資が償却資産扱いになるが、ASPなら必要な人数分だけ毎月または毎年などの費用処理になる。この点がコストダウンになったり、企業税務的に有利になることもある。
ただ、システム構築業者のアプリケーション・サーバは、ネットワーク的には部外者も使えてしまうので、ただユーザIDとパスワードによるセキュリティだけでは情報漏えいの可能性がある。
なので、通信経路をSSLで暗号化するのは当然のこととして、ワンタイムパスワードや、接続元の端末が特定できるクライアント証明書などを併用して、セキュリティを高める必要がある。
このASPが、そのうちSaaS(Software As A Service)と呼ばれるようになったが、実態は何一つ変わっていない。
このSaaSという言葉が出てきたところで、IaaS(Infrastructure As A Service)だのPaaS(Platform As A Service)だの、便乗商法がたくさん出てくる。
名前は変わってもやっていることは同じで、今まで各企業が自前で社内ネットワークに構築していたインフラ(情報基盤)やプラットフォーム(データベースや開発環境などのミドルウェア部分)を、システム構築業者がデータセンタに構築したサーバを契約して使うというものだ。
「クラウド」という言葉は、おそらくSaaSやIaaSやPaaSなどと、サービスの中身ごとに言い換えるのが面倒なので、それらを全部ひっくるめて呼びたいがために、誰かが勝手に作った言葉ではないか。
いずれにせよ、本質的にはASPとやっていることは同じで、それがアプリケーション層にとどまるか、ミドルウェア層なのか、インフラ層なのか、社内構築していたシステムの垂直構造のうち、どの層を外部業者のデータセンタに委託するか、それだけの違いだ。
たったそれだけの違いの「クラウド」を、あたかも2011年になって突如登場した革新的な技術であるかのように、わいわい大騒ぎするのは、「私はIT音痴です」と大声で叫んでいるに等しい。
「クラウド」なんていう言葉が大騒ぎされる前に、すでに「クラウド」にあたるシステムを利用している企業なんて、世の中に腐るほどある。
IT業界というのは、「ERP」などの三文字言語にしても、昔からこの手の売らんがための無意味な言葉(バズワード)で、ITに無知な人間をかどわかすことで成り立っている商売みたいなところがある。
いい加減、バズワードに踊らされるのはやめてほしいものだ。とくにマスコミの方々には。

原発は事故を起こさなくても被ばく者を生み出しつづける

先日の記事でもふれたが、堀江邦夫『原発労働記』(講談社文庫)を読んだ。

原発の下請け・孫請け労働者については、大学時代に左寄りだった先輩などから聞いたことはあったが、実は当時、清潔な中央制御室のイスにすわっている電力会社の社員しかイメージできていなかった。
なので、今回、本書を読むまで、原子炉の近くで働くのだから、一般人より被ばく量が多いのは仕方ないだろう、くらいの認識しかなかった。
本書を読んで、まずいちばん驚いたのは、原子力発電所内の設備が、保守点検の効率性をまったく考えずに設計・建設されていることだった。
とくに敦賀原発の部分では、定期保守に必要な電源が常設されておらず、定期保守のたびに、まず孫請け労働者が高放射線区域に入って、作業用電源を引き込む作業から始めなければいけないことを初めて知って驚いた。
著者の言うように、これでは保守点検のたびに、ムダに被ばくする作業者をわざわざ増やしているようなものではないか。
原発のこうした設計思想も、まさに「トイレのないマンション」式に、人間の安全より運転コストを優先させる思想のあらわれだとわかる。
また、保守作業について、設備に問題はなくても、作業者が効率的かつ安全に作業するための、ささいな費用が徹底して削減されている。
放射性物質の吸引を防ぐため、ひんぱんに取りかえる必要がある防具が十分でなかったり、肝心の点検作業より、その準備作業に時間がかかるなど、コスト削減の結果、自動的に現場作業者の被ばく量が増える結果になっている。
次に驚いたのは、作業者の被ばく量の計測や、放射線に汚染された工具などの持ち出しが、日常的にごまかされていること。
すべては親会社である電力会社に知られないように、下請け・孫請けの段階でもみ消されている。もし電力会社に知られてしまえば、下請け・孫請け会社が原発関連の仕事を失うことになるからだ。
現に本書の筆者は保守作業中に肋骨を骨折し、明らかな労働災害だが、入院費用や休職期間の給与を全額補償するという条件で、労災申請しないことをのまされる。
同様の方法で隠蔽されている労働災害は他にも無数にあるとのことで、各原発の無事故・無災害記録は、どれもでっち上げであることが暴露されている。
他にも、驚いたことはたくさんあるのだが、とにかくこの「愛と苦悩の日記」の読者の皆さんには、ぜひ本書をご一読いただきたい。
そして、各電力会社が、本書が書かれて30年以上たっている今は、こんなひどい労働環境ではないと反論したいのであれば、定期点検中の原発にカメラを入れて、孫請けレベルの労働者が、2011年の今、どういう作業をしているのか、すべて公開すべきだろう。
個人的には、劇的に改善されていることはないだろうと予想している。というのは、本書に登場する福島第一原子力発電所にしても、美浜や敦賀にしても、原発の設備そのものが、30年前のままだからだ。
本書が書かれた後に建設された原発が、定期点検の作業効率を考慮して設計されているのかも知りたい。もしそうでなければ、本書が書かれ、出版されたことが、まったく活かされていないことになる。
僕らの、ある意味、安穏とした生活が、こうした大企業の下請け・孫請けの非正規雇用労働者に支えられていることは、原発に限ったことではない。こういった条件の悪い働き口も、ある人たちにとっては、生活するために必要な仕事だろう。
ただ、原発労働者については、放射線の被ばくがすぐに症状として出てこないために、そして、被ばくや事故の根強い隠ぺい体質があるために、それらが原発の運転コストとして認識されていない点が重大な問題だ。
原発は事故を起こさず、正常に運転されていても、定常的に下請け・孫請け労働者という被ばく者を年々生み出している。
しかもその被ばく量や、健康被害は、親会社である電力会社から見限られないように、下請け・孫請けレベルで隠ぺいされ、電力会社は隠ぺいされている事実さえ、知らずに原発を推進できる。
原発問題を考えるとき、こうしたことを忘れるべきではない。