月別アーカイブ: 2010年4月

Microsoft Project Web Access 2007, Inefficient PM Tool

Our company upgraded Microsoft Project 2002 to 2007 last July. When we start using Project Web Access 2007, we got annoyed with so many trivial troubles and spent unignorable time to call Microsoft support. These days there still remain trivial troubles.
Last Monday some users told me that ‘My Task’ page suddenly became blank and showed no list of tasks. Other users including me had no problem at all.
And I found out why these things happened. Based on the specifications of PWA 2007, when users click on ‘My Task’ menu, PWA 2007 shows the page with URL http://servername/sitename/tasks.aspx.
However, ‘My Task’ page of the users who got trouble this time shows the personal view, i.e. http://servername/sitename/tasks.aspx?PageView=Personal even though Internet Explorer 6 shows the URL ‘tasks.aspx’ without any GET parameters on the top.
And other users who got no trouble ‘My Task’ page shows the shared view, i.e. http://servername/sitename/tasks.aspx?PageView=Shared even though IE6 shows the URL without any GET parameters.
So I did the following things.
(1) Signed in PWA as PWA 2007 administrator
(2) Opened ‘My Task’ page
(3) Change ‘My Task’ page into ‘edit’ mode
(4) Delete the existing ‘My Task’ Web Part
(5) Add ‘My Task’ Web Part again without granting users to change personal configurations of ‘My Task’ page
(6) Save ‘My Task’ page
As a result, the users whose ‘My Task’ page suddenly became blank finally shows the task list.
However, we’ve got another trouble. The users who had no trouble on ‘My Task’ page start seeing two task lists on ‘My Task’ page. One is the shared ‘My Task’ web part and the other is the personal ‘My Task’ web part.
So I have to ask such users to edit their personal configuration of ‘My Task’ page and to delete the personal version of ‘My Task’ web part.
Now everything is OK. But why did ‘My Task’ page suddenly get into trouble on last Monday although we didn’t change any configuration of Project Web Access?
In addition, I’ve found ‘My Task’ web part actually has three versions on PWA 2007; personal web part, shared web part and noboy-knows-what-it-is web part.
The situation is like this. I sign in PWA 2007 as PWA administrator, change the configuration of http://servername/sitename/tasks.aspx?PageView=Shared, for example change the number of rows per page from 50 to 300 and save it.
Then I sign in PWA 2007 as a normal user. When I manually input the URL http://servername/sitename/tasks.aspx?PageView=Personal on IE6, PWA 2007 shows the personal configuration of ‘My Task’ web part.
And when I manually input the URL http://servername/sitename/tasks.aspx?PageView=Shared on IE6, PWA 2007 shows the shared configuration of ‘My Task’ web part, for example 300 rows per page.
And when I manually input the URL http://servername/sitename/tasks.aspx on IE6, PWA 2007 shows the nobody-knows-what-it-is configuration of ‘My Task’ web part, for exmaple 50 rows per page. This configuration is supposed to be the former shared configuration of ‘My Task’ web part.
Thus our company has three different configurations of ‘My Task’ page depending on the parameter given to Tasks.aspx. By the way, when users click on ‘My Task’ menu, PWA 2007 shows the URL without parameter, i.e. http://servername/sitename/tasks.aspx, i.e. the nobody-knows-what-it-is configuration of ‘My Task’ web part.
Some readers might tell me not to complain about PWA 2007 here but to visit MS Project online discussion forum or to ask Microsoft support. But to tell the truth, I’ve already completely fed up with the mess of PWA 2007 and with wasting my time in collecting various screen shots and logs that Microsoft support demands from me.
Microsoft Project Web Access 2007 is supposed to be a tool streamlining project management. But in effect I regret to say it is a tool making project management inefficient. I hope PWA 2010 will clean up all the mess.

alan中国語2ndアルバム『蘭色』成都でのミニライブ動画

今日(2010/04/29)、中国四川省の成都でalanさんが中国語2ndアルバム『蘭色』のプロモーション・ミニライブを行い、それがネットで生中継されていた。(なお『蘭色』は日本のHMVオンラインで購入できる。左のジャケット写真をクリック!)

誰かがそれをGetASFStreamで録画し、Windows Live Movie Makerで編集してWMVファイルに変換し、中国の動画サイト「優酷網」とYouTubeにアップロードしたらしい。
その誰かさんは、一応エイベックスに気をつかって、ミニライブの途中、日本での1stコンサートのDVDが大画面で流れる部分はカットしたらしい。
alanのマイク音量が小さく、かつ、ネイティブ・スピードなので、僕は彼女が何を話しているのか、残念ながら聴きとれない。中国語の分かる方や、雰囲気だけでも見てみたい方はどうぞ。
阿兰 新专辑《兰色》成都发布会-1 2010/04/29
阿兰 新专辑《兰色》成都发布会-2 2010/04/29
阿兰 新专辑《兰色》成都发布会-3 2010/04/29
阿兰 新专辑《兰色》成都发布会-4 2010/04/29
阿兰 新专辑《兰色》成都发布会-5 2010/04/29
阿兰 新专辑《兰色》成都发布会-6 2010/04/29
阿兰 新专辑《兰色》成都发布会-7 2010/04/29

alan 『my life』中国語詞の日本語試訳

alanの中国語2ndアルバム『蘭色』より6曲目の『my life』の中国語詞を日本語訳してみました。この中国語詞は、alanが父親に対する気持ちを込めたものだと、インタビューで語っています。間違いがあればご指摘ください。

(なお『蘭色』は日本のHMVオンラインで購入できる。右のジャケット写真をクリック!)
my life
歌:alan
作曲:菊池一仁
中国語詞:黄祖蔭
惊叹中Ending 没有不散场电影
jīngtàn zhōng Ending
méiyǒu bù sànchǎng diànyǐng
驚きの中のエンディング
終わらない映画はない
那就让精彩 回放脑海里
nà jiù ràng jīngcǎi
huífàng nǎohǎili
ならばそのあざやかな場面を
心によみがえらせよう
枝头茂密 有一天也会凋零
zhītóu màomì
yǒuyìtiān yě huì diāolíng
生いしげるこずえも
いつかは枯れ落ちる
当落叶归根 有新芽嫩绿
dāng luòyè guīgēn
yǒu xīnyá nènlǜ
枯れ葉が根に帰ると
浅緑色の新芽が萌える
Life… My Life… For You
其实如果可以 我愿说服我自己
qíshí rúguǒ kěyǐ
wǒ yuàn shuōfú wǒ zìjǐ
じつはできることなら
自分を信じさせたい
在这个世界上 真的有永远事情
zài zhège shìjiè shàng
zhēnde yǒu yǒngyuǎn shìqíng
この世界には
本当は永遠があると
只是很可惜 天真一辈子只会有一次
zhǐshì hěn kěxī
tiānzhēn yībèizi zhǐ huì yǒu yīcì
ただ惜しいのは
この世に本当に一生は一度しかないこと
曾相信~却伤心
céng xiāngxìn què shāngxīn
むかしは信じてた でも今は悲しい
我最记得父亲 高高将我举起
wǒ zuì jìde fùqin
gāogāo jiāng wǒ jǔqǐ
いちばん覚えているのは
私を高い高いしてくれる父
是他粗糙双手 让我细腻
shì tā cūcāo shuāngshǒu
ràng wǒ xìnì
そのごつごつした両手が
私を繊細にしてくれた
童年时光 到我有天也老了
tóngnián shíguāng
dào wǒ yǒutiān yě lǎole
也不会忘记Woo~
yě bùhuì wàngjì
幼いころのこと
いつか年老いても 忘れはしない
谁在牙牙学语 别忘了我声音
shuí zài yáyá xuéyǔ
bié wàngle wǒ shēngyīn
言葉を覚え始めたころの
私の声を忘れないで
Voice… Of Me
我会陪着你到老 捧着你微笑
wǒ huì péizhe nǐ dào lǎo
pěngzhe nǐ wēixiào
あなたが老いるまで
そばにいて微笑んであげる
心就是依靠 爱并不深奥
xīn jiùshì yīkào
ài bìngbù shēnào
心こそが頼れるもの
愛は決して難しくはない
记得我拥抱 记得~我的好
jìde wǒ yōngbào
jìde ~ wǒde hǎo
私が抱きしめてあげたことを
私の優しさを忘れないで
自顾自的坚定 别忘了我真心
zìgù zìde jiāndìng
bié wàng le wǒ zhēnxīn
自分のことは自分でやると決めた
私の本心を忘れないで
Life… My Life. My Life.
我会陪着你到老 你的爱都要
wǒ huì péizhe nǐ dào lǎo
nǐde ài dōu yào
あなたが老いるまで
そばにいてあげる
あなたの愛はすべて必要
心就是依靠 爱并不深奥
xīn jiùshì yīkào
ài bìngbù shēnào
心こそが頼れるもの
愛は決して難しくはない
我没收你的煎熬…
wǒ mòshōu nǐ de jiānáo
あなたに苦しめられたことなどなかった…
用笑把泪擦掉 你和我做得到
yòng xiào bǎ lèi cādiào
nǐ hé wǒ zuò dédào
笑顔で涙をぬぐうことも
あなたとならできる
再见说都说不完 我们就微笑
zàijiàn shuō dōu shuōbùwán
wǒmen jiù wēixiào
さよならの名残りは尽きなくて
私たち微笑んでしまう
你付出的爱 比钻石闪耀
nǐ fùchū de ài
bǐ zuànshí shǎnyào
あなたが与えた愛は
ダイヤモンドより輝いている
记得你怀抱 记得~你的好…你的好…
jìde nǐ huáibào
jìde nǐde hǎo
あなたが抱きしめてくれたことを
あなたの優しさを忘れない…
あなたの優しさを…
※同アルバム『我的月光』の中国語詞の日本語訳については「じんじん」さんの下記ブログ記事参照。
「我的月光」歌詞対訳

鬼束ちひろ『ONE OF PILLARS』レビュー(2):意外に素朴なアイデンティティー宣言

鬼束ちひろのベストアルバム『ONE OF PILLAERS』(2010/04/28発売)のレビューの続き。もう少し物質的な面について。

歌詞カードが豪華28ページのブックレットになっているが、2009/10/28発売の5thアルバム『DOROTHY』と同様、扉の言葉がある。
ブックレットの見開き右ページには、コンサート「NINE DIRTS AND SNOW WHITE FLICKERS」で、最後にピースサインをしながら舞台を去っていく、コンサートマスターの富樫春生氏と、鬼束ちひろの後ろ姿の写真。
その下に「DREAD/VIOLIN/AND/LITTLE PRETTY STUDS」という英語。(スラッシュは改行)
「dread」という単語は「恐ろしい」という形容詞にしかならないが、鬼束ちひろは写真の富樫春生氏のドレッドヘアーを指したつもりだろう。そして「VIOLIN」は同じ写真の右端に見切れているバイオリン。
ということは、残る「LITTLE PRETTY STUDS(小さくて可愛らしい鋲)」は、後ろ姿で写っている鬼束ちひろの衣装のベルトに打ち込まれた無数の銀色の鋲を指している。
つまり、この扉の言葉は写真をそのまま説明しているだけで、特に深い意味はない。
ただし人間を表すのにドレッドヘアーやベルトの鋲など、一部分で人全体を表現する修辞法は広義の換喩で、鬼束ちひろはたぶん意図的に使っている。
ただ、より重要なのは、この言葉がメタメッセージを伝えているということだ。
それは、「扉の言葉そのものに深い意味はなく、単に上の写真を即物的に説明しているだけですよ」というメタメッセージだ。
そのメタメッセージを無意識のうちに理解してページをめくると、同じく「NINE DIRTS AND SNOW WHITE FLICKERS」で、アンコール前に白いドレスをまとっていた鬼束ちひろの立ち姿の写真がある。
そしてその写真の下には「I AM NOT A PRINCESS/BECAUSE/I AM QUEEN」とある。
鬼束ちひろファンなら3rdアルバム『SUGAR HIGH』の1曲目『NOT YOUR GOD』の歌詞と、4thアルバムの『A Horse and A Queen』という曲を思い出すかもしれない。まず『NOT YOUR GOD』の歌詞。
I’m not your God
I’m not twinkle princess
I’m not your angel
Don’t confuse me
英語として正しくは「I’m not a twinkling princess」だが、この曲の歌詞で最後まで、神でも王妃でも天使でもないなら、一体「私」は何なのか、答えはない。
それに対して今回の『ONE OF PILLARS』では、鬼束ちひろ自身の写真の下に、「私は女王」とはっきり書かれている。しかも定冠詞も不定冠詞もなしで。
『A Horse and A Queen』という曲名の「A Queen」は、彼女がシンガー・ソングライターになる直接の霊感を与えたアーティスト、Jewelを指すとされる。
ただ、不定冠詞が付いているので、Jewelも鬼束ちひろにとって霊感の源泉となるアーティストのうちの一人に過ぎないことを表している。
つまり「I AM QUEEN」という言葉は、鬼束ちひろが、かつては自分の霊感の源泉となる様々なアーティストを指していた「queen」という言葉が、いまや自分自身を指していることの宣言になっている。
「私は私」というアイデンティティーの宣言。「私は私を愛せないまま」(『MAGICAL WORLD』の歌詞より)生きてきた「私」による、「私は私」という自己同一性の宣言。
そこで僕らは、今さらのようにこのアルバムが、初めて鬼束ちひろ本人が関与したベストアルバムだということを思い出す。
そして「I AM QUEEN」というアイデンティティー宣言が、そんなベストアルバム『ONE OF PILLARS』の扉の言葉として、これ以上ないくらいふさわしいことに気付く。
やられたよ、ちーちゃん。
このアルバムの全体が「私」、鬼束ちひろである。そう宣言する言葉で28ページのブックレットは始まっている。
そしてブックレットの末尾は「HISTORY OF CHIHIRO ONITSUKA」と題され、6ページにわたって、1980年10月30日に宮崎県で生まれたところから、5thアルバム『DOROTHY』発売まで、図版入りの年表になっている。
鬼束ちひろというアーティストが、ややナイーブなのではないかと思えるほどストレートに、自分のアイデンティティーを表現することに、違和感を抱く人もいるかもしれない。
ただ、おそらくこれが、5thアルバム『DOROTHY』の扉の言葉に書かれていた「より明るいシナリオ」の一つの側面なのだ。
※過去の関連記事
「鬼束ちひろベストアルバム『ONE OF PILLARS』不可解な発売」
「鬼束ちひろ『ONE OF PILLARS』の選曲にこめられたメッセージ」
「鬼束ちひろ『ONE OF PILLARS』レビュー(1):「惑星の森」が与える洗礼名は関係性」
※なお、鬼束ちひろについてツイッターでつぶやくときのハッシュタグは #onitsuka に決まりました。

鬼束ちひろ『ONE OF PILLARS』レビュー(1):「惑星の森」が与える洗礼名は関係性

鬼束ちひろのベストアルバム『ONE OF PILLARS』(2010/04/28発売)を近所のSOUND 1stでフラゲ(=フライングでゲット)した。豪華28ページ歌詞カード付き。

過去にも鬼束ちひろのベストアルバムは発売されているが、いずれも本人は関与していないので、この『ONE OF PILLARS』は本人が制作に関与した初めてのベストアルバムだ。
一曲目の『月光』から通して聴いてみると、不思議と「ああ、鬼束ちひろはこういうベストが作りたかったんだ」と納得させられる流れになっている。
ほぼ発売順に並んでいる曲と、シングルの発売順を見比べると、落とされたのは以下の6曲。
1stシングル『シャイン』
3rdシングル『Cage』
8thシングル『Beautiful Fighter』
9thシングル『いい日旅立ち、西へ』
11thシングル『育つ雑草』
13thシングル『僕等 バラ色の日々』
逆に追加されたアルバム曲は『King Of Solitude』と『Rainman (LAS VEGAS version)』。これに新曲『惑星の森』が追加されて、全14曲(75分47秒)となっている。
『僕等 バラ色の日々』は、CDの収録時間の制限からカットせざるを得なかったのではないか。それくらい、この『ONE OF PILLARS』で落とされたシングル曲が落とされた理由は明白で、このアルバムを通して聴くと妙に納得させられるのだ。
例えば、『シャイン』を歌うには、鬼束ちひろはもう大人になりすぎている。
『Cage』は、『Castle・Imitation』を典型とする、もう鬼束ちひろが歌えないシュール過ぎる歌詞の曲の一つ。「シュール過ぎる」というのを言い換えると、作詞家としての作為や構成意図のない、ただ天から降りてくるがままに書きなぐった「自動書記」的な歌詞ということになる。
『Beautiful Fighter』は、気まぐれに、実験的に書いたロック。『いい日旅立ち、西へ』は、タイアップで歌わされたカバー曲に過ぎない。『育つ雑草』は重要な曲だが、もう鬼束ちひろが二度と戻らなくてよいマイルストーンだ。
逆に、追加された2曲のうち、『King Of Solitude』は、クリスマスの寒い夜だからこそ、人と人とのつながりの温もりが伝わる曲。『Rainman』も、短く言えば「こんな私に何故あなたはそんなに優しいの?」と、他者の愛を素直に受け入れられないもどかしさが伝わる曲。
そして唯一の新曲『惑星の森』は、パイプオルガン風の打ち込みサウンドに始まり、西川進の控え目だが印象的なギター・サウンドを駆使した、坂本昌之の繊細なアレンジによる、とてもとても優しいバラードだ。
このベストアルバムの中で『X』だけがハードなオルタナティブで、曲調が全く異質だが、西川進のギター・サウンドの流れを追うと、『X』に『惑星の森』が続いているのが不思議と自然に聞こえる。
ちなみに『惑星の森』から、これも滑らかに始まる『帰り路をなくして』は、アルバム『DOROTHY』のストリングスの前奏があるバージョンではなく、ギターのアルペジオでいきなり始まるシングル・バージョンである。
アルバム全体を通して聴くと、唯一の新曲『惑星の森』は決して主張の強い曲ではない。むしろ全体の流れの中で、ふと気づくとそこにいた、とでも言いたいほど、優しく美しい佳曲だ。
その結果、このベストアルバムは、新曲の『惑星の森』だけダウンロードしておけばいい、と言うだけでは簡単に片付けられない作品になっている。
この『惑星の森』一曲が加わることで、他のすべての曲が『月光』から『陽炎』にいたるまで、大きな一つの新しい物語として語り直されているからだ。
つまり、すべての曲は、それ自身、単独で存在しているのではない。
収録アルバムの曲順だったり、各曲が発売された当時の聴衆だったり、作詞・作曲した当時の鬼束ちひろ自身だったり、さまざまなものとのつながりにおいて存在している。
これが正しいとすれば、この『ONE OF PILLARS』というベストアルバムには、鬼束ちひろ自身が、過去に自分が書いた曲たちに、もう一度、全く新しいつながりの中で、新しい生命を与えたいという意思がある。
一つひとつの存在は、他の存在とのつながりにおいて、初めて新たに意味や生命を与えられる可能性が生まれる。やや抽象的だが、それこそが『ONE OF PILLARS』というこのベストアルバムに与えられた洗礼名の意味ではないだろうか。
※つづきの記事
「鬼束ちひろ『ONE OF PILLARS』レビュー(2):意外に素朴なアイデンティティー宣言」
※過去の関連記事
「鬼束ちひろベストアルバム『ONE OF PILLARS』不可解な発売」
「鬼束ちひろ『ONE OF PILLARS』の選曲にこめられたメッセージ」
※なお、鬼束ちひろについてツイッターでつぶやくときのハッシュタグは #onitsuka に決まりました。