月別アーカイブ: 2009年10月

鬼束ちひろ『DOROTHY』レビュー(2)アレンジの劇的な変化

(鬼束ちひろ『DOROTHY』レビュー1回目からつづく)
2009/10/28発売、鬼束ちひろのニューアルバム『DOROTHY』レビュー2回目。

今回は、作曲と編曲について。
う~ん、それにしても最後の「VENUS」は何度聴いても泣きそうになる。
デビューアルバムの『Insomnia』から『DOROTHY』までを聴いていて、気になるのは8分の6拍子の曲の存在。
まず1st『Insomina』と2nd『This Armor』には一曲もない。『Sugar High』の6曲目「漂流の羽根」でようやく登場(8曲目「King Of Solitude」はたぶん4分の3拍子)。『LAS VEGAS』では「everyhome」だけが8分の6拍子。
『DOROTHY』では、1曲目「A WHITE WHALE IN MY QUIET DREAM」、7曲目「帰り路をなくして」、11曲目「VENUS」と、アルバムの最初、中、最後の要所に登場する。
特にいかにも鬼束ちひろらしい、スケールの大きなバラード2曲が8分の6拍子で作られている点が新鮮。
編曲については、『SUGAR HIGH』までの羽毛田丈史、『LAS VEGAS』の小林武史との大きな違いは、一つはボーカルの処理。
『DOROTHY』のギターの際立ったノイジーさは、編曲者の坂本昌之というより、西川進のなせる技。
坂本昌之の、羽毛田丈史や小林武史との大きな違いは、鬼束ちひろの声に、思い切ったエフェクトをかけることをためらわなかった点だと思うのだ。
「X」や「STEAL THIS HEART」にひどい違和感を抱いた昔からの鬼束ファンは、彼女の声にエフェクトをかけられてしまった点に、無意識のうちに拒絶反応を示したのではないか。
「陽炎」の大サビ(Dメロ)の、リバーブではなくエコーの大胆さ、「X」のイントロのざらつきや、間奏でやはりエコーがかかりまくった彼女のファルセットのオーバーダブ、「STEAL THIS HEART」のエレクトロ声、「帰り路をなくして」では「X」と同様、間奏部分のエコー、「ラストメロディー」の最後のフェイクの強烈なエコー、「VENUS」も同様。
正直、アルバムを通して聴くと、とくにエコーはくどい感じがするが、ピアノと生声だけで聞かせるという、典型的な鬼束ちひろ的世界からの脱出が明確だ。
そして、坂本昌之アレンジの、過去の鬼束作品との最大の違いは、そのピアノの後退だ。
シングルを聴いてみると、実に1st「シャイン」から7th「Sign」まで、全曲、イントロはアコースティックピアノで始まる。8th「Beautiful Fighter」でようやくエレキギターになる。
羽毛田氏のピアノが、いかに鬼束ちひろサウンドを決定づけていたか、悪く言えば、束縛していたかがよく分かる。
小林武史プロデュースの『LAS VEGAS』でさえ、「bad trip」「僕等 バラ色の日々」「MAGICAL WORLD」「Angelina」「everyhome」と、イントロが小林武史のピアノで始まる曲が5曲もある。
そして『DOROTHY』は、驚くべきことにアコースティックピアノのイントロで始まるのは、「Losing a distance」の1曲のみ。
だが、声にエフェクトがかかろうが、イントロがギターで始まろうが、鬼束ちひろの詞と曲は今までどおりの存在感を保っている。
坂本昌之プロデュースによる『DOROTHY』は、そういう意味で確かに鬼束ちひろにとって重要なターニングポイントになっている。
(つづく)
※この鬼束ちひろのアルバム『DOROTHY』のレビューは、以下のように全6回の連載になっています。ぜひ通してお読みください。
「鬼束ちひろ『DOROTHY』レビュー(1)その形而上学的構想について」
「鬼束ちひろ『DOROTHY』レビュー(2)アレンジの劇的な変化」
「鬼束ちひろ『DOROTHY』レビュー(3)クレジットを熟読する」
「鬼束ちひろ『DOROTHY』レビュー(4)物語分析・前半」
「鬼束ちひろ『DOROTHY』レビュー(5)物語分析・後半」
「鬼束ちひろ『DOROTHY』レビュー(6)全体構成のまとめ」
※なお、鬼束ちひろについてツイッターでつぶやくときのハッシュタグは #onitsuka に決まりました。

キンドルは日本で絶対売れないが、iPodは売れた理由

キンドルのような電子書籍端末が、日本では絶対に売れない理由を、前回はぐだぐだと書き連ねた。
今回は、キンドルが絶対に売れない日本で、なぜiPodのような携帯音楽プレーヤーが売れたのか、その理由を考えてみる。
まずは、下らない理由から。昔のLP盤がCDの大きさになることで、すでにレコードの「モノ」としての価値が小さくなっていたこと。
「音さえ聞ければいい」というニーズが、すでに十分に大きくなっていたことだ。
そして、より重要な理由は、音楽配信で実質的な値下げになっていることがある。
CDはシングルでも普通1,000円するが、音楽配信で1曲単位で購入すれば200円ほどで済む。アルバムも、音楽配信で購入すれば、CDを買うよりも約3割は安くあがる。
「キンドル」のような電子書籍端末をヒットさせるポイントがあるとすれば、この点だけだ。
たとえば電子書籍が、紙の書籍の半額になったら、新書・文庫を「キンドル」のような機器で読もうという消費者が出てくるかもしれない。
ただ、それでも機器の物理的な大きさで、ケータイとの競争に敗れるだろう。
書籍を読むには、どうしても一定の大きさの画面が必要だが、音楽を聴くにはケータイより小さい画面で十分だ。
じっさい、携帯音楽プレーヤーは、フルカラー液晶をもつ機種もあるが、動画配信端末としては失敗している。曲名などを表示する、最小限の画面があれば十分。
なので、ケータイに加えて携帯音楽プレーヤーを持ち歩くことを、面倒がる人はほとんどいない。
じゃあ、ケータイ自体を音楽配信端末として使えばいいのに、なぜケータイの音楽配信サービスは、「着うたフル」どまりで中途半端なのか?
音楽配信で、ケータイが圧倒的に不利な理由は、大量の音楽ファイルの管理に不向きだからだ。
1年で100冊の本を読む人は少ないが、1年で100曲の音楽を聴く人は普通にいる。
音楽ファイルは、1アルバム1ファイルではなく、1曲1ファイルなので、どうしてもファイル数が膨大になる。
すると、大量の音楽ファイルを整理する道具が必要になり、iTunesのようなパソコンで動くソフトウェアと、携帯音楽プレーヤーを組み合わせて使うことになる。
そして、iPodなどの携帯音楽プレーヤーは、パソコンが誰でも使えるふつうの機械になってから登場したので、成功した。
パソコンを買うお金のない消費者層は、ケータイの着うたフルや、CDレンタルで音楽を聴き、経済力がつけば、自然と携帯プレーヤーとパソコンの組合せへ移行していく。
また、書籍は書籍そのものが売れなくなっているが、音楽はそうではないという根本的な市場規模の違いもある。
当り前のことを書き連ねてきたが、要するに「キンドル」のような電子書籍端末は、日本でマーケティングするだけ販促費のムダなので、やめた方がいいということだ。
米アマゾンの米国人社員は、日本のケータイがいかに若年層の生活に浸透しているか、また、社会人がいかに単行本を読まないか(漫画ばっかり読んでいるか)といった、文化的背景の違いを軽視し過ぎているに違いない。
日本では「キンドル」なんて、絶対に売れません。

キンドルが日本で絶対売れない理由

キンドルというアマゾンが開発した電子書籍を読む携帯機器は、日本では絶対に売れない。
『電子書籍「キンドル」上陸の衝撃』
日経ビジネスオンラインの上記の記事によれば、米アマゾンは、電子書籍を読む携帯機器「キンドル」快進撃のおかげで、大幅な増収増益を記録したらしい。
米アップル社のiPodが日本の音楽業界を激変させたのと同様、「キンドル」が上陸すれば日本の出版業界を激変させるかも…
…という主旨の記事だが、絶対ならない。保証してもいい。
「キンドル」は、ブラックベリーのようなPDA型携帯電話と同じく、日本では絶対にヒットしない。
Amazon Kindle will never sell in Japan, just as Blackberry doesn’t sell well.
「キンドル」が売れない理由も、ブラックベリーがヒットしない理由も同じ。日本には独自の「ケータイ文化」があるからだ。
The reason why Kindle will never sell in Japan is the same as why Blackberry doesn’t sell. There is a unique “Keitai Culture (mobile phone culture)” in Japan.
「キンドル」やブラックベリーに食いつく日本人がいるとしたら、ケータイ文化の根深さに鈍感な「米国かぶれ」だけだ。
If there are any Japanese who are going to get Kindle, such Japanese are mere a kind of Americophilia who are not sensitive their own cultural background.
日本の出版物を、雑誌、新書・文庫、漫画、その他全ての単行本に、大きく分けてみよう。
Let’s categorize published books into magazine, paperback (called ‘Shin-sho’ or ‘Bunko’ in Japanese), manga (Japanesse comics) and all the other hardcover.
雑誌のなかでも、上質紙に印刷された写真の美しさが必須のファッション誌のようなものは、「キンドル」では売れない。
Among manazines, such as mode managinzes in which beautiful photos printed on a high-quality paper are important will never sell with Kindle.
「キンドル」で売れるが文字中心の雑誌(論壇誌、文芸誌、大衆小説誌など)の読者層は、「キンドル」のような最先端のIT機器に手を出す層とは、おそらく一致しない。
Magazines without beautiful pictures, such as critique or novels magazines can be sold with Kindle. However, those who are interested in such old-fashioned serious magazines will never be interested in a new IT device like Kindle.
次に、新書・文庫だが、これは電子化する価値がある。しかし、これらが電子書籍として売れるとすれば、「キンドル」ではなくケータイだろう。
Paperbacks can be electronized and sold with Kindle. But in Japan, there is already a strong-sell device for this purpose, i.e. mobile phone.
新書・文庫の利点は、持ち歩きやすさだ。もし、新書や文庫の新刊が、ケータイで読めるようになったら、誰がケータイの他に、もう一台、「キンドル」のような、かさばるものを持ち歩くだろう。
The merit of paperbacks is their portability. If Japanese paperbacks can be read on mobile phone, who dear to bring an annoyingly big device like Kindle in addition to a mobile phone?
しかも「キンドル」のデザインは、味もそっけもなくて、全然カワイくない。ダサダサである。
And the design of Kindle is boring and not attractive at all. In Japanese we say Kindle is NOT ‘kawaii’.
電子手帳(PDA)もそうだが、通勤電車の中で「キンドル」なんか持っていたら、間違いなくオタク扱いだ。
If Japanese bring a Kindle in the train, people will surely regard him/her as an ‘Otaku’ and look down on him/her.
なので、「キンドル」は、新書・文庫の配信機器としても、まったく魅力的でなく、実用的でもない。ケータイで十分だ。
So Kindle is neither attractive nor practical in Japanese context of ‘Keitai Culture’ for reading paperbacks. Mobile phone is enough for Japanese.
最後に漫画だが、漫画しか読まない読者層も、経済水準的に、また、趣味嗜好的に、「キンドル」のようなIT機器を購入する層とは明らかに異なる。
Regarding the last category, manga, those who read only manga and never read novels have totally different background from those who are interested in a state-of-art IT device like Kindle.
また、ページ全体のコマ割りが、ストーリー展開と直結する漫画のようなビジュアル重視の書籍は、ファッション雑誌と同様、電子化に向かない。
In addition, the visual design of each page is really important for manga. But the LCD screen of Kindle isn’t suitable for representing an avantgarde page design of Japanese comics.
また、コアな漫画ファンは、コアな単行本ファンと同じように、本の装丁や、紙の質感、ページレイアウトなど、本の持っている装飾的な価値を重視する。中身だけ電子化しても、売れない。
And those who really love manga love not only the contents but also the cover design, the quality of paper and the whole layout of each pages, just like those who really love hardcover books. So if you encode only the contents of manga, it will never sell.
その他の書籍、例えば、百科事典、地図、電話帳、ガイドブックなど、純粋に情報提供のための出版物は、すでに電子化されており、ケータイから閲覧できるので、「キンドル」は不要だ。
The other kind of books, e.g. encyclopedia, maps, yellow pages and various guidebooks, i.e. information providing books are already turned into numberless websites. Japanese can already search such contents with “Keitai” (mobile phone).
これで、「キンドル」が新し物好きのおもちゃとしてしか売れないことは明らかだろう。
As written above, Amazon Kindle will sell only for neophilia in Japan.
というより「キンドル」に限らず、書籍を電子化し、専用端末へ配信するサービスは、少なくとも日本では、ケータイがある限り、大きなビジネスにはなりえない。
In Japan the electronic book itself will never be a big business as far as the context of Japanece “Keitai Culture” exists.
ただ、最後に付け加えるとすれば、いわゆる「ケータイ小説」はどうなんだ、という話がある。たしかに「ケータイ小説」は成功している。
電子書籍がケータイで読めるサービスは、ケータイが出始めたころから存在する。
しかし、配信されている書籍にろくなものがなく、かつ、すでに書籍化されているものの電子化なので、読者の需要を度外視した価格設定がされている。
それに対し「ケータイ小説」は、ケータイだけのために書かれ、読者層(大多数は若い女性)のニーズに合った内容だ。
後に書籍化される場合でも、最初にケータイで配信されるときは、おそらく筆者がプロであっても、流通コストがかからないため、配信価格を低くおさえられるのだろう。
それに、現実には「ケータイ小説」全般が成功しているのではなく、一部の「ケータイ小説」が成功しているだけだ。
別に、小説がケータイで読まれることが普通になったわけではない。相変わらず、小説は紙の書籍で読まれるのが普通だ。
一部の「ケータイ小説」の成功は、小説のネット配信時代の到来を告げるものでもはない。まして「キンドル」のような電子書籍端末の成功を予告するものでもない。
以上が、紙の書籍とケータイが存在する限り、「キンドル」のような電子書籍端末が、絶対に日本で成功しない理由だ。
(ところで、ブラックベリーなどのPDAが売れない理由は、iPhoneのように、PSPやDSと同じカテゴリのゲーム機として使えないからだ。日本では、遊びに使えないPDAは絶対に売れない)
では、「キンドル」のような電子書籍端末が、日本で絶対に成功しないと断言できるのに対して、なぜiPodは成功し、日本の音楽業界を激変させたのか?
それについては、回を改めて書くことにする。

谷垣自民総裁、民主党を「ナチス」呼ばわりする国際感覚の欠如

谷垣自民党総裁をはじめ、自民・公明が野党になり、国会で臆面もなく民主党批判を展開しているが、バカバカしい。
民主党はひとことで反論できるからだ。
「こんな日本にしたのは、あなたたちだろ。われわれは、その尻ぬぐいをしてるだけだ」と。
もちろん民主党はそんな身も蓋もないことは言わず、真摯に自民党や公明党の、自分たちの過去の失政を棚に上げた、下らない批判に答弁している。
鳩山党首の所信表明演説の際の、民主党員の拍手について、自民党の谷垣総裁は「まるでヒットラーユーゲントだ」と、信じがたい発言をした。
他国(ドイツ)の過去の悲劇を、与党批判のジョークに使うとは、谷垣禎一の品位のなさがよく分かる。
弟の鳩山邦夫氏も「北朝鮮には国会はないが、あるとしたらこんなんだろう」と、民主党を北朝鮮扱い。
谷垣総裁といい、鳩山邦夫といい、野に下がった自民党には、国民に選ばれた国会議員としての自覚のかけらもない。こんな党には、もう二度と与党を任せられないのではないか。

鬼束ちひろ、明日29歳の誕生日

今日、会社の帰り、近所の紀伊國屋書店で、今月号の雑誌『papyrus』の中島美嘉のインタビュー記事を立ち読みしていた。
すると、背後のCD/DVD売り場から、どこかで聴いた太鼓の音。
アイルランドのボーランという太鼓だけのシンプルな伴奏にのせて、声が歌う。
A big white whale in my quiet dream…
(私の静かな夢の中の大きな白い鯨…)
鬼束ちひろのニューアルバム『DOROTHY』の1曲目だ!
思わずCD売り場に入ると、レジにいちばん近い棚の、いちばん上に、店員さんの手書きのPOPつきで『DOROTHY』が。
やがて『陽炎』のイントロが流れてきた。
結局、立ち読みしながら4曲目『ストーリーテラー』まで聴き入ってしまった。
中島美嘉さん、『papyrus』買わなくてごめんなさい。
明日、2009/10/30は、鬼束ちひろ、29歳の誕生日。おめでとう。