月別アーカイブ: 2008年6月

『日経ビジネスオンライン』の行き過ぎた読者コメント選別

『日経ビジネスオンライン NBonline』のコメントは信用ならない。編集部による選別が厳しすぎるからだ。
僕のコメントの採用率はほぼゼロに近いのだが、『日経ビジネスオンライン NBonline』のコラムにコメントを書き込むときは、感情的な負荷のない中立的なな単語を使うようにし、話し言葉でしか使わないような単語は避け、結論を先に、その説明を後にという、論理的な展開に注意しつつ、規定の500字以内にまとめている。
また『日経ビジネスオンライン NBonline』のコラム筆者や読者を誹謗中傷するような内容も避け、コラム自身の論理的な矛盾や不整合、偏向を指摘するようにしている。
それでも僕のコメントの採用率がほぼゼロである理由は明白で、僕のコメントのほとんどが、コラムとは違う、もう一つの考え方を示唆するものだからだ。
編集部にとってこの種のコメントが不都合なのは当然だが、異なる意見の対立からさまざまな考え方の可能性を提示するのもまた、メディアの責任であるはず。
その意味で『日経ビジネスオンライン NBonline』の読者コメントに対する選別は、行き過ぎていると言わざるを得ない。

中国ドラマ『地下鉄の恋』字幕で中国語をマスター49


中国电视剧《地下铁》的字幕翻译。今天是第四十九次。
二十一集电视连续剧《地下铁》 第六集
新华:嗨 还等什么呀
おい、まだ何を待ってんだよ。
你现在直接打电话给他
いますぐあいつに電話して
问问不就行了
聞けばいいだろ。
晓晨:现在啊
いま?
新华:那你想等到什么时候啊
じゃあいつまで待つつもりなんだよ。

等到云翔结婚的时候
雲翔が結婚するまで待ってみろよ
拿喜帖一看 哎呀 新娘不是我
招待状を見たら、「あら!新婦は私じゃないの」
晓晨:快说 你是不是知道什么
早く言いなさい!あなた何か知ってるわね!
云翔是不是有女朋友了
雲翔にガールフレンドがいるのね!
你快说
早く言いなさい!
云翔出国是不是为了看他女朋友
雲翔が海外に行くのはガールフレンドに会うためじゃないの!
新华:我是比喻 比喻 比喻懂吗
例えばの話だよ。分かってんのかよ。
服务员:小姐请进
どうぞお入りください。
来 小心
さあ、お気をつけて。
晶晶:(偶然进入新华和晓晨吃饭的餐厅)谢谢
(偶然新華と晓晨が食事しているレストランに入る)どうもありがとう。
服务员:来这边
こちらへ。
新华:(手机响了)姜总
(携帯が鳴る)姜社長だ。
喂 姜总你好
もしもし、姜社長こんにちは。
姜总:新华 你在哪里 马上回来
新華、どこにいる?すぐ戻れ。
新华:有急事吗 姜总(晶晶在新华后面的座位上了)
急ぎの用がありまして、姜社長。(晶晶は新華の後ろの席に座る)
姜总:费话 黑夜骄阳的续集由你当主画师
fèihuà hēiyèjiāoyáng de xùjí yóu nǐ dāng zhǔhuàshī
話が長くなる。お前を『真夜中と真昼』シリーズの主担当にする。
你说急不急
急ぎの用事があるんだろ。
新华:那云翔他(在后面晶晶听到了)
じゃあ雲翔は...(後ろで晶晶が聞きつける)
好 好 好 我马上回来
分かりました。すぐ戻ります!
晓晨:云翔怎么了
雲翔がどうかしたの?
新华:他没出国
あいつ出発してないんだって。
晓晨:为什么
どうして?
新华:我也不知道啊 他俩可能又吵起来了
俺にも分からないさ。あの二人またケンカしたのかもな。
老姜头让我代替云翔的位置
lǎojiāngtóu ràng wǒ dàitì yúnxiáng de wèizhi
姜社長が俺に雲翔の代わりをしろって。
晓晨:老姜头他凭什么呀
lǎojiāngtóu tā píng shénme ya
姜社長何を当てにしてるのよ。
云翔肯定出了什么问题
雲翔きっと何か問題が起こったに違いないわ。
新华:要不你直接去问云翔吧(在后边晶晶一直偷偷地听)
雲翔に直接聞いたらどうなんだよ。(後ろで晶晶がずっとこっそり聞いている)
晓晨:唉 他要是肯告诉我就好了
ああ、彼が自分から言ってくれたらいいのに。
新华:怎么会不告诉你呢
言わないはずがないじゃないか。
你俩那关系 从小青梅竹马 两小无猜啊
nǐ liǎ nà guānxi cóngxiǎo qīngméizhúmǎ liǎngxiǎowúcāi a
お前たち二人の間だ。ガキの頃から幼なじみで無邪気な関係で
又给他买新手机 又睡他的床上
携帯も買ってやったし、あいつのベッドでも寝てるし。
晓晨:你说完了没有啊
いい加減にしてよ。

光市母子殺害事件報道に見る日本の後進性

もう一つ、インターネット放送の「ビデオニュース・ドットコム」で、光市母子殺害事件にからめて死刑についての放送回を観た。こちらは無料放送回なので、「愛と苦悩の日記」の読者はぜひご覧いただきたい。
「なぜ日本人は死刑が好きなのか」
この放送を見て、まさに目からウロコだった。

光市母子殺害事件は犯人の死刑が確定している。被害者の家族である本村洋氏の言動がメディアで大々的に取り上げられ、世論を煽動したことが、死刑の確定に貢献したことは間違いない。
ところが、犯人が幼いころから母親とともに、父親の凄惨な家庭内暴力を受けつづけ、精神鑑定にあるように精神的な発達が四、五歳で止まっているという事実がある。
『報道ステーション』などのマスメディアは、この精神鑑定が、差し戻し審の段階になってから、安田好弘を主任弁護人とする弁護団が、死刑を避けるためにでっち上げた荒唐無稽のつくり話であるかのように報道しつづけた。
おそらく「愛と苦悩の日記」の読者のほとんどもそう思い込んでいるだろう。

しかし現実は、この精神鑑定は複数の医師によって妥当性を確認されており、十分に「客観的」と言えるものである。にもかかわらず、安田弁護団がつくまでの裁判の過程で、なぜか一貫して無視されていた。
安田弁護団は、その無視されつづけていた材料を、正しく裁判の俎上に戻しただけなのに、現大阪府知事の橋本元弁護士が代表するように、世論は完全に感情的な反発しかしなかった。
さらに、犯人の母親は、夫の家庭内暴力に耐え切れず、ついに犯人が十二歳のときに首吊り自殺をしている。その第一発見者は、十二歳当時の犯人だった。
また犯人の身体には、父親から受け続けた暴力の外傷が、犯行時の十八歳一か月当時もまだ残っていることが医師の診断で確認されている。
マスメディアが本村洋氏の被害者として訴えを大々的に取り上げる一方で、犯人に関するこうした客観的な事実は一切報道されなかった。
その結果、見事にほとんどの日本人が、この精神年齢、四、五歳の犯人に死刑判決が下されなければ気がすまないような、大きな社会的復讐感情の渦をまきおこすことに成功したのだ。

精神発達が四、五歳で止まっている人間が、例の「ドラえもん」の件や「性交によって生き返る」などの犯人の証言をするのは、むしろ自然である。
しかし日本のあらゆるメディアは、それを罪を逃れるための荒唐無稽な猿芝居として、逆に容赦なく非難を浴びせた。そしてそれを補完したのが、本村氏を悲劇の主役として祭り上げる報道方針だった。
この事件を通じて言えることは、犯人の死刑を確定させることで、日本全体が感情的な満足を得た、というだけのことだった。
宮台真司は、被害者の家族は、犯人に対する刑罰を通じて、感情的な回復を得る権利があるが、当事者でない人間が、感情的な回復を得ることは許されず、感情の問題と法律の問題を厳密に分けるべきであると訴えている。
その分離ができて初めて成熟した市民社会と言えるのであり、その意味で、この光市母子殺害事件に見られるように、被害者への同情から、社会全体が感情的に噴き上がる日本社会は、未成熟な市民社会だと断じている。
だから、OECD諸国の中で、唯一、日本は死刑を執行し続けている。そしてこのまま裁判員制度が始まれば、この光市母子殺害事件と同じ「感情的な噴き上がり」が、裁判の公正性を歪める危険性が高いと、警鐘を鳴らしている。
少なくとも、マスメディアが犯人側についての上述のような客観的事実を、客観的事実として全く報道せず、それどころか、極刑を逃れるための見え透いた猿芝居としてしか報道しなかったその偏向ぶりは、異常だ。
結局、日本人の民度は、その程度のものでしかないということである。
経済的には先進国でも、日本人の民度は発展途上国並みであり、だからこそ先進諸国の中で、死刑が執行されている唯一の国なのだ。

秋葉原事件で宮台真司の絶望の深さ

インターネット放送の「ビデオニュース・ドットコム」で、秋葉原の通り魔殺人事件についての宮台真司、東浩紀、神保哲生の鼎談を見た。(正確に言うとGetASFStreamとうフリーウェアでwma形式でダウンロードして携帯音楽プレーヤーで電車の中で聴いた)
いつもながら宮台真司の論旨は明快だ。
「大きな政府」は原理的に永久に維持できないのは明らかなので、「小さな政府」を実現するネオリベ(新自由主義)思想が台頭し、世界各国が経済のグローバル化に巻き込まれ、「勝ち組」「負け組」がはっきり分かれるのは必然的な結果。
しかし他の先進諸国と異なり、日本は決定的な過ちを犯した。
一つは日本社会において、「負け組」に対するセーフティーネットとして唯一機能していた、地域共同体社会まで破壊してしまったこと。
欧州では労働組合を中心とするサンディカリズムの伝統が、米国ではNPOやキリスト教を基盤とする地域共同体が残存している。そのため、欧州では学生を巻き込んだ労働者の大規模なストライキが、「負け組」の異議申し立ての機会として機能し、米国ではNPOの形態をとった相互扶助組織があり、結果として「負け組」を社会の一部分として抱き込むことに成功している。
ただし欧州のサンディカリズムは移民を排除しており、米国のNPOやキリスト教を基盤とする地域共同体も同様の排除の構造を持つ点で、決して万能ではない。
もう一つの日本の失敗は、いまだに都会の大組織に勤めることが成功であり、地域に埋もれる生活を失敗とする教育を続けていること。
秋葉原の事件の容疑者を例にとれば、地方の中学を優秀な成績で卒業しながら、高校に進学したとたんに落ちこぼれになること自体、かなりありふれたことだ。
ところが、これを取り返しのつかない決定的な挫折と認識させてしまい、なおかつ、日雇い派遣しか生活するすべがない境遇に落ち込ませてしまう。
当然、それによって殺人が正当化されるわけでは決してない。しかしこの事件に「インターネットに依存した若者の心の闇」といった切り口しか見ないのでは、日本社会はまた根本的な問題解決の機会を逃してしまうことになる。
ただ、鼎談の中で宮台真司は、だからといって日本の地域社会を復活させればいいといった単純な解決法も存在しないことを認めている。また、大組織に就職することが唯一の幸福だという価値観を変えることの難しさも認めている。
日本の地域社会は、復活することが不可能なほど完全に破壊されている。そして大組織に就職することが唯一の幸福という価値観を変えるには、結局のところ、地域に埋もれてまったりと生活することもまた一つの選択肢であることを、教育の場で根気強く説いていくしかない。
宮台真司の絶望の深さに、少々驚かされた鼎談だった。

「QQ Live」で中国のテレビを見る


上海出身で日本語が流暢な男子大学生に、週一回、中国語を一対一で教えてもらっているのだが、中国語のテレビをストリーミングで観られる「QQLive(QQ直播)」というソフトウェアを教えてもらった。
早速、百度で「qqlive」をキーワードに検索してダウンロードし、Microsoft AppLocale Utilityを利用して文字化けを回避しつつインストールした。簡体字表記のインストーラーを日本語Windows上で、文字化けさせずに実行する方法は簡単。Microsoft AppLocale Utilityをインストール後、
C:WindowsAppPatchAppLoc.exe “実行形式ファイルのフルパス” “/L0804”
という具合に、簡体字の文字コード “/L0804” を2つめの引数としてAppLoc.exe経由でセットアップファイルを実行するだけだ。
ドラマ『粉紅女郎』の劉若英
インストールが終わったら、デスクトップに自動作成されるショートカットアイコンのプロパティを開き、こちらも全く同様にAppLoc.exe経由、”/L0804″という引数を渡して起動するように「リンク先(T)」欄を書き換えればよい。
この「QQ Live」が良いのは、テレビ放送だけでなく、中国語のバラエティー番組やドラマも観られる点だ。僕の好きな刘若英の歌『一辈子的孤单』が挿入歌になっているドラマ『粉红女郎』で、刘若英の演技を観ることができるし、小Sが司会の台湾のバラエティー番組『康熙来了』も最初からメニューに入っている。
ドラマ『新結婚時代』の劉若英
ただ、大学生の彼が言っていたのと違い、やはりストリーミングは途中で何度もバッファリング(缓冲)表示になって中断してしまう。残念ながらまともに観られる番組は少ないようだ。