月別アーカイブ: 2006年12月

Recordsetオブジェクトをソート可能な配列変数として使う

VBScriptで「自由にソートできる配列変数」が使えないかと調べていたら、ADODB.Recordsetオブジェクトがその目的に使えることがわかった。検索エンジンにひっかかるようにここに記しておく。
【参考ページ】
http://www.roubaixinteractive.com/PlayGround/FSO/Sort_Folder_Contents.asp
単純に「ソートできる文字列型の配列変数」の代わりになるものを作りたければ、ADODB.Recordsetオブジェクトを生成し、文字列型の列を1つ追加する。下記の例では最大半角200文字を格納できる「Field1」という名称の列を1つ追加している。もちろん複数の列を追加することもできるし、文字列型以外の型の列も追加できる。
新しい値を追加するにはRecordsetオブジェクトのAddNewメソッドを使い、データベースでいえば行を追加する感覚になる。最後にUpdateメソッドを呼び出すと変更が反映される。
ソートするにはRecordsetオブジェクトのSortメソッドに、SQL文の「ORDER BY」以降の記述をそのまま引数としてわたせばよい。下記の例では「Field1 DESC」となっており、Field1列の降順でソートされる。昇順なら「ASC」、複数列を指定するなら「Field1 DESC, Fields2 ASC」などとなる。
ソートした結果を取り出すのはデータベースの行操作とまったく同じで、MoveFirstメソッドを呼び出してから、繰り返し文でEOF(データの終わり)に突き当たるまでMoveNextを呼び出せばよい。
Dim oRs
Const adInteger = 3
Const adDate = 7
Const adVarChar = 200
Set oRs = CreateObject(“ADODB.Recordset”)
With oRs.Fields
.Append “Field1”, adVarChar, 200
End With
oRs.AddNew
oRs.Fields(“Field1”) = “AAAA”
oRs.AddNew
oRs.Fields(“Field1”) = “CCCC”
oRs.AddNew
oRs.Fields(“Field1”) = “BBBB”
oRs.Update
oRs.Sort = “Field1 ASC”
oRs.MoveFirst
Do Until oRs.EOF
‘ 何かの処理をする
oRs.MoveNext
Loop

TBSラジオ『アクセス』に宮台真司出演

昨晩2006/12/29 22:00からのTBSラジオ『アクセス』は29日は「M2のウラ紅白・テレビじゃ聞けないJ-POP批評2006」と題して、宮崎哲弥と宮台真司がJ-POP、映画、Web2.0などについてしゃべりまくっていた。
宮台真司はインターネット放送ビデオニュース・ドットコムよりも一段と毒舌がさえわたり、今年ヒットした邦画については「はっきり言って『クソ』ですよね」と切り捨て、「悲しみ」「絶望」を表現することに成功している映画でなければ評価しないと語っていた。
YouTubeについてはJASRACの姿勢を「バカですね」とバッサリ。そもそも著作権とは表現者の食いぶちのための権利であって、JASRACのような中間業者の既得権益を守るためのものではない。
YouTubeによって表現の場を得る表現者がいるのだから、YouTubeが著作権者にとって利益になる点を理解せず、やみくもにYouTubeに講義するJASRACは、自らの利権にしか関心のない「バカだ」というわけだ。
ただ、いちばん興味深かったのは番組の締めに宮台氏が語った来年の抱負で、「来年はフィールドワークからはなれて、理論構築の仕事にシフトしていきたい」とのことだった。いったいどんな著作が公刊されるのか、とても楽しみだ。

暴力型のいじめには被害届で対抗を

2006/12/27時事通信によれば、東京都千代田区の区立小学校で、教師に体罰を受けて2週間の打撲を負った生徒の保護者が、警視庁神田署に被害届を出したという。正しい流れだ。
(ただし、時事通信がわざわざ「女性教諭」というふうに、加害者の性別を特定している意図は理解できない)
加害者が生徒の場合でも客観的な身体的被害がある場合は、ただちに警察署に被害届を出して警察を介入させるべきだ。そうすれば、いくら小学生でも「いじめは損だ」ということぐらい分かってくるので、内藤朝雄氏のいう暴力型のいじめは確実に減るだろう。
残るは「コミュニケーション操作型」のいじめ、つまり「シカト」や言葉によるいじめだ。こちらの方については内藤朝雄氏は固定的なクラス分けの制度を廃止しない限り改善は難しいだろうと書いている。
いずれにせよ、学校であれ会社であれ、客観的な身体的被害を証明できるならきっちり被害届を出して暴力方のいじめは「警察沙汰」にすべきである。そうするしかいじめを減らす実効のある方法はない。

モチベーションは自分自身で調達せよ

サラリーマンが仕事をするための動機づけをどこから手に入れるかについて、数年前の僕は間違った考え方をもっていたかもしれない。サラリーマンが仕事をするための動機づけは、最終的には会社組織の外部から手に入れるしかないのだ。
いまサラリーマン社会では「コーチング」の流行ひとつとってみても、部下を動機づけするのも上司の仕事の一つだという考え方が「正しい」こととしてまかり通っている。
部下を動機づけるのが上司の仕事だとすれば、その上司を動機づけるのは上司の上司の仕事ということになり、最終的には会社組織のトップがすべての社員の動機づけの責任を負うことになる。
しかしこれはよく考えると、単なる組織への依存にすぎない。仕事をするのは会社組織に参加するための最低要件なのであって、会社組織に参加しておいて、つまり給料をもらっておいて、「やる気にさせてくれないのは会社のせいだ」などとほざくのは、単なる甘えであり、感情的な依存にすぎない。
したがって「コーチング」などといったことに会社が組織的に取り組むのは、少なくとも日本企業では、社員の会社に対する感情的な依存をさらに強化するといった悪循環を生み出すだけに終わる可能性が高い。
言い換えれば、会社組織がコーチングなどといったことを下手にやればやるほど、社員に「オレが(わたしが)やる気にならないのは会社のせいだ」という言いわけを垂れ流す余地をあたえることになる。
そういう言い訳が強くなれば、会社組織はますますコーチングのような動機づけへの取り組みを強化せざるを得なくなる。このような悪循環が起こる。
サラリーマンは特定の会社組織に自分の意志で参加し、報酬をうけているのだから、会社組織に参加するための最低要件、つまり「仕事をすること」についての動機づけは、組織の外部から自分で手に入れるのが当然だろう。
それは「家族のため」でもいいし「仕事自体が趣味的に好きだ」でもいい。動機づけの調達の方法は何でもいいのだが、とにかく自分自身で調達するのが、自立した市民としての会社組織への参加の仕方だ。
僕が今まで在籍した会社にも「自分がやる気になれないのは上司が悪い、会社が悪い」とほざく同僚が何人かいたし、もしかすると僕自身もその一人だったかもしれない。問題なのはどれだけ早くそのことに気づくかだ。

「治外法権」化した学校という「聖域」

今日のTBS『報道特集』は心的外傷に苦しむ少女のいじめ問題を取り上げていた。中国人の少女が小学生時代、暴力にまでエスカレートしたいじめに合い、6年たった今でも安定剤なしでは眠れないという。
最近、少女の両親が当時の加害児童の両親を相手どり、損害賠償請求(民事裁判)を起こしたが、加害児童側はいじめの事実そのものがなかったと争う構えだという。
番組の内容としては、両親の調査請求に対して教育委員会が小学校に実地に聴き取り調査し、いじめの事実を認め、両親に謝罪するという、珍しく誠実な態度だったと評価していた。
確かに、いじめの事実を隠蔽しつづけた事例に比べれば、まだましだと言えるのかもしれないが、『報道特集』のような本格的なジャーナリズム志向の番組としては、あまりに粗末な結論だ。
当時小学生の少女は体にあざができるほどの暴力をうけていたというのだから、どう考えても傷害事件として警察に通報するのが、ふつうの市民として学校関係者がとるべき当然の対応ではないだろうか。
たとえば町中で小学生の女の子が、集団で殴る蹴るの暴行を受けていたとしよう。そこにたまたま通りがかった普通の大人なら、あわてて注意してやめさせるか、その勇気がなければ、少なくとも警察を呼ぶかするのが当たり前の対応だろう。
『報道特集』が取り上げていた少女の場合でも、傷害事件であることは明らかだ。それにもかかわらず警察に通報しなかった学校側は、校長や教師である以前に、一市民としてやるべきことをやっていないだけのことではないか。
目の前で展開されている立派な刑事事件を、警察に通報することさえせず、見逃すような人間に、そもそも教師などつとまるはずがない。
つまり、これほどまでに「学校」という場は治外法権の「聖域」となってしまっているのだ。日本の学校はここまでわけのわからないことになっているのである。
一歩、校門をくぐれば、そこはもう市民社会の法律が適用されない治外法権であり、教師が生徒を殴ろうが、生徒が生徒を殴ろうが、生徒が教師を殴ろうが、殴り放題、器物損壊もやり放題。
いくら法に触れるようなことをやっても、学校側が警察に通報することはない。こんなことでいじめ問題がなくなるわけがないではないか。案外、左翼の熱血漢タイプの教師ほど、学校に警察が介入することに猛烈に反対し、学校を必死で「聖域」化しようとする傾向があるらしい。
そう言えば昔観たテレビドラマ『3年B組金八先生』でも、警察が校内になだれ込むのを必死で押しとどめようとする金八先生が、学校と言う聖域の純粋さを守る「ヒーロー」のように描かれていたのを思い出す。
傷害事件は警察の手にゆだねよ。このごく当たり前のことさえ実行できない教育関係者に、いじめ問題を云々する資格などない。