月別アーカイブ: 2005年2月

俗化する大地真央

■ほんとにどうでもいいことなのだが、「上海冷茶」のテレビCMで大地真央がピンクレディーの『カルメン ’77』の曲に合わせて金一色の衣装で腰をふって踊っているのは、離婚した元旦那、松平健のマツケンサンバを意識したCMディレクターの演出だということに、二、三日前気づいた。

ニッポン放送の「内輪の理論」

■とうとうニッポン放送が既存の株主を犠牲にしてまでライブドアに買収されるのを避ける最終手段に訴えたようだ。新株予約権は飽くまで権利であって、今回これを買ったフジテレビが実際に新株の引受を行使するかどうかはわからないが、別に新規事業を展開するために資金調達するわけではないのだから、ニッポン放送という会社そのものの企業価値が変わらないまま、発行済み株式数だけがドカンと増えるので、一株あたりの価値が大幅に下がることくらいは、企業ファイナンスの素人の僕にだって分かる。これでは株価の下落は必至で、既存のニッポン放送株主は、他ならぬライブドアも含めて大損害をこうむるおそれがある。
ライブドアの堀江社長は、本当に実現できるかどうかは別にして、少なくとも、ニッポン放送の企業価値を高めるというポジティブな意図で買収をしかけているだけ、ニッポン放送の今回のやり口よりもまだましだ。今回のニッポン放送のグループ内での新株予約権の発行は、ただただフジサンケイグループが保身を図るためだけの、完璧に後ろ向きな内輪の理論にもとづく対抗策だ。
もしフジテレビが本当にニッポン放送との事業提携によるシナジーを、今まで少しでも本気に考えたことがあるなら、ライブドアに買収をしかけられて初めて、思い出したようにニッポン放送の株を買い始めるなどということにならなかったはずだ。ライブドアが行為に出るよりも前に、ニッポン放送を子会社化するなどの策を打っていたはずだ。今までそれをせずに、今ごろになってライブドアへの対抗上、ニッポン放送の株を買い始めるなど、一般の株主の利益を無視した、フジサンケイグループの保身以外の何物でもない。

阿部和重『シンセミア』

■一昨年の出版時から早く読まなければと思いつつ、近所の市民図書館の蔵書が貸出中のままになっていたりで読まずにいた、毎日出版文化賞・伊藤整文学賞受賞の長編小説、阿部和重『シンセミア』上・下巻をようやく読了した。数十人の登場人物が織りなす腐臭を放つ濃密な憎悪関係が、登場人物の内面に踏み込みながらも飽くまで冷徹であり続ける文体で窒息しそうなほど緻密に描かれる。あまりに醜悪で中毒になりそうな物語。純文学でしか描けない世界を描いているという意味で現代文学の極北であることには違いない。

Free Tempo 『Oriental Quaint』

■近所のTOWER RECORDSで視聴して1曲目が気に入ったので、TSUTAYAでFree TEMPO新譜『Oriental Quaint』を借りて、毎朝、気が滅入りがちな通勤途中に景気づけに聴いている。メロディーの美しい超軟弱HOUSEは、リズムを除けばまるで1980年代の洋楽POPSで、バカみたいに単純な歌詞とともに耳障りがよすぎる。FreeTEMPO - Oriental Quaint - EP

むしろ単調なコード進行

■今日の未明、たまたま目が覚めてトイレに行って帰ってきて布団にまたもぐりこんで、いつものように両耳にイアホンをねじこんでAMラジオをつけ、寝入ろうとすると、ちょうどTBSラジオの深夜番組で矢野絢子のコーナーが始まった。矢野絢子のアルバムを聴こうと思ったのは、この深夜番組の終わり近くのコーナーで、彼女が地元の高知で愛犬を散歩させながら録音機に向かって一人ごちた内容が放送されており、その中の一つのエピソードがとても「文学的」で印象に残っていたからなのだが、まったく意識せずに、たまたま目が覚めた時間にまた同じ番組を聴けたのは偶然にしては出来すぎている。先日、どうしても自分で12分の大曲『ニーナ』を歌いたくなって、MP3にエンコードした曲を繰り返し聴きながらギターで和音をとってみると、見事にハ長調でベースが一つずつ下がっていく、C→G7onB→Am→ConG→F→G7→C→G7という典型的なコード進行になっている。彼女の公式ホームページによると、どうやら難しい楽譜は読めないということのようで、『ナイルの一滴』の他の曲も調べてみた。『てろてろ』C、『夕闇』C、『ゼンマイ仕掛け』Am、『嘘つきの最期』Em、『わかれ』Am、『ニーナ』C、『ひとさじ』Em、『レモンスライス』F、『ソリダスター』F、『闇の現』Em、『かなしみと呼ばれる人生の優しさよ』C、『坊や』A、『ナイルの一滴』Em。13曲中、シャープ、フラットがないハ長調・イ短調が6曲。一つしかシャープ、フラットがつかないホ短調・ヘ長調が6曲。シャープが二つだけつくイ長調が1曲という結果になった。予想通りほとんど黒鍵をたたかずにすむ曲ばかりだ。『てろてろ』も『夕闇』もベースラインは『ニーナ』と殆ど同じで、拍子こそ違えコード進行のバリエーションは限定される。それでも一曲一曲の個性が粒立って単調さを感じさせないのは、詞の強烈な叙情性・情念と声の力だろう。しばらく『ナイルの一滴』を聴き続けることになるだろう。