月別アーカイブ: 2004年3月

営団地下鉄が「東京メトロ」に

■東京の営団地下鉄が四月一日から東京メトロという社名になるということで表示板の意匠が新しくなっている。秋葉原のトイレも蛍光灯が新品になって明るさが増した(トイレを清潔に保つために照度を上げるのは正しい心理作戦だろう)。今までは入り口の手動販売機でちり紙を購入しなければならなかったものがトイレットペーパが備え付けられるようになる。自動改札機も次々更新されている。しかしこれらが顧客満足の向上につながるのかどうか分からない。多少満足するかもしれないが、この程度のことさえ社名が変わるほどの大イベントがなければ実行できなかったのかとも思う。

品川駅港南口の女性ストリートミュージシャン

■最近、会社の最寄り駅の出口で、毎日のように若い女性がキーボードの弾き語りをしている。私の声とこの曲は癒し系ですと言わんばかりに恥かしいほど癒し系の曲なので聴いていられない(といってもその前を通らなければ駅に入って行けないので強制的に聴かされることになる)のだが、今日は雨だというのにそれでも歌っている。土地柄からして彼女の前を歩き過ぎるのは圧倒的に中年会社員が多いのだが、彼女は一体誰のために、何のために歌っているのだろうか。

Japanese love small things

■Japanese love small things. Japanese love details. The quality of Japanese products and business procedures is realized by this love for details. If the top management stresses the big picture or the high-level direction too much, Japanese field workers or staff level employees will lose the motivation for loving details. This leads to the declining quality of products and business procedures. Probably this happens in many Japanese companies these days. Japanese management wrongly takes the way of big-picture-centrism instead of love for details.

独自動車業界誌の記事

■独『アウトモーターシュポルト』誌のWebサイトに独高級車メーカが傘下の日本の自動車メーカについて「V計画」と呼ばれる再建計画を作成しているとあったので、日本語で要約してみる。
数週間前から日本に派遣されている特別チームは十前後の車種を削減して再建を軌道にのせるとのこと。彼らが独本社の社長から得た使命は、最悪の場合この日本企業からの撤退も含めて全ての可能性を考慮することだったが、すでにそこまでする必要はないとのシグナルを送っている模様。
内部で「Vコンセプト」と呼ばれている再建計画は(ところでこのVはV字型の回復とVictoryの頭文字を掛けているとでも言うのだろうか。だとするとこの期に及んで言葉遊びが過ぎるようだが)不採算の十車種をなくし、その後傘下の米国自動車メーカと共同で低コストの新車を発売するとしているらしい。
さらに六十の銀行が保有する債権は独本社の財務担当役員が五月末来日し、日本国内の同旧財閥の重工業や商社、銀行などの大株主が肩代わりするよう説得するとのこと(はたして彼らの失敗を日本の系列会社がかぶることに同意するだろうか)。以上が記事の内容だが、計画名が漏れていることからすると信憑性が高そうか。十車種も削減してこの日本企業に何車種残るだろう。また十車種の削減が一体何人の人員削減に帰結するか想像もつかない。独系金融機関のアナリストがこの日本企業について語ったように「緩慢な死」が現実味を帯びてきた。

『精神医学の名著50』

『精神医学の名著50』(平凡社)を読み終えた。この手のブックガイド的な本を読み終えると、当然その中で紹介されている本を読みたくなるのだが、近所の大型図書館にはほとんどが蔵書されていない。リストアップしたのはまずコンラート『分裂病のはじまり』(岩崎学術出版社)。これは日本語訳が8000円と高すぎるので英訳を探したが、Amazon.comを探しても独語の原典Die beginnende Schizophrenie. Versuch einer Gestaltanalyse des Wahnsしかない。しかもなぜかPDF形式の電子書籍。ブランケンブルク『自明性の喪失』(みすず書房)も4000円とやや高め。サリヴァン『現代精神医学の概念』(みすず書房)も5600円とかなり高め。英語で読めばConceptions of Modern Psychiatryでたった1000円。パトナム『多重人格性障害』(岩崎学術出版社)は図書館にあったが貸出し中。多重人格はダニエル・キースの小説がベストセラーになるなど日本国内でも一種の流行なのでやむを得ない。ベイトソン『精神の生態学』(新思索社)も閉架だったが蔵書があったので借り出してきた。現在興味深く読んでいる途中である。メラニー・クライン『羨望と感謝』(誠信書房)が図書館にないのはやや不思議だった。精神分析の世界で一学派をなすほどの大家のはずなのだが、彼女の著作集が1冊もないのだ。英語で読めばEnvy and Gratitudeで1500円ほど。ビオン『精神分析の方法―セブン・サーヴァンツ』(法政大学出版)も蔵書がなかった。ロビンス『最期のとき』はもともと邦訳がないので英語で読むしかないのだが、それでもThe Final Months: A Study of the Lives of One Hundred Thirty Four Persons Who Committed Suicideは古書で7000円ほどからとかなり高め。ハードカバーだから仕方ないか。ラカン『精神分析の四基本概念』(岩波書店)はさすがに蔵書があったが残念ながら貸出し中。土居健郎『精神療法と精神分析』(金子書房)も図書館になかったが、2500円と案外安いので買ってでも読む価値はあるかも。フェレンツィ『臨床日記』(みすず書房)は開架の蔵書があるのを前から知っていたので借り出した。ビンスワンガー『精神分裂病』(みすず書房)は上下巻あわせると12700円ととんでもなく高価だが、インターネット上で古本屋を検索しまくって幸運にも4000円の古書を発見したので購入することにした。このように見てくるとみすず書房はなんてエラい出版社なんだろうと実感させられる。しかしこんなに精神医学関係書を読んで何の役に立つというのだろうか(ベイトソンが精神医学関係書かどうかは別として)。