月別アーカイブ: 2003年11月

ベルリッツのドイツ語クラスは超高額

■街中の語学教室でドイツ語のレッスンを受けたらいくらほどかかるのだろうと疑問に思ったので、会社帰りに「ベルリッツ」というところへ立ち寄ってみたところ、なんと一回2時間の授業が25,200円(プライベート・クラス)、週一回で一か月10万円にもなりお話にならない、セミプライベートという生徒が最大3名のクラスでも一回1万円近くかかり、渋谷校でしか受講できないばかりか同じレベルの受講希望者が出てこない限り開講されないというのだからやはりお話にならない。おそらく他の語学教室も似たような金額だと思うのだが、英語以外の授業をそもそもサービスとして提供する気があるのだろうか。ちなみにこの金額はドイツ語以外の、まあまあメジャーな外国語(フランス語やイタリア語)でも同じだ。

サラリーマンに「倫理」は不要、「順法」で十分

■企業の不祥事が問題化されるようになって以来、「企業倫理」ということがはやり言葉になっている。しかし僕は「倫理」のような重い言葉ではなく、「遵法」という現実的な言葉でじゅうぶんだと考える。
仮に企業が「倫理」を真面目に考え始めたらいったいどんなことが起こるか。自動車メーカの社員は、製品が一台売れるたびに大気汚染がひどくなることを「倫理的に」反省せざるを得なくなり、仕事を続けられなくなる。電機メーカの社員は、原子力発電所に部品を提供して、行き場のない放射性物資を増やすことを「倫理的に」正しいと主張できず、仕事をやめざるを得なくなる。
サラリーマンは自分を雇ってくれている会社の事業について、倫理的な判断を中止することではじめて仕事をつづけられるのだ。すべての社員がつねに「倫理的かどうか」を規準に行動するようにしむけたら、大多数が事業内容そのものに疑問を抱いて、仕事どころではなくなるだろう。
じっさいに「企業倫理」という言葉が指しているのは、とりあえず法律に違反しないようにしましょう、というだけのことで、別に「倫理的に」行動しろ、と言っているわけではない。「企業倫理」という言葉は明らかに大きすぎるのだ。単に「遵法」(コンプライアンス)といえば違法行為を防止するのにじゅうぶんであり、その努力に「倫理」という名をあたえるのはまちがいなく偽善である。
牛肉を偽装するのも、腐敗した牛乳で食中毒を起こすのも、リコールを隠すのも、既存の法律を守りさえすれば防止できる不祥事であって、わざわざ「倫理」を持ち出すことなどまったくない。こんな下らない不祥事の防止に「倫理」という言葉を持ち出すのは、「倫理」に対する冒涜だ。日本の実業界は「倫理」の重さを見くびっているのである。
もっとも日本のサラリーマンや元サラリーマンが「倫理」という言葉を軽く見るのも無理はない。上述のようにサラリーマンは「倫理的」判断を中止することで初めてサラリーマンとして存在できるからである。つまり「倫理的なサラリーマン」というのは、静的にとらえれば自己矛盾の表現なのだ(ただし動的にとらえれば、一人のサラリーマンが、昼間は何の疑問もなく仕事に没頭し、夜になると「倫理的な」問題についての苦悩を日記に書くなどして、二つの極の間をたえず往復することはありうる)。
こんなことを書こうと思ったのは、新幹線の運転手が勤務中に携帯電話で撮影した写真を女友達に送っていたという「不祥事」について、どこかの新聞が「職業倫理」という言葉を使っていたからだ。最近は高い「職業倫理」をもったサラリーマンがいなくなっているとか何とか書いてあったのだが、サラリーマンに職業「倫理」を教育することがそもそも可能だろうかと考えたからだ。
もちろん深く考えずに職業「倫理」を教育してしまうことはできる。しかしそんな研修に効果があるだろうか。効果がなければ企業の場合は、費用がかかるだけやらない方がいいということになる。サラリーマンについて僕らはどのように「倫理」という言葉を使うべきなのだろうか。

ドイツ語検定2級1次試験受検

■今日は電車で20分ばかりの私立大学へ独検2級を受験しに出かけた。今春3級に合格したばかりなので無謀といえば無謀だが、独検のWebサイトに早速アップロードされていたPDF形式の解答集で採点すると、お見事(自分でほめるな)筆記試験は約80点で間違いなく合格点。
ところがヒアリングがひどい。たった一問しか正答していないのだ。まったく問題外である。筆記は単語が分からなくても、何度も読めば前後関係で意味を推測できるが、ヒアリングは一度、正確には問題文は二度読まれるので二度聞き逃せばそれでおしまい。もっと耳で聞き分けられる語彙を増やさねば。それにしても大学のキャンパスというのは自分と無関係であっても、何度訪れても落ち着ける空間だ。

日本テレビ視聴率不正操作問題の「空気」と「視聴率至上主義」

■日本テレビの視聴率不正操作問題で昨夜NHKラジオのニュースを聞いていたら、調査委員会の報告では「視聴率重視の空気が不正の引き金になった」と指摘されているなんていうことを言っていた。「空気」である。
じっさいに日本テレビのWebサイトに掲載されている「『視聴率操作』に関する調査報告書」を読むと、本当に「視聴率重視の空気」と書いてあるではないか。その部分を引用してみる。
「視聴率により番組制作能力が評価され視聴率に貢献することが人事評価にも必然的に反映されざるを得ない視聴率重視の空気が日本テレビを含む業界に存在していた」。
「視聴率重視の空気」とはいったいどんな「空気」なのだろうか。この調査委員会は山本七平が三十年前に批判した考え方をいまだに援用しているというわけだ。視聴率重視が「空気」だったという報告は、誰の責任でもないという報告であり、報告の体をなしていない。
社内に視聴率重視の考え方がほんとうに存在したなら、誰がその責任をとるべきなのかを特定する必要がある。「日本テレビを含む業界に」という言葉で責任はさらにあいまいにされている。この報告書のいい加減さの責任は、この調査委員会の委員長である江幡修三氏にあることは言うまでもない。
また、委員長代行をつとめている河上和雄氏はテレビでも放送された記者会見で、「他のテレビ局との関係は見つからなかったのか」と質問されて、うっかり「残念ながら、なかった」と口をすべらせていた。ちなみに元東京地検特捜部長の河上和雄氏は、よく日本テレビで顔を拝見するし、日本テレビから『好き嫌いで決めろ』という著書を出版しているようだ。身内による調査が不完全な報告しかできなかったのは、当然といえば当然だろう。日本テレビが批判されるべきはこの点である。
しかし共同通信によれば日本テレビは視聴者からの抗議があいついでいるらいが、こちらについては視聴者の方が批判されるべきである。というのもその抗議の中に「視聴率至上主義を見直すべきだ」という意見があったというのだ。
上述の報告書でも「視聴率至上主義」が問題視されているが、本当にそうだろうか。「視聴率至上主義」を問題視しているということはつまり「テレビ番組にとって視聴率より大切なことがある」ということだ。「視聴率より大切なこと」というのはおそらく番組の「質」のことだろう。
しかし日本テレビに電話や電子メールで抗議した人々もふくめて、一般の視聴者が本当にテレビ番組に「視聴率」よりも「質」を求めているなら、日本テレビを見るのをやめればいいではないか。視聴者が本当にテレビ番組に「視聴率」より「質」を求めていれば、そもそも日本テレビに「視聴率至上主義の空気」など生まれるはずはなかった。
日本テレビの番組の「質」が悪ければ、自動的に視聴率は下がり、良ければ上がったはずで、ディレクターたちは番組の質と視聴率が比例することを経験から学び、みずからすすんで質の良い番組ばかりを作ったはずだからだ。ところが現実にはそうならなかった。なぜだろうか。視聴者が逆に「質」の悪い番組ばかりを見るからだ。こんなに明快な理屈が他にあるだろうか。
だとすれば「視聴率」と「質」が比例しない状況を作り出し、日本テレビの内部に「質」よりも「視聴率」を重視する「空気」を作り出したのは、視聴者以外の誰でもない。それ以前の問題としてテレビ番組の「質が良い」とは、いったいどういうことなのか、そもそもその定義さえはっきりしない。
こういう場合に勇んでテレビ局を批判する「良識派」に限って、番組の「質が良い」のはNHKだなどと権威主義的なことしか言えない。そもそもテレビ番組なんて多くの場合、学校や職場の話題にする程度の存在意義しかないのだから、視聴者が多ければ多いほどその存在意義にかなうことになる。その意味で「視聴率至上主義」は、コンピュータメーカが1台でも多くコンピュータを売ろうとするのと同じくらい企業の営業努力として当然のことであり、それ自体を批判することにまったく意味はない。

think or die読者の衆院選出口調査

■一週間が経過したので今回の衆院選についての「think or die出口調査」を締め切った。投票はYahoo!JAPANのeGroupsにある投票機能を使った。二重投票がやりにくい仕組みなのでそこそこ信頼できると思う。
比例区でのじっさいの各政党の得票率と「think or die」出口調査を比較した結果が下のグラフだ。

民主党は倍、自民党は五分の一、公明党はほとんどゼロ、共産党はちょっと多く、社会党はちょっと少ない。think or dieの方に「その他」という区分があるのは、「think or die出口調査」にご協力いただいた読者の中に、比例区を棄権したので小選挙区で投票した候補者の政党名を選択したか、間違って小選挙区で投票した候補者の政党名を選択したか、まだ選挙権がない学生さんが自分ならこの党に投票するだろうという政党が比例区に含まれていないかのいずれかだろう。
ただし注意すべきは、この「出口調査」に参加して頂いたということ自体がある種のふるいになっているという点だ。自民党支持の読者は、「この人がつねづね書いていることからするときっと左翼だ。自分は自民党支持だから出口調査には協力しにくいな」と考えたかもしれない。それにしてもこの出口調査の結果は次のようにまとめられるのではないか。「think or dieの読者は保守と宗教がキライ。だってどっちも独断的だもん」。