高橋源一郎『人に言えない習慣、罪深い愉しみ―読書中毒者の懺悔』

■片岡義男『日本語の外へ』といっしょに高橋源一郎大センセイの『人に言えない習慣、罪深い愉しみ―読書中毒者の懺悔』(朝日文庫)という長いタイトルの書評を買っていたのだが、後からこの書評の中に『日本語の外へ』がとりあげられていることを知って驚いた。それにしても高橋源一郎大センセイの書評を読むと、ブンガクが読みたくなってくるから不思議だ。伊藤左千夫『野菊の墓』、織田作之助『夫婦善哉』、川上弘美『蛇を踏む』をたてつづけに読んでしまった。『夫婦善哉』には個人的になじみ深い新興宗教の名前が出てきたりして、時代こそ違うが、僕の生まれ育った大阪の下町を思い起こさせた。『野菊の墓』は映画化されてるくらいだから( 続きを読む 高橋源一郎『人に言えない習慣、罪深い愉しみ―読書中毒者の懺悔』

あまりに違いすぎる

■あまりに違いすぎる。先日部内の定例打ち合わせで「チャレンジについての言語学的考察」のプレゼンテーションをした。なぜこんなことをするのかというと、業務上わが部にとって「チャレンジ」とは何かということになり、それにはまず「チャレンジ」という言葉の定義を理解しておく必要があると西欧人の上司が提案した。そこで「チャレンジ」という言葉について考えるワークショップが開かれたのだ。読者のみなさんはすでによくご存知のとおり、僕はこの種の言語フェチ的な思弁が大好きなので、嬉々としてプレゼンを行った。ところがこれが同じ部の他の人たちには難しすぎると極めて不評で、楽しめたのは僕とその西欧人の上司だけらしかったのだ 続きを読む あまりに違いすぎる

今日となりに座っている日本人の同僚に

■今日となりに座っている日本人の同僚に、「わが社と実績のある取引先って、英語でどう書けばいいだろう」と質問された。どうやら「実績のある」という英語の形容詞がないかどうか、オンラインの和英辞典で検索したが見つからなかったようなのだ。これは、英語での表現に困っている日本人に日常的に観察できる現象で、どうしても日本語の単語と一対一に対応する英単語をさがそうとしてしまうらしいのだ。その同僚の英語力があれば、冷静になって考えれば答えはすぐ見つかるはずである。たとえば「…the vendors that had several contracts with our company in the 続きを読む 今日となりに座っている日本人の同僚に

英語を使っての会議中に

■英語を使っての会議中に、日本人が言いたいことをなかなか英語で表現できずに、言葉につまったままになるという場面によく出くわす。そういうとき、その日本人が自分の英語力のなさをくやしく思っていることが手に取るようにわかる。職場で西欧人と日本人のコミュニケーション不全が問題にされる場合、多くの場合日本人の英語力の不足がその原因とされる。しかし、日本人が英語で西欧人に何かを伝えようとして言葉に詰まる場合、その90%は語学力不足の問題ではない。言いたいことそのものがあいまいなのだ。言いたいことがあいまいなままでも、日本語を使う限り「玉虫色の表現」を駆使して好きなだけごまかすことができる。そのせいで自分が 続きを読む 英語を使っての会議中に

勝負事一般に興味なし

■阪神タイガースが優勝したが、小学生時代は『月刊タイガース』を定期講読するほど熱烈な阪神ファンだった僕も、中学生以降は野球をはじめとしてスポーツ全般に興味がなくなった。瞬間が勝敗を決する高揚感を共有できないので、野球に限らずあらゆるスポーツに熱中できない。たとえ瞬間が勝敗を決しないような、たとえば囲碁将棋のたぐいでも、勝負事一般に興味がないのかもしれない。 したがって概して勝ち負けが物語をもりあげる構成になっている少年漫画にもまったく興味を惹かれないし、公営ギャンブルやパチンコも同様だ。平家物語ではないが盛者必衰なのだから、勝利に高揚したところで無駄である。どうせ騒ぐなら騒ぐために騒ぐ、盛り上 続きを読む 勝負事一般に興味なし