月別アーカイブ: 2003年1月

『日経ビジネス』掲載「新モーレツ主義」批判

■「新モーレツ主義」の続きである。日本人はこんな主義に手を出す前に解決しなければならない問題を山ほどかかえている。
その問題の一つに、新しい仕事を始めるとき、何も考えずにいきなり始めてしまうということがある。新しい仕事を始める前には、その仕事が自分の命じられている仕事全体のどこに位置付けられるかということ(目標との整合性の確認)、その仕事をどのような手順で進めるかと、どうなったら完了したと見なせるかということ(プロセスの定義)などなどを最低限、考えておく必要がある。
もしこれらについてさえ考えずに始めてしまったらどうなるか。実はまったくやる必要のない仕事だった、とか、人によって仕事の結果がバラバラになってしまった、とか、何度もやり直しているうちに一体いつまでその仕事を続ければよいのか分からなくなってしまった、などなど、非効率な結果がたくさん生まれる。
日本人が「効率」を語るときは、すでにやっている仕事をいかに効率化するかを言っている場合が多い。しかし、すでにやっている仕事を効率化するだけが効率化ではない。これから始める仕事に安定した地盤を与えること、つまり、仕事を進める手順の定義や、仕事に使う様式のひな形化などの方が、実はより大きな効率化を実現できるのである。
多くの日本人はこのことをあまり理解していないようだ。理解していないから、いつも思いつきで新しい仕事を始める。その人がマネージャであれば部下がみな試行錯誤の巻き添えを食う。こういう仕事のスタイルを改めないかぎり、無意味な試行錯誤のために日本のホワイトカラーの勤務時間が浪費されつづける。
逆にこの問題を解決するだけで、「新モーレツ主義」など持ち出す必要もなく余剰時間を作り出せる。どうすれば仕事が早く終わるかだけでなく、どうすればムダな仕事をしなくてすむか、まずそこから考えなければ、モーレツと慢性的残業のいたちごっこは永遠に解決しない。『日経ビジネス』の編集者たちにこの種の合理性を要求するのは無理なことかも知れないが。

読者から早速京都旅行への反響

■昨日、京都への夜行バス旅行についてのエッセーをアップしたら、京都在住の読者の方と、飛行機の運航乗務員の方から早速メールを頂いた。京都在住の読者の方は、僕が行こうとしていた五条近辺にある銭湯の名前をメールの中でズバリ当ててあった。驚きと同時に当意即妙というか、まさにホームページ作者冥利に尽きる喜びを感じた。
メールによればその銭湯は土曜日の朝は営業しないという。電話帳で京都タワーの銭湯を見つけたおかげで、無駄足を運ばずに済んだというわけだ。運航乗務員の方からは、現在、シートベルトは必ずしも離着陸のときだけ締めればよいのではなく、常に締めておくようアナウンスとしているとの情報を頂いた。
ちなみに「運航乗務員」の定義をインターネットで検索したところ「機長、副操縦士」とある。航空会社によって違うのかも知れないが、特殊技術を持つ人がこのホームページの読者であるという事実は、やはりホームページ作者冥利に尽きるというものだ。そういうわけで今朝は通勤途上の地下道で携帯電話に転送したこれらのメールを読みながら、至福の時を味わったのだった。

職場の西欧人との意思疎通の難しさ

■外国人スタッフと一緒に出張に行った帰り、早めに駅に着いたので、新幹線の指定席を早い時間の列車に換えてもらおうと、当人の代わりにみどりの窓口にならんだ。もし禁煙席がなかったらどうしようかと疑問に思ったので当人に尋ねたら、(1)禁煙席があれば禁煙席を予約する、(2)禁煙席がなければ喫煙席を予約した上で、(3)乗車してから禁煙の自由席の空席をさがす、こんなことは聞かなくても自分で考えればわかるはずだという意味のことを英語でまくし立てられた。
しかし僕がわざわざ当人に確認した理由は(4)列車を一本遅らせてでも禁煙の指定席に乗る、という第4の選択肢があるからだと当人に反論したところ、こんなド田舎の駅でどうやって時間をつぶすんだとさらに反論された。そんなこと尋ねるまで分からないではないか。
日本人の馬鹿さ加減がそんなにイライラするなら、自分でみどりの窓口に並んだらどうだ、と言いたくなったが、これが異文化コミュニケーションというものだと思って言葉をのんだ。きっと毎日オフィスに来ては、日本人は能率の悪いことばかりして物事が一向にはかどらない、まったく頭の悪い連中とは一緒にやってられないと思いながら仕事をしているんだろうなぁということが容易に読みとれた瞬間だった。いかなる場合であっても仕事上の関係しかない異国人とのコミュニケーションで本音を表現するのは危険である。Frankly speaking,… と話すのは飽くまでレトリックに留めておくのがよいだろう。

「新モーレツ主義」のバカさ加減

■ところで今週の『日経ビジネス』は「もっと働け日本人~新モーレツ主義のススメ」だと。笑わせる。タイトルだけで馬鹿らしくて読む気がしない。同誌編集者諸子は一度西洋人と仕事をしてみるべきだ。西洋人の合理的思考の前に日本人はただ恥じ入るしかないのだ。
以前読者の方にご指摘頂いたとおり、西洋人はいかに仕事をしないかを徹底して合理的に考える。その合理性の徹底ぶりと比較すれば、日本人の仕事は半分が単なる時間つぶしである。日本電産の社長が何を言っているか知らないが、日本人に対して「もっと働け」というのは「もっと無駄な仕事をしろ」と言っているに等しい。いやしくも多少の権威のある経済誌を標榜するなら『日経ビジネス』は次のように正しく呼びかけるべきである。「もっと頭をつかって考えろ日本人~新合理主義のススメ」。

中年オヤジというのはどうして電車の中でああも大股を広げて2人分の空間を占有する勢…

■中年オヤジというのはどうして電車の中でああも大股を広げて2人分の空間を占有する勢いで座りたがるのだろうか。別に自分だけ特別料金を払っているわけでもあるまいし、少し尻をずらせば体の大きな男性とは言わないまでも華奢な女性なら1人十分に座れるだけの空間をあけて見ず知らずの人に通りすがりの親切を施して「まぁこの不況続きの世知辛い世の中でこの紳士は何と博愛精神の豊かな尊敬すべき人物であろうか」と衆人から畏敬のまなざしを集める絶好のチャンスであるにもかかわらず、そのすこし尻をずらすという最小限の寛容ささえ持ち合わせていない狭い狭い心の持ち主であることを平然と露呈して何ら恥と感じないだけの鈍り腐った神経なのだ。公共の場でそんなことを平気でできる品性下劣な中年オヤジに何を言っても始まらないことは重々承知でその背後にありうる合理的な理由を推測してみよう。まず第一に考えられるのは太ももに自堕落からくる脂肪が無闇につきすぎてそもそも物理的にそれ以上閉じることができないという哀れな理由。しかしこれにしても本人が節制をできないことからくるものなのだから、責められるべきはこの中年オヤジ以外の誰でもない。第二に考えられる理由は内ももに万年の皮膚病を飼っていること。しかし皮膚病くらいは治療しようと思えばできないことはない。僕もごくまれに右脚の小指と薬指の股に白鮮菌を飼うことがあるが、発見次第薬剤で駆除して絶対にその日のうちに治療することにしているし、日頃から風呂で必ず脚の指の股をすべて清潔にするように心がけているので通常は白鮮菌に寄生されることはない。日々体の隅々まで清潔にするという一般的な心がけさえあればまず皮膚病を万年内ももに飼うということはありえないのだから、この点についても残念ながら責めは当人にある。もっと言えばたかが皮膚病くらいと自分の皮膚を健康に保つことを、他の何かがもっと重要であるということを口実にさぼっているだけなのだ。中年オヤジが常に持ち出すのはこの「優先順位」というものである。毎日会社で仕事の優先順位や費用対効果ということを耳にタコができるほど聞かされた結果、その優先順位を私生活でも自分の身勝手な嗜好の口実として拝借するようになってしまったのだ。生まれて以来、仕事を離れて人生の価値など哲学的な命題に頭を悩ませたことのない中年オヤジは、会社というところに入って「優先順位」や「費用対効果」などもっともらしい似非哲学を聞かされると、まるでそれが人生すべての真理であるかのようにとんでもない勘違いをし、そのうち「結婚生活も一種のマネージメントだ」などといったうわごとを白昼堂々口走るようになる。そうなってしまったらもう人間はおしまいで、自分がやりたくないことをすべて「優先順位」や「費用対効果」といった口実でサボるようになる。そうなってしまった人間が一般的な生活人の尊敬を集めることができないのは当然のことで、会社以外の場でむしろ軽蔑されるのは自業自得というものである。第三の...と書き出そうと思ったが中年オヤジが大股を広げてしか自分の存在価値を主張できないというのは、自分が人間存在としてもっとも惨めな位置にあることを自ら認めているようなものなのでこれ以上溺れている人間の足首にコンクリートブロックをくくり付けた上で、靴の底でもがいている頭を水中に押し込むようなことはやめておいてあげようと思う。(たまにはこんな「日記」もいかが)