月別アーカイブ: 2002年10月

森鴎外『雁』

■四迷の『其面影』を意外に面白く読み終えたので引き続き鴎外の『雁』を読み始めた。また明治文学月間が始まるのだろうか。ちなみに『雁』は岩波文庫10月の新刊だ。明治文学なのに新刊だ。鴎外は『鴎外漁史とは誰ぞ』というエッセーの中で自らの文学に対する批評として、虚子の「鴎外も最早今まで我らに与えたほどのものをば与うることを得ぬであろう」という言葉を引いているが、これに反して読むという経験によって鴎外は今までに与えたものをわれわれに与え続ける。ちなみに岩波書店のホームページによれば来春には四迷の『浮雲』が新刊で出るらしい。

二葉亭四迷『其面影』

■さてみなさんは何を楽しみにこの日記を読んでいらっしゃるのだろう。何ということのない日々の出来事の報告をお望みなら、僕が一昨日から二葉亭四迷『其面影』を岩波文庫で読んでいると書いておこう。数か月前に一度読んだような気もするのだが、この作品は発表当時、四迷が文壇に復帰したと歓迎される一方で『浮雲』と同工異曲であるとの批判もあったらしく、『浮雲』を読んだのを『其面影』と勘違いしている可能性もなくはない。
また昨夜、二つの川の流れにはさまれたなだらかな平野に広がる住宅街に建築中だった、頂上が雲に隠れるほどの巨大な鉄塔が、見ている間に音もなく空から崩れ落ちてきて、真下に建っていたマンションの屋根を変形させたところ、最上階の住人は血相を変えてベランダに飛び出し、頭上に鉄塔の残骸がしなだれかかっているにもかかわらず、何が起こったんだと叫びながらあたりを見回して異変を探しているその滑稽さに笑ってもいられない、といったような夢を見ていたのだということを書いておこう。
さてこれでみなさんが満足したかどうか。最近「喜ぶユーザの顔」を仕事でまったく見なくなってしまったものだから、せめてこのホームページで読者に喜んでもらえればと思う次第だ。ユーザの喜ぶ顔を見ずにITコンサルタントとして何を喜びに仕事をすれば良いというのだろうか。

そのとき彼が言い出したこと

■そのとき彼が言い出したことは、僕がその一週間以上も前、まさに彼を目の前にして言いたかったことそのものだったにもかかわらず、今、彼はそのときの僕の言葉をまるで自分の意見でもあるかのように話し始めたのだった。いや、厳密に言えば彼は自分の言葉として話したのではなく、そのことを知っているのは他ならぬ僕であることを示唆しながら、僕にそのことを話させるようにうながしたのだった。結果として僕は一週間以上も前に強弁したまさにそのことを今回は穏やかな調子でくりかえし述べる結果となったのだが、それはとうてい僕自身が納得のいく仕方で僕の主張を述べることができたのではなかった。彼は彼らしい仕方で僕をうまくフォローしたということを印象づけることができたわけだった。
■僕と向き合って立っていたもう1人の人物との間を、僕らのしぐさをおどけるように真似ながら4人の人物がわざと歩みを遅くして横切っていく、その姿が、まるで映画のフィルムをコマ送りにするように僕の目に映った。歩みを遅くするということそのものはまさに僕らのしぐさを軽蔑しきっているということを意味しており、それを軽蔑しているという事実によって彼ら自身が軽蔑すべき存在であることを露呈していることに気づかない、それほど重大な事実にさえ気づけないほど愚かな人物に愚弄されているということに怒りを抱きながらも、その怒りを表現することよりも抑制することに誇りを抱くべきだと自分を納得させるために、ほんの数秒間ではあるが自分の動作を停止させなければならなかったことの愚かしさを、その数十分後にぼんやりと座りながら思い出さなければならなかったことを、どのように考えればいいというのだろうか。
■何かを言いたいと思いながらも、その言いたいという事実についてまず何ごとかを考えなければならないのだとしたら、何かを言いたいという行為はもう言いたいという欲求ではなく、本当に言いたいのかどうかを自分で確認するための単なる手段になってしまうのではないかということを同時に考えてしまうと、その言いたいという事実について一体何を考えたかったのかが、すでにあいまいになってしまっていることに気づき、ならば初めから考えなければ良かったのだと後悔しても、すでに考えることをやめてしまった後ではもう遅いのだと言える。何かを言いたいということは何かを言いたいということを自分で考える前にすでにその何かを言ってしまっていることを後からふりかえって、辛うじて言明できることなのかもしれない。
■いったい何のためということをよく考えるクセがあるというのは、何のためということに多大な関心があるということをかならずしも示しているわけではないのではないかと疑い始めた時点で、いったい何のためということを考えるのはいったい何のためなんだろうかと考えてしまっていることに気づいた。電車の中で何もすることがない時間をつぶすためにいろいろなことを考えるのはよいことだが、考えようとしても隣で競馬新聞を読んでいる薄汚い身なりのオヤジが、電車の混雑にもかかわらず両腕をいっぱいに広げているその新聞が自分の脇腹に当たっているという程度の下らないことで思考が停止されてしまうくらいなのだから、そもそも考えようという動機そのものがきわめて薄弱なのに違いないのだから、何かを考えようということそのものを考える必要があるのかどうかを考えてしまうハメになるのだ。
■この調子で延々と日記を書き続ければ、いくらでも書き続けることができるのだが、読者をうんざりさせるだけだろうからこのあたりで止めておく。しかし僕は本当にこの調子で日記を書き続けることができそうなのだ。今日一日、あそこを歩いていたときに自分が一体何を考えていたのかを、一秒ごとに思い出せるような気がするのは今日に限ったことではなく、しかも今日一日のことだけではなく、印象に強く残っていさえすれば数日前、数週間前の特定の瞬間であっても、そのとき自分の内部でどのような思考が流れ去っていったかを小説の内的独白のように書き下そうと思えば書き下せる。僕はこれが一体自分に特殊な能力なのか、普通の人たちもわけなくできることだがそんなことをしたって非生産的なのではじめからするつもりもないだけなのか、そもそも「特殊な能力」と自慢気に表現するに値することなのかもよくわからない。本当のことを言えば、こんな些細なことはさっさと記憶から消えてしまって欲しいとも考えているのだが、今こうして記憶の糸をたぐればたぐりよせられてしまうこと自体が、僕に何かを告げようとしているのかもしれない。つねにメッセージの内容よりも、そのメッセージが伝えられているという事実そのものに含まれるメタメッセージの方に気を取られてしまうのは、よくないクセである。

2週間も「愛と苦悩の日記」をサボるなどということは考えられないことだ

■2週間も「愛と苦悩の日記」をサボるなどということは考えられないことだ。が、考えられないことが起こるのが世の中というもの。かつては形のあるものを創造したいという欲求に突き動かされるようにして生活し、現にいくつか下らないものを造りもしたが、最近では缶コーヒーを飲んだ後のカフェインがいちばんよく効いている数十分間にいろいろな構想が浮かんでは消えるだけ。写真を撮っても出てくるのは技術的な課題だけで、何かを造ったという感覚は皆無。あらためて考えれば創造意欲というのは、何かが欠けているその真空の部分を埋めようと否応なく生じるものなのかもしれない。このまま意欲を細らせて、途絶えてしまうのを待つだけ、ということか。

久しぶりに耳にした普天間かおりの声

■日曜日の早朝、ふと目を覚ましたときの習慣でイアフォンを耳にねじこんでラジオをつけると、懐かしい声が。しかし運悪く番組の最後の部分で、「また来週!」という言葉しか聞けなかった。最近『涙そうそう』というヒットを飛ばした夏川りみのアルバムを数寄屋橋のHMVで立ち聴きしたとき、久しぶりに『芭蕉布』のメロディーに触れた。僕がこの歌を覚えたのは普天間かおりの『真南風』という1997年発売のアルバムだ。
もうあれから5年たっていることも驚きだが、普天間かおりがまだラジオに出演できていることも驚きだった。東海ラジオを聴ける中部地方の方々は幸運だ。文化放送ではアシスタントとしての彼女の声しか聴くことができないのだから。その他の地域の方でも運が良ければ彼女の声が聴ける。