月別アーカイブ: 2002年5月

僕の「リスペクト」する数少ない読者から昨日の「リスペクト」に関する記述でご指摘を…

■僕の「リスペクト」する数少ない読者から昨日の「リスペクト」に関する記述でご指摘を頂いた。リスペクトとは米国のヒップホップ系ミュージシャンがよく使う語彙とのこと。安室の曲名は小室によるその語彙の受け売りと通俗化だろうということだ。なるほどヒップホップが起源ということでその含意がなんとなく理解できた気がする(最近こういうあいまいな文末表現が多くなっているような気がしないでもなきにしもあらざるべからざる...)。音楽という特定の表現手段を通じて認識できる他者の思想への共感が基盤になっていることからすると、リスペクトとは抽象的な思想への敬意でもなく、自分と異なる存在としての他者への敬意でもなく、自分と共通点のある存在としての他者への敬意なのだろう。しかもこのリスペクトには純粋な思想上の同一性だけではなく、肉体的な側面の同一性も前提されている。ここでいう肉体的な同一性は、人種、年齢などといった属性のことだ。また完全に対等ではないが、崇拝というほど上下の落差もない関係のようだ。さらにリスペクトはするが自分自身の独立性を捨てるつもりはないという含意もありそうだ。したがって昨日あてた「尊重」という訳語は不適切だし、「敬意」という訳語も服従の含意が強くなりすぎるのでうまくない。なるほどリスペクトとしか言いようがない。

香山リカ『若者の法則』

■もう一冊、数日前の朝刊の「岩波書店の新刊」広告で見つけた岩波新書『若者の法則』(香山リカ著)を1時間ほどで読んだ。僕自身が一体香山リカの言う「若者」なのかどうかということを検証したかったからだ。現代の「若者」の精神性を6つの法則に要約した著者の明晰さは驚くべきものだ。
平易な文体で大人たちが「若者」とどう付き合えばいいのか、大人たちは年長者として「若者」にどのようなお手本を示すべきかについて書かれている。すべての年齢の方々にぜひお勧めしたい本だ。
ところでこの本を読んだ結果、僕自身は「若者」だったのか。おそらく答えはノーだ。僕のような1970年代生まれの世代はこの本で分析の対象となっている「若者」とその上の世代(バブル期に大学時代を謳歌した世代)のちょうど境界線上にあると思われる。つまり僕らの世代はこの本で言われている「大人」でもない。
ただ最近社内の打ち合わせで同僚が「最近の流行の言葉でいえば、お互い『リスペクト』し合って」云々と発言したとき、リスペクトが最近の「若者」の間でよく使われる言葉になっていること自体知らなかったのだが、この書物の6つの法則のうち最後の6つめのものは「『いつかはリスペクトしたい、されたい』の法則」となっている。「尊重」という言葉と何らかの違いがあるのだろうが、意味そのものが違うのか、意味は同じで強度だけが違うのか、意味も強度も同じだが別の含意があるのかは不明。発生源は安室の歌の題名か。謎の語彙である。

島田章『東京再興』

■明治初期の文学で読むものがなくなってきたので(もう名作を読み尽くしたという意味ではなく興味の引かれるものがなくなってきたというだけのことだが)、最近は仕事関係の本ばかり読んでいるような気がする。ここ3日間で2冊読んだ。
1冊は島田章著『東京再興』(日本経済新聞社、2002/05/24刊、1600円)。2003年問題とよく言われるように、来年、東京都心ではバブル期を超えるオフィスビルの大量供給が発生する。そのため賃料下落による不動産各社の業績悪化が懸念されているが、それに関連して都内の各所で進められている都市再開発を日経新聞の記者がレポートした書物だ。たまたまタダで手に入ったから読んだだけなのだが、新聞記者の書き物らしく簡潔かつ無難にまとまっており、日経の記者らしく民間事業者の都市再開発による「東京再興」に肯定的な(政治的に言ってしまえば「右」の)立場で書かれている。
ただ、前半の大部分が森ビルに割かれているわりに三菱地所や三井不動産の扱いが小さすぎてアンバランスに過ぎる印象だ。たしかに財閥系不動産に比べれば経営者の個性が強烈で膨大な有利子負債をかかえて派手な事業展開をしている森ビルは記事になりやすいのだろうが、なぜ同業他社が森ビルのような根気のいる再開発事業に手を出せないのか、その構造的な要因の分析にもっと記述を割くべきだったのではないか。これでは単なる森ビルのPR本だ。

尾崎紅葉『多情多恨』

■昨日、尾崎紅葉『多情多恨』を読み終えた。『金色夜叉』に比べれば大したことないだろうとあまり期待せずに読み始めたが、どうしてこれが新潮文庫に入らないかと思うくらい面白い作品だった。下記にもあるように主人公が最愛の妻を失った絶望から、友人の妻との交流を通じて次第にふつうの日常を取り戻していく心理的な変化の過程がていねいに描かれている。
社会と個人の対立、利他と利己の対立といった図式がない分、さすがに漱石のような意味での近代性は皆無だが、明治初期に台頭した恋愛を基盤とした結婚生活という中流階級の新しいライフスタイルを心理面から描写することには見事に成功している(もちろん自由恋愛を前提とした結婚というのも後年のフェミニズムからすれば一つのイデオロギーなのだが)。
坪内逍遙の『当世書生気質』が明治20年、『多情多恨』が明治29年。たった9年間でこれだけの心理描写の深化と、言文一致体の可能性の広がりを見た明治20年代とは日本文学にとって今からは想像できないほど劇的な変化の10年間だったのだなぁと実感できる。

『基礎から学ぶソフトウェアテスト』

■近所の大型書店に通うだけでは分からなかったことだが、今年2月の岩波文庫の復刊に尾崎紅葉『多情多恨』があったようなのだ。池袋の旭屋書店で初めて知ったので迷わず購入した。明治文学全集と現代文学全集の両方で紅葉の作品を当たったが、返却期限までに読めなかったのか、そもそも収録されていなかったのか、『多情多恨』はまだ読んでいなかった。主人公が最愛の妻を失った悲嘆にくれるところから始まるのだが、作者がそれを戯画化するのでまったく深刻さがなく、むしろおかしみをかもし出す不思議な小説だ。
それ以外の読書は仕事関係のものばかり最近は読んでいる。『基礎から学ぶソフトウェアテスト』(日経BP社)はソフトウェア開発におけるテスト工程の網羅的な解説書。テストだけにテーマを絞ってもここまで書くことがあるかというほど。『経済幻想』(藤原書店)は東京国際ブックフェア2002で購入してまだ読みかけ。『A GUIDE TO THE PROJECT MANAGEMENT BODY OF KNOWLEDGE 2000 EDITION』はプロジェクトマネージメント標準であるPMBOKの解説書で原書をamazon.co.jpで購入したが、これも読みかけ。『Solaris管理ガイド』(翔泳社)はSolarisの基礎知識を得るために読んでいるが、まずUNIXの基礎知識が欠けているので8割方しか理解できない。明らかに並行して読んでいる本が多すぎる。