このホームページがしばしば受ける誤解にはいくつかのパターンがある

■このホームページがしばしば受ける誤解にはいくつかのパターンがある。まず一つは筆者がこのページで考えている問題について明確な解答をもっているというもの。明確な解答を持っているならそもそも考える必要はないではないか。もし筆者が明確な解答を持っているなら、いったい何のための「think or die」というタイトルなのか。筆者も明確な解答を持っているわけではないが、問いをあえて問いのままでこの場に提示することで、これを読む人自身の思考が始まることをこのページは何よりも期待しているわけで、筆者は読者対して解答を用意しようなどという思い上がりは寸毫も持ち合わせていない。もう一つは、第一のものから派生す 続きを読む このホームページがしばしば受ける誤解にはいくつかのパターンがある

文学は何か別のもののために存在するものではなく

■文学は何か別のもののために存在するものではなく、それ自体で存在価値のあるものだ。文学はそれ自体で存在価値があるものではなく、それ自体にいったい存在価値があるのかどうかを自分自身にたえず問いかける行為そのものだ。だからこそ文学は、この世に真実と呼びうるものがあるとすれば、その真実を問う「場」たりえている。哲学もまた同じ。というよりほんとうは同じ行為を、ある見方では文学、ある見方では哲学と言っているだけなのかもしれない。ところで情報システムは何かのために存在するのでなければ無意味だ。その「何か」とは文学や哲学が問い続けている「何か」である。情報システムがいかに技術としての洗練や複雑さを高めようと 続きを読む 文学は何か別のもののために存在するものではなく

サラリーマンにとっての3万円

■たとえば3万円程度の散在では大して懐の痛まない生活をしていたとしても、いざ3万円使うとなると様々な選択肢の中から何が最適かを考えるだけで週末が過ぎてしまうということもある。電子機器を買おうとするとかなり下らないものしか買えないが、本なら「みすず書房」のハードカバーを5、6冊も買う超贅沢な使い方ができる(それを読む時間があるかどうかは別として)。 しかしそもそもその3万円は気分転換のために使おうと思っているのだから、読書が目的にそったものかと言えば、あやしい。実は沖縄に1泊で旅行してくるくらいがベストな選択だったりして。さてさてどうしたものか、と考えているうちに3万円を使う気力を喪失することを 続きを読む サラリーマンにとっての3万円

高橋源一郎『日本文学盛衰史』

■高橋源一郎『日本文学盛衰史』(講談社)を読んでいる。近所の図書館で一度借りようと思ったが荷物が重くてやめにしたら、翌週行っても見あたらない。結局借りることができたのはひと月後で、今ようやく150頁ほど。 タカハシさんの小説は知的諧謔で笑い声なしに大笑いできるのだが、どの作品を読んでもなぜか切ない、胸がキュンとなる。本書も部分的には実に下らなく、部分的には実に高度なメタフィクションだが、通底するトーンはブンガクに対する真剣さと孤独で静かな「闘い」だ。 ちなみに並行して読んでいるのはリチャード・セネット著『それでも新資本主義についていくか~アメリカ型経営と個人の衝突』(ダイヤモンド社)。

既存の業務を情報システムに載せることについて

■既存の業務を情報システムに載せることについて、それまで手作業だった工場の生産ラインが産業用ロボットによる自動化ラインになるかのような夢を抱いている人がまだいるということに驚きを禁じ得ない。今の情報システムあもはや大量の会計処理を高速で処理するというメインフレーム的な「自動化」のメリットだけで語りうるものではないというのは自明の理だからだ。メインフレームが企業の事務処理にもたらした「自動化」の恩恵という思考の枠組みから抜けられない人々は、業務プロセスをコンピュータでワークフロー化すればそれだけで何らかの効果がもたらされると信じているが、それは端的に間違いである。むしろシステム化の目的が自動化で 続きを読む 既存の業務を情報システムに載せることについて