月別アーカイブ: 2001年3月

わざわざフランス語であやまっておいたので勘のいい方はお分かりかと思う

■わざわざフランス語であやまっておいたので勘のいい方はお分かりかと思うが、パリとロンドンに2日半ずつ滞在してきた。リゾート地への旅は「何もしないこと」が目的だが、都市の旅は「住人になりきる」ことが目的である。そのための必須条件は語学力と移動手段だ。言葉もできずにバスのツアーで名所をうわずみだけさらうなど、万博でパビリオンを見るのと大して変わらない。何気ない日常会話やてきぱきと乗り換える地下鉄にこそ都市観光の本当のおもしろさがある。パリは2度目で、語学力の点では大学の卒業旅行で訪れた頃の方が間違いなく上だったはずだ。しかし可処分所得が増えたのと、年齢とともに図々しくなった分、今回の方がパリ人たちとのフランス語でのやりとりを楽しむことができた。パリとロンドンという選択は、フランス語と英語という僕自身の語学力に対応したものである。(詳細は別途エッセーにて)。

『L’EXPRESS』『Le Monde』のWebサイト

■近日中にパリに行くのでちょっとはフランス語を思い出そうとインターネットで『L’EXPRESS』と『Le Monde』のWebサイトを読んでいた。フランスはMiniTelのせいでインターネットの普及に取り残されているのではという先入観があったが、ちゃんとformat imprimable(プリントアウト用)のページがあったり英米系のサイトと遜色ない。
さてフランス語の方は辞書を引きながらやっと6割理解できるといったレベルで、維持しようと努力しない語学力は落ちるものだ。しかし日本の政局や経済政策についてきっちりした分析つきで掲載されているのには驚かされる。たとえば日本のメディアはフランス統一地方選挙のことをどれだけ取り上げているか。結局日本は米国のフィルタを通してしか世界を見ていないということだ。

『チーズはどこへ消えた』の皮肉な読み

■『チーズはどこへ消えた』について皮肉な読み方をすれば、この本に書いてあるのは「ネズミ(スニフとスカリー)のように何も考えず迅速に行動するのがいちばん」ということだけ、とも言える。アメリカ人らしい楽天主義だがおそらく正しい解釈は人間はいくらあがいてもこの本に登場するネズミにはなれないのだから、せいぜいヘム(変化を受け入れようとしない頑固者)にならないようにしよう、ということなのだろう。
さまざまな解釈を許す点がこの本のいいところなのかもしれないが、日本でこの本がベストセラーになったのはマスメディアが騒ぎ立てた、というだけの理由だろう。こんな政治経済情勢で日本人がここまで楽観的になるのは逆に危険だ。「変化に備え、変化を受け入れる」ということと「なるようになれ」というのはまったく違うから。

スペンサー・ジョンソン『チーズはどこへ消えた』

■話題のベストセラー(←紋切り型)『チーズはどこへ消えた』(スペンサー・ジョンソン著、門田美鈴訳、扶桑社、880円)をハンバーガーを食べながら15分で読了。単純だが重要な主張を寓話で伝える、たしかに良書だ。世の中は少しずつだが確実に変化している、という当たり前のことを認めたがらない人たちには耳の痛い本だろう。
昨今は「IT革命」「構造改革」など急激な変化ばかりが喧伝されるので、「変化」というものは誰の目にもハッキリとわかる急激なものだという間違った考えが支配的だ。だが、そもそも「変化」とは日ごろから注意していなければ気づかないほどごくわずかずつ起こるものなのだ。
それがある限界値を超えると、いきなり誰の目にも分かるほど大きな現象になるので、人はついつい「変化=急激なもの」と思いこんでしまう。「変化=少しずつ確実に起こるもの」ということを認めたがらない人は、いざ変化が顕在化したときにあわてふためき、自信をなくし、いっそう保守的になる。だからこそ対策が後手にならないように変化を先取りして事前に対応策を打っておくべきなのだ。そう読めばこの本はマネージメントについての本だ。もちろんその対局には流れにまかせて生きるという考え方もあり、それはそれで一つの思想として存在価値はある。しかし私企業の管理職がそれでは話にならないのだが。