月別アーカイブ: 2000年12月

ユーザ部門に出かけていってパソコン1台1台のトラブル対応をすること

■ユーザ部門に出かけていってパソコン1台1台のトラブル対応をすることが、情報システム部門としてまっとうなサービスであると勘違いしている人が少なくない。もし本当にそう思っている情シ部員がいるなら、これまでいかに質の低い仕事をしてきたかを反省すべきだ。利用者部門に質の高い仕事を提供していれば、利用者部門は情シ部門にパソコンのトラブル対応よりシステム開発をしてくれる方がいいと納得しているはずだ。1台のパソコンを修理するより、全社のパソコンで動くシステムを開発する方が重要だと理解してくれているはずである。情シ部門が単なる使いっ走りに見られているのは、価値あるシステムを提供できていなかったことの何よりの証拠なのだ。

『賢者の贈り物』の教訓とは

■読者の方からご指摘ありましたが、『賢者の贈り物』はディケンズではなくてO・ヘンリーでごす。下記の通りさっそく訂正させて頂きました。ところでこの読者による『賢者の贈り物』の教訓は「ビジネスの基本はほう・れん・そう」。おもしろい!

続・繊維製品業界のセーフガード申請について

■繊維製品業界がセーフガードを申請することについて健全な企業努力を罰する結果になるのではないかと論じたことについて、読者から反論を頂いた。反論の趣旨は次のとおり。繊維業界の平均従業員数は10名に満たず、零細企業がほとんどであり、「経営努力」におのずと限界がある。しかもここ数年で繊維業界の従業員数は20.3%も減少している。20.3%もの現象は明らかに緊急事態である。
また、欧米政府もあらゆる産業分野についてダンピング訴訟などの形で同じような輸入規制をしいているので、今回のセーフガードが国際的に見て特別なこととは言えない。ファーストリテイリングが本当に企業努力をするなら、高価な国内産原料でも同じ価格で消費者に衣料を提供できるはずだ。
以上のような反論の趣旨である。
まず、零細企業ゆえの企業努力の限界という点だが、ではトイザラスのせいでつぶれた町のおもちゃ屋さんや、HMVやTOWER RECORDSのせいでつぶれた町のレコード屋はなぜ保護されなかったのか。繊維製造業と玩具小売の違いは何なのだろうか。
また、繊維業界の雇用が20%減少したというのは、それだけの人が路頭に迷った、破産した、ということではない。繊維製造では生計が成り立たなくなったから、別の商売に鞍替えしたということだ。これがどうして繊維業界を保護しなければならない理由になるのか。
次に、今回の日本の措置が国際的に見て特別なこととは言えないというのは、制度として日本政府がセーフガードを発令しうるということの理由にはなるが、今回ぜひとも発動すべきだということの理由にはならない。
最後に、ファーストリテイリングの企業努力が本物と言えないという論点は単なる詭弁だ。すべての経営努力は「まだまだ努力が足りない」というのは当たり前ではないか。基本的に「努力」というものに限界などないのだから。例えば国内半導体メーカーが台湾に生産委託しているのは経営努力が足りない、国内の製造拠点で全量生産すべきだ、という詭弁も成り立つ。
よく考えてみよう。ここ数年間で20%も雇用が減少しているということは、日本の繊維業界を救わなければならないということの兆候ではなく、それだけの人が繊維製造をやめて商売替えしているのだから、日本がそろそろ繊維製造という産業から脱皮する(あるいは高付加価値品の生産に特化する)時期にさしかかっているという兆候なのだ。
だとすれば日本政府のすべきことは沈みかかった泥船に船頭を縛りつけることではなく、もっと儲かる商売に鞍替えしやすくする制度を定着させることだ。そうすれば例えば繊維業界の雇用が40%減少した時点で、国産繊維製品の需給が均衡し、残った国内繊維メーカーについては事業がちゃんと立ちゆくということにもなろう。

O・ヘンリー『賢者の贈り物』

■クリスマスにちなんで感動できるお話といえばO・ヘンリーの『賢者の贈り物』。このお話を一言で要約すると「君さえいれば何もいらない」ということだが、本当の意味でこのことを実感できる人は幸せだ。今年のクリスマス・イヴは、僕自身その数少ない幸せな人の一人である。

自分で笑いながら台本を作るコメディアンはたぶん面白くない

■自分で笑いながら台本を作るコメディアンはたぶん面白くない。人を笑わせることは難しい。楽屋裏では必死の形相で黙々とネタを考え、お客の前では面白おかしくしゃべりまくる。社内の情報システム部門が社内にシステム展開するときもまったく同じだ。作る側の作戦はウラの顔、使う側への説明はオモテの顔。のんびりした社風の企業なら、それ合わせてのんびりした展開をするのが望ましいが、その作戦までのんびり考えていたのでは話にならない。また、試行錯誤から最適解を発見するのが得意な企業なら、行きつ戻りつの展開が望ましいが、作戦を考える側までが試行錯誤していたのでは話にならない。コメディアンが「真剣に」ふざけなければ面白くないのと同じように、システムの展開・定着もただ社風に合わせてのんびりしたり、試行錯誤するのではなく、あくまでのんびりした「ふり」、試行錯誤の「ふり」をするのが作る側としての正しい取り組みだ。言いかえれば「戦略的に」のんびりする、「戦略的に」試行錯誤するということになる。作戦を作るウラの顔と、打って出るときのオモテの顔。このふたつを使い分けるのが、情報システムに限らず物事を推進していく側の正しい行動だが、そんな基本的なことさえ理解できていない人もいる。ウラ・オモテのない誠実さがつねに正しいとは限らない。誠意なき戦略は単なる暴力だが、戦略なき誠意は単なる無責任である。