月別アーカイブ: 2000年9月

近年の日本の労働市場

■近年の日本の労働市場は、新卒者の求人倍率は低調で、経験者の中途採用が活発という特色がある。つまり企業は社員を育てるコストを負担したくない、仕事に必要な知識や経験は外で学んできて欲しいと言っている。結果として大学に「実学」教育が求められる。社会人になってすぐに役立つ知識や技術は大学生のうちに学ばせろという企業側のエゴだ。その大学は学生たちに最低限の基礎学力さえないとこぼし、高校・中学でのカリキュラムの充実を求める。中学は学級崩壊でまともな授業もできない。それは親のしつけがなっていないからだと、家庭に責任転嫁する、などなど。日本の社会全体が「人を育てる」手間やコストから逃げようとしている。おまけに先進諸国の例に漏れず少子高齢化が進行している。長期的に活力のある社会になるかどうか、マクロ経済学的にはGDPがある程度の割合で成長し続けるかどうかは「人が育つ」かどうかにかかっている。

ユーロ安の評価がまっぷたつ

■NYタイムズと英『The Economist』でユーロ安について評価がまっぷたつに分かれている。英国はEU不参加組だから『The Economist』の方が酷評だろうと思ったら逆だった。今週の同誌はたしかに原油高を引き金にした欧州各地のトラック運転手たちによる抗議行動に対し、ガソリン税の減税を決めたフランス政府の腰抜けぶりを非難してはいる。しかしユーロ安そのものについてはきわめて建設的だ。
おそらく他方のNYタイムズが米国エコノミストたちの意見を代弁している。つまり「そらみたことか、ユーロなんて始める前から大失敗なんだよ」という意見だ。しかしNYタイムズの議論の大前提にあるのは「通貨はそもそも強くあるべきだ」という見解である。
『The Economist』誌はこの大前提そのものを疑問に付している。通貨が強いということよりもっと大事なことがあるのではないか?ユーロの登場によってEU参加国間のあらゆる経済障壁が低くなり、域内での市場競争が始まっている。英ボーダフォン社による独マンネスマンの買収が好例として挙げられている。それによって域内には効率的な商品・資本市場が広がりつつあり、欧州の経済はユーロのおかげで確実に成長しつつあるという論旨だ。
さらに円安が日本の輸出産業に有利であるように、ユーロ安は欧州域内の輸出産業にとっては追い風になる。現時点でユーロ安を欧州の凋落のように語るのは時期尚早だというわけだ。さすが『The Economist』。「通貨安=悪」という単純な発想にとらわれているNYタイムズの記者とは格が違う。むしろ要注意なのは原油高による米国のインフレ懸念だろう。

童謡『赤い靴』と麻布十番

■先日このページで童謡「赤い靴」は横浜よりむしろ麻布十番と深く関係していることにふれたが、歌のモデルである岩崎きみの銅像について書いてあるページを見つけた。ひとつは「DEEP AZABU」こちらのページ。岩崎きみが肺結核で夭逝したのは永坂教会孤児院とのこと。もう一つは森ビル株式会社のホームページにある「『元麻布一丁目』周辺ウォッチング」。こちらにもかんたんな解説がある。以上、ご参考までに。

童謡『赤い靴』の少女の実話

■オリンピックの英国の入場行進を見て思い出したのだが、広末涼子が出ている「はちみつ黒酢」のCFソング、「泣ぁ~きながぁ~らぁ~」ってやつは何回聞いてもエルガー作曲『威風堂々』に聞こえるのだが、そうなんだよね。
■先月横浜に遊びに行ったとき、横浜港めぐりの遊覧船「赤い靴」号が「マリーン・ルージュ」という名前に変わっていることに気づいた。ルージュはフランス語で「赤」を意味するのでそれと分かったのだが、そこで同行の人と童謡「赤い靴」は実話かどうかという話しになった。
今日何気なくみのもんたの昼の番組を見ていたら、どうやら明治44年の今日9月15日が赤い靴の少女、岩崎きみが9歳で夭逝した日らしいことがわかった。静岡県清水市に生まれた岩崎きみは、諸事情あって正式な結婚できなかった母親とともに逃げるように生地を離れて函館にわたった。そこで母親は北海道の開拓にたずさわっていた男性と結婚する。
極寒の開拓地に幼い子供を連れて行くわけにもいかず、二人はきみを函館の米国人宣教師夫妻に養子に出して留寿都村に入植。その入植事業も失敗に終わり、夫妻が札幌に移り住んだとき、当時新聞社に勤務していた野口雨情と出会う。
野口は夫妻から少女の話を聞き、異人さんに連れられて異国の地で幸福に暮らす少女のイメージをふくらませて「赤い靴」の詞を完成させた。少女を預かった宣教師夫妻は日本での任務を終えて帰国するため函館から上京。ところが長旅の途中で少女は肺結核を患い、夫妻は帰国予定を延期して港区の鳥居坂教会で少女の看病につとめた。
米国へわたる旅行にはとうてい耐えられないと診断され、宣教師夫妻はやむなく少女を麻布十番の孤児院に預けて帰国、少女は生みの母にも育ての母にも看取られないまま9歳で独りこの世を去った。それが明治44年の今日というわけだ。実の両親も宣教師夫妻も少女が夭逝したことは知らなかったという。
これらの事実が明らかになったのは、実の母親の妹が生前姉から聞いていた話を昭和48年に北海道の新聞社に投稿したところ、記者が興味を引かれて調査したその結果だという。ということで、実は童謡「赤い靴」のモデルとなった少女は横浜とは何の関係もなかったことになる。単に野口雨情のイマジネーションが少女と横浜を結びつけただけなのだ。むしろ僕が今住んでいる港区麻布の方がよほど少女と因縁の深い土地だ。麻布十番の孤児院跡には少女の銅像が立っているらしい。今度都バスで「一ノ橋」駅を通ったらバスを降りて探してみよう。

ニュースステーションで興味深いコメントがあった

■ニュースステーションで興味深いコメントがあった。今回の豪雨で浸水被害にあった愛知県の家屋に保険金が支払われるかどうか。とある損保の場合、火災保険ならゼロだが、1ランク上の総合保険なら床上45cm以上の浸水に限って支払われるとのこと。そこでコメンテーターは次のような意味のことを言った。「仮に保険金が支払われたとしても住める状態にもどすお金を全額まかなえるわけではないだろう。言い換えると一戸建を買う人は、家のローンを払いながら、万が一の補修費も自分でまかなえるだけの経済力が必要だろう」。家のローンだけで精一杯の収入しかない人はそもそも一戸建てを買う資格がないという意味だ。確かにこれこそ正常な金銭感覚であり、正常なリスク感覚だろう。ところが日本はきわめて持ち家&土地信仰が根強いので、無理してでも一戸建てを買うのが立派なことだと勘違いしている。家のローンに追い立てられるように働くのが常態になっている。もし子供の教育費だけなら日本の会社員はこれほど過酷な労働を甘受するだろうか。収入ギリギリのところで一戸建て信仰にすがりつくから、生活や気持ちの余裕がなくなるのではないか。とくに男性の会社員は「背負うものが多い」状態を男としての誇りのように語ることがあるが、それって単に適切なレベルを超えたリスクを背負ってしまっているだけじゃないのか。それって賢明なことなのだろうか。