月別アーカイブ: 2000年5月

中学時代のギター演奏録音

■ついにMDラジカセを購入。今ごろMDラジカセを買って喜んでいるなんて我ながら慎ましい生活だ。そこでカセットで持っているLED ZEPPELINなどの音楽資産をこの際すべてMDに落とすことを計画。カセットの山をあさっていたら高校二年生のとき文化祭で演奏したドヴォルザーク交響曲第9番『新世界より』第4楽章の生録テープが出てきた。オーケストラ譜から自分でクラシックギター用に編曲して演奏したのだ。まずはこのテープからMDに落とすことにした。
で、自分の危なっかしい演奏を懐かしく聴きながら、アンコールに演奏した坂本龍一作曲『ラスト・エンペラー』のテーマ(これも自分で編曲した)を聴き終わったとき、信じられないものが耳に飛び込んできた。おニャン子クラブ・国生さゆりのニッポン放送レギュラー番組『走れメロン』だ。
文化祭演奏当日の生録音用カセットテープは各自が自分で持ち込むことになっていて、たぶん高校生の僕は『走れメロン』の録音されているテープを持っていってしまったに違いない。一時は永渕剛のドラマで一流女優風を吹かせていた国生さゆりも今は安物のサスペンスドラマかバラエティー番組のリポーターでしか出てこなくなってしまったが、当時の僕はきっとファンだったに違いない。ちなみに『走れメロン』の後のラジオニュースにはレーガン大統領とゴルバチョフ書記長の会談が報じられていた。1988年のできごとである。
■区立図書館まで歩いて10分もかからないことが判明。これで書籍代がかなり浮きそう。さっそく仕事帰りに立ち寄って貸出カードを作り、ニクラス・ルーマン『社会の経済』、ジャック・デリダ『他者の言語』を借りた。この2冊でちゃんと充電しまっす!。

昼休みにサントリーホールの無料コンサート

■昨日の昼休みサントリーホールのパイプオルガン無料コンサートに行った。サントリーホールも本格的なパイプオルガンの生演奏を聴くのも初めて。演目はリスト作曲のコラール『アド・ノス、アド・サルタレム・ウンダム』による幻想曲とフーガ。個人的にはメロディーが高音部と低音部を往来するフーガの多声的な展開を堪能した。パイプオルガンはオーケストラのように多様な音の表情を見せる。もちろんシンフォニックな和声の響きも圧巻。昼休みの30分間、日常の世界から完全にトリップできた。今度はお金を払って交響曲でも聴きに行きたい。

クルーグマン教授のニューエコノミー批判

■日本の各種メディアではIT革命によって日本は不況から脱出できるというニューエコノミー論者がいまだに人気だ。しかしMITのクルーグマン教授はそんな楽観論をバッサリと切って捨てている。インターネットでマイクロソフト分割関連の記事を読んでいて『New York Times』紙に連載されている教授のコラムが無料のユーザ登録で読めることを知った。
2000/05/14に掲載された同紙のコラムで、題名も「Nihon Keizai Shambles」と日本経済新聞をもじった気の利いたものになっている。日本は大規模な財政出動によってどうにか全面的な不況からは逃れたが、こんなことを永久に続けられるわけはない。
教授は以前からインフレターゲットと日銀によるより攻撃的な金融政策(国債買い切りなど)の必要性を説いているが、このコラムでも日銀を批判している。日本政府の言う「自律的回復」は政策ではなく、単なる希望的観測にすぎないと手厳しい。
様々な経済指標はまだ不況を示しているのに「自律的回復」を言い続ける日本政府を、とある投資アナリストは『モンティ・パイソン・アンド・ホーリー・グレイル』の騎士に例えているらしい。手足を次々に切り落とされているのにまだ戦おうとしている騎士のようだ、というわけだ。
そして日本の楽観論者はまたまた新しい論拠を見つけだした。それがテクノロジーだというわけだ。教授のコラムは皮肉たっぷりにしめくくられている。今日も今日とて経済企画庁が昨年10~12月のGDP成長率を下方修正したが、教授の言うとおり、日本の不況はIT革命やさらなる規制緩和などといった構造改革どうこう以前に、単に金融政策上の技術的なミスなのではないかという気がしてくる。
その同じコラムで教授はマイクロソフト独禁法訴訟について、同社をOS会社とアプリ会社に水平分割するのは百害あって一利なしだと断じている。「Microsoft: What Next?」という2000/04/26のコラムだ
英『The Economist』誌は2000/05/20-26号でマイクロソフト分割問題を論じて、教授の「相補的独占」論を引用している。つまり現状のマイクロソフト社にはOSビジネスを壊滅させてしまわない程度に価格を下げておくというインセンティブが働いている。
しかし水平分割してしまうと、分割後の二社は少しでも譲歩すれば相手の利益になってしまうと分かっているだけに際限なく暴利を貪ろうとする。利幅を少なくしてWindowsの価格を下げれば、それだけMS-Office製品を普及させる基盤を広げ、MS-Officeの方は価格を下げなくても売れ続けることになる。
逆にMS-Office側が価格を下げれば、MS-OfficeのプラットフォームとしてWindowsの売れ行きを後押しすることになる。どちらの会社にとっても価格を下げることは自社の利幅は少なくなるのに相手の会社に儲けさせることになり、得なことは一つもない。
だから分割された二社は一社だったときの制約から解き放たれて、自社の利益を確保するためにそれぞれの分野での独占の力を利用して思う存分価格を釣り上げることになる。それでは消費者の利益にならないというので、教授は水平分割ではなく、垂直分割を支持している。
つまり、WindowsやOfficeを開発・販売する会社を複数つくるという案だ。そうしてお互いに競争が始まれば、各社は価格を下げたり、差別化によって複数の「Windows」が生まれたりすることになる。今日の新聞によればジャクソン判事も教授の議論に賛同しており、司法省の提出した水平二分割案について「独占会社を二社つくるだけだ」と批判的らしい。マイクロソフトの裁判引きのばし作戦も失敗したようなので、さまざまな「元Windows」OSが店頭に並ぶ日もそう遠くないかもしれない。

東京タワーの近くを歩きながらウォークマンを聴いているとビーンという雑音が入る

■東京タワーの近くを歩きながらウォークマンを聴いているとビーンという雑音が入る。おそらくタワーから出ている高出力の電波が原因だ。比較的低いPHSアンテナの近くを自動車が通過すると、カーステレオのCDプレーヤーが停止してしまうというトラブルがあると聞いたことがある。ウォークマンに雑音が入るくらいは問題ないが、僕の健康に影響はないのだろうか?
■個人的に2社の生命保険と契約している。転職に伴う変更手続で、三菱系の方は担当者が会社の総務部門と直接調整してくれるのでこちらはほとんど何もしなくて良かったのだが、住友系の方はこちらで総務に照会したり、移行期間の保険料を指定口座に振込んだりしなければならない。経営体力強化のためのコスト削減は結構だが、何か感じ悪い住友系。

千葉すずは生意気な発言をしたために五輪A標準記録を突破したにもかかわらず日本代表…

■千葉すずは生意気な発言をしたために五輪A標準記録を突破したにもかかわらず日本代表に選ばれなかったというわけではないようだ。他にもA標準記録を出したのに選考から漏れている選手がいる。問題は日本水連の選考基準が公表されていないことらしい。「密室での議論」。紋切り型だが、いくら言い古しても日本からなくならないということか。
■カサヴェテス『LOVE STREAM』(1984年アメリカ・141分)を観た。最高傑作を観ていなかったというのも変な話だがベルリン国際映画祭グランプリ作品。出演・脚本・監督の三役。役者としてのカサヴェテスを観たのも初めて。共演は彼のパートナー、ジーナ・ローランズ。すべての問題には答えがあると思っている人は必見。ときに哲学的なダイアログが秀逸。彼女演じる「姉」の心象風景は最後のもののみ広角レンズだった気がする。今『アメリカン・ビューティー』が家庭崩壊を描いてオスカー独占とか話題になっているらしいが、おそらく『LOVE STREAM』に描かれている家庭崩壊の残酷さと絶望感、その中に見いだされた希望の素晴らしさに比べれば屁でもないと思う。最近の日記に頻出するジョン・カサヴェテスって何者?と思っている人は、まず『刑事コロンボ』を思い出そう。あのTVシリーズで刑事コロンボ役のピーター・フォークという俳優。ヴェンダースの『ベルリン天使の詩』に天使役でも出演した彼はカサヴェテス映画の常連で、私生活でも親交があったとか。もしあなたが『刑事コロンボ』を知っていたのなら、カサヴェテスまでの道のりは近いぞ!
■秋葉原に行った。今晩のニュースショーでも取り上げられていたが、本当に「オタク」が多くてうんざりする。彼らの趣味について言うべき事は何もないが、もう少しまともな服装で歩いて欲しい。全身真っ黒とか、全身デニム、全身カーキはやめてくれ。長髪にバンダナも(革ジャン着てハーレーに乗るならまだいいけど)。洋服に金をかけたくないならユニクロでコーディネートすればいい。ところで、中古CD屋を見つけたので珍しくPOP&ROCK系を3枚まとめて購入。THE BUGGLES『THE AGE OF PLASTIC』(1979)、oasis『Definitely Maybe』(1994)、NIRVANA『NEVERMIND』(1991)。THE BUGGLESはVideo Killed the Radio Star以外に聴くべきものはないような気がした。初めて聴くoasis。フツーすぎるrock(悪いという意味ではない)なのだが、どうしてカリスマ的な人気があったのか?おそらく90年代にこれだけ典型的なrockをやる気になったバンドが他にいなかっただけのことでは?ニチャニチャした歌い方はモノマネのネタになるかも。3枚目のNIRVANAは以前からずっと聴きたかった一枚。個人的にはoasisよりこちらの方が良い。よりradicalだから。詞は残念ながら聞き取れません。