月別アーカイブ: 1998年4月

名古屋・栄にやっと無印良品が誕生

■名古屋の繁華街・栄に、やっとのことで「無印良品」ができた。かなり大きな店舗で、自転車から歯ブラシまで生活用品はだいたい手に入る。値段も手ごろで、ついついチノパンとTシャツを買ってしまった。チノパンを選ぶとき、ウエスト73か76かでかなり迷ったが、ひょっとしたら入らないかも...と思いながらも73を買った。家に帰ってはいてみたらバッチリ。われながら28歳の誕生日を間近に控えて、まったく中年太りの兆候を見せないスレンダー・ボディーに満足。

過剰な「現場主義」の弊害

■ニュース番組で自民党の白髪の代議士が、従来型の土木中心の公共事業を記者に詰問され、憤慨した口調で言い返した。「あんたらは分かってない」。田舎にはまだまだ道路や橋が必要であり、それが国家の経済にも益するというわけだ。
最近、「企業における過剰な現場主義の弊害」について考えていたのだが、この代議士と、過剰な現場主義を標榜する経営者は、とてもよく似ている。現場コンプレックスと地方コンプレックスはよてもよく似ている。現場主義の経営者は元現場担当者であり、出世の階梯をのぼりつめた引け目もあって現場を持ち上げる。地方出身の代議士は飽くまで「善意」から地方に公共投資をバラまく。「善意」や「敬意」を褒めるのはたやすいが、それらは必ずしも正しいとは限らない。

英会話研修が今の生活で最も有意義な会話

■会社の研修で受講させてもらっている英会話の授業が、僕にとって1週間のうちでいちばん「実のある」会話ができる時間だ。先週は環境問題にからめて moral apathy の問題を(英語で)議論した。それに比べて、たまに同じ職場の人たちと飲みに行ったときの恐ろしく下らない話よ。分かりきったことを繰り言のように。自宅はどこだの、野球はどこのファンだの、家族の話だの、小市民的幸福の相互確認以外に話すことはないのだろうか?理解に苦しむ。

ドリアン助川『正義のラジオ』で「教師の性暴力」

■昨夜、久々にドリアン助川の「正義のラジオ」を聞いた。テーマは「教師の性暴力」。じっさいに被害にあっている女子高生2人が、電話で出演。ドリアン助川氏はその理不尽さに怒りを表現。全国からも(やられるあんたが悪いという一部のバカを除いて)励ましの電話やFAX。来週もこのテーマで行こう!
これはおかしい。そう思いません?性暴力の被害者である彼女たちに必要なのは、訴訟に持ち込んで加害者を有罪にするための実際的なノウハウでしょ?いくらドリアン助川が義憤を表現したところで、何になるの?もしこのページを読んでいる方で、自分も性暴力の被害にあってるという方は、別項で紹介した『御直披』という本を買ってください。巻末に各都道府県の警察署にある相談窓口一覧がのってます。また、この本そのものが告発から訴訟にいたる一連のプロセスの入門書になってます。

名古屋矢場町のドトール、サービス低下

■名古屋の中心街・矢場町に新しくドトール・コーヒーがオープンし、格好の読書スポットになったと喜んでいたが、客が入りだすと手のひらをかえしたようにサービスが悪くなった。210円のアイスティーをたのんだら、紙コップで出てきたのだ。紙コップですよ!あのカップベンダーと同じ大きさの。その辺のカップベンダーなら100円で買える紅茶を、210円で出すとは。経費削減もいいけど、ドトールも落ちたもんだ。
■名古屋人が電車の乗り方を知らないと思っているのは、僕だけではないことがだんだんはっきりしてきた。では、ここでもう一つの問題提起。名古屋で横断歩道を歩いていて、右折車に「殺意」を感じるのは、僕だけだろうか?名古屋のドライバーは、とくに住宅地の狭い道の場合、歩行者をゴミくらいにしか思っていないような気がする。横断歩道を思わずかけ足で渡ってしまうほど、横断歩道に突っ込んでくる車にスピードが残っているのだ。