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続・「鬼束ちひろ」の過去の虚像から最も不自由なのは誰か

昨日、鬼束ちひろと彼女の過去の虚像について書いた。
ツイッターのフォロワーさんからコメントがあり、本人はそれほど深く考えていないのではないか、タトゥーもそんな意味で入れたのではないだろう、というご意見をいただいた。
もちろん、僕は大きなお世話であることを承知で書いており、鬼束ちひろ自身が何を考えているのかは本人にしかわからない。
ただ、鬼束ちひろがインタビューされるたびに同じ答えが返ってくることがらについて、本人がそれほど深く考えていないとするのは、やや不自然だと思う。
僕が書きたかったのは、単なる個人的な仮説だが、鬼束ちひろは自分にウソをついているかもしれないということだ。「意地を張っている」とでも言えばいいのか。
もしこの仮説があたっているとすれば、鬼束ちひろは、今のところ実体あるものを失わずに済んでいるが、これから失う可能性があるということだ。
大きなお世話であることを承知で説明をつづける。
彼女は今月発売の『TATTOO BURST』の松田美由紀との対談でも、過去の虚像は本当の自分ではなかったと語っている。エッセー『月の破片』にも同じことが書かれている。
そして『TATTOO BURST』の対談では、過去とイメージが変わったことで、世間にあれこれ言われることにはもう慣れた、と語っている。「初めから気にしていない」のではなく、「もう慣れた」のだ。
また鬼束ちひろは、いまの自分の音楽は聴きたい人が聴いてくれればいいと語っている。『BARFOUT!』201号のインタビューでも、ニコニコ生放送の『包丁の上でUTATANETS』でもくり返し語っている。
鬼束ちひろが、初めから自分の聴衆の人数について意識していないなら、このようなことを違う場所でくり返し語る必要はない。
過去の虚像と印象が変わったことで世間からいろいろ言われることを「もう慣れた」と言い、自分の聴衆の人数について「聴きたくなければ聴かなくていい」と言う。
あえて語る必要のないことを語ることで、鬼束ちひろはその言葉以上のことを語っている。
それは「本当は慣れるのに時間がかかった」ということであり、「本当は聴衆の人数を気にしている」ということだ。
ところで今月の『BARFOUT!』には、平野綾の新譜についてのインタビュー記事も掲載されている。
個人的に平野綾には興味が無い。ただ、彼女はこの記事で、ニューアルバムでこれまでと違うイメージの打ち出しをするにあたり、今までのファンにも違和感がないように注意した、と語っている。
平野綾が鬼束ちひろのように「聴きたくなければ聴かなくていい」と言い切れないのは、鬼束ちひろのような突出した実績も才能もないからだ。
ただ、もし鬼束ちひろが今のスタイルでデビューしていたら、今の鬼束ちひろの地位は存在しなかっただろう。才能があっても、認知されるきっかけがなければ、才能は埋もれる。広く認知されるには、虚像を作り上げ、既存の社会の価値観に媚びるしかない。
それをいちばん分かっているのは、鬼束ちひろ自身のはずだ。
鬼束ちひろは、現実に多くの聴き手を失いつつある。オリジナルアルバムの累計売上を見てみる。初動ではなく累計だ。
『LAS VEGAS』(2007/10/31発売) 46,659枚
『DOROTHY』(2009/10/28発売) 23,027枚
『剣と楓』(2011/04/20発売) 11,167枚
ちなみに、サブカル歌手・声優である平野綾の直近のオリジナルアルバムの累計売上を見てみる。
『スピード☆スター』(2009/11/18発売) 29,674枚
鬼束ちひろはこの4年間、アルバムを出すごとに聴衆が半減している。言葉どおり、いまだに虚像を追い求めている聴衆を切り捨てることに成功している。
今のところ彼女の音楽は、ほぼ日本国内にしか届いていない。日本より保守的なアジア圏の聴衆は、ほぼいなくなっただろう。(『LAS VEGAS』は正規の台湾版が発売された)
『BARFOUT!』のインタビューで彼女は、ロスやニューヨークはとても気に入っているが、英語によるコミュニケーションは不得意だと、正直に語っている。彼女の英会話力が、たとえば関根麻里のようなレベルにないことは明らかだ。
30代の彼女がこれから欧米の音楽シーンで高い知名度を獲得することはまず不可能だろう。
鬼束ちひろ(1980年生)は洋楽のフォロワーであって、ジャズ・ピアニスト上原ひろみ(1979年生)のように、欧米でも独自の個性を打ち出せるアーティストとは言いがたい。
『LAS VEGAS』で復帰した後の鬼束ちひろの状況を全体として見れば、すでに多くの聴き手を失いつつ、なおも聴き手を選別しつづける、突出した才能をもつアーティストということになる。
過去の虚像を失っても、鬼束ちひろは実体のあるものを何も失わない。しかし、過去の虚像をまるで実体があるもののように、過度に否定することで、過去の虚像を追い求めていた聴衆という、実体のあるものを鬼束ちひろは失いつつある。
これは究極的には、聴衆のいないアーティストが成立するか?ということだ。
なお、鬼束ちひろの虚像が歌ったオリジナル・アルバムの聴衆は以下のような規模だった。
『インソムニア』(2001/03/07発売) 1,344,726枚
『This Armor』(2002/03/06発売) 510,368枚
『Sugar High』(2002/12/11発売) 294,952枚
これだけ多くの聴衆という実体あるものを失うことと、作られた虚像という実体のないものを捨て去ることは、はたして釣り合うのだろうか。
僕には、実体のない虚像を捨て去る代償として彼女が失った実体のあるものが、あまりに大きすぎるように思えるのだ。もう少しうまい、現実の聴衆との折り合いのつけ方はないのだろうか。
うん。まったく大きなお世話だ。
大きなお世話だけれど、『剣と楓』のような素晴らしいアルバムが、たかが彼女のエキセントリックな外見ごときもののために、まだ鬼束ちひろを知らない新しい聴衆から見向きもされないのだとすれば、あまりに悲しいことではないか。
自分で新たな虚像を作ってでも、世間に媚びてでも、届けるべき自分の作品を新たな聴衆にも以前からの聴衆にも届けるほうが、アーティストとして賢明な選択とは言えないか。
鬼束ちひろは自分のファッションを貫くことと、自分の作品をより多くの聴衆にとどけることの両立に、いまのところ失敗している。なぜ聴衆を獲得するのに失敗する道の方をわざわざ選ぶのか、凡人の僕にはまったく理解できない。

「鬼束ちひろ」の過去の虚像から最も不自由なのは誰か

今月発売の『BARFOUT!』巻末に鬼束ちひろのニューカバーアルバム『FAMOUS MICROPHONE』についてのインタビュー記事が掲載されている。
先日このブログで、鬼束ちひろの言う「王道」はもはら無数の「サブカルチャー」の一つでしかなく、現代に「王道」と呼べる「メインカルチャー」はいかなるかたちでも存在しえない、と書いた。

それを証明するかのように、彼女の今回のカバーアルバムを大々的にインタビューでフィーチャーしている雑誌は、れっきとしたサブカルチャー誌である『BARFOUT!』のみ。
同じ201号には、平野綾、May’n、カジヒデキまで登場する。そういう『BARFOUT!』がサブカル誌ではなく、「王道」のメインカルチャー誌だと言いはるのは詭弁だ。
まして同じく5月発売の「本邦初のタトゥー専門情報誌」『TATTOO BURST』の巻頭を、女優であり写真家でもある松田美由紀の撮影・インタビューによる鬼束ちひろの記事が飾っている。
「本邦初のタトゥー専門情報誌」も絶対に「王道」のメインカルチャー誌とは言えない。出版社はボーイズラブから、グラビア誌や、いわゆる「実話」誌まで、さまざまな筋金入りサブカルチャー誌を出版しているコアマガジン社だ。
『BARFOUT!』のインタビューで、鬼束ちひろが『FAMOUS MICROPHONE』に寄せたことば「批判するわけではないけれど、/サブ・カルチャーが流行りとされている/この世間で、王道を行く。/私、鬼束ちひろはいつの時でも/そういう歌を歌い、そういう歌のように/生きています。」について、彼女は同じ趣旨のことをくりかえしている。
そして立派なサブカル誌である『BARFOUT!』の編集長・山崎二郎氏は「耳が痛い」と謙遜している。
鬼束ちひろは、その聞き手としての編集長の謙遜に、気づかないフリをしているのか、本気で自分が「王道」であるメインカルチャーを歩んでいると信じているのか、僕には分からない。
しかし、本物のタトゥーを入れるということは、少なくとも日本ではいかなる意味でもメインカルチャーとは言えない。
僕はタトゥーを入れる行為そのものが悪だと言いたいのではない。タトゥーを入れるのは完全に個人の自由で、誰にもそれを止める権利はない。
しかし、タトゥーを入れるというやや特殊な行為だけでなく、たとえば僕らが単にいつものように朝食をとるとか、休日に友だちに船を出してもらって釣りに出るとか、量販店で50インチの液晶テレビを買うとか、そうしたすべての行為は、自分自身だけで完結せず、必ず何らかの社会的な意味を否応なく帯びてしまう。
僕らの食べる朝食の食パンが、代官山で買った一斤350円のものか、100円ショップで買った105円のものか。牛乳が高温殺菌されたものだとすれば、なぜ低温殺菌の牛乳が手に入りにくくなったのか。
休日に友だちに船を出してもらう、その船を運転している友だちが、なぜ船舶免許をとることができたのか。
量販店で買った50インチの液晶テレビは、国産か、韓国産か、それ以外の国のメーカーのものか、そしてじっさいにどこで生産されたものか。そもそもなぜ19インチではなく、50インチでなくてはならないのか。
そうしたことはすべて、自分と社会との関係において、かならず何らかの原因を持ち、帰結をもたらす。
原因とよべるほど因果関係がはっきりしなくても、僕らの日常の一挙手一投足は、それに先立つ社会と自分との相互作用がある。「考えるのが面倒だったので、ただ何となく」という理由もふくめて。
そして、僕らの地上の一挙手一投足は、その後に起こる社会と自分との相互作用を必ずともなう。社会に何の反応も起こさなかった、という作用もふくめて。
タトゥーを入れるという行為には、とても残念ではあるけれども、現代の日本社会では行動が否応なしに狭められるという結果を生む。
たとえ社会の不寛容の側に非があると文句を言ったところで、現実として認めざるを得ない帰結だ。社会通念はたった一人の人間に、かんたんに変えられるようなものではない。
大阪市の職員も、職員である前に一人の市民であり、タトゥーを入れるのは完全に個人の自由だ。ただ、橋下という人物が市長である事実をかんたんに変えることはできない。変えるのであれば、それなりの戦略や狡猾さが必要だ。
それを持ち合わせていないなら、より寛容なコミュニティーに移住するか、社会の寛容さを獲得するための「運動」をするしかない。
残念ではあるけれども、まことに残念ではあるけれども、いまの日本社会で体のあちこちにタトゥーのある女性歌手が「王道」を歩むことはできない。
くり返しになるが、そういう日本社会の不寛容を恨むなら、その社会を変えるよう努力をしなければならない。
ただ「自分は王道を行くアーティストだ」と宣言するだけでは、単に、自分しか見えておらず、社会が見えていない人物という評価をうけるだけだ。
あるいは、「自分はかつて王道だったサブカルチャーを生きるアーティストだ」と、正直に宣言するのがよい。
鬼束ちひろが『月光』でスターダムにのし上がって、その後再起を果たすまでに失ったものは、作り上げられた虚構としての「鬼束ちひろ」の名声だ。
鬼束ちひろがよく言う「Aラインの洋服ばかり着せられて『清楚』なイメージをつくられた虚像」としての「鬼束ちひろ」は、まさに彼女の言うとおり、単なる虚像である。
鬼束ちひろは彼女自身の個性を失ったわけではない。実体のあるものを失ったわけではなく、単に他人の作った虚像を失っただけである。
つまり彼女自身は、実は何一つ失っていないのだ。逆に、彼女自身を取り戻したのである。
にもかかわらず、鬼束ちひろは、いまだに自分自身が何か実体のあるものを失い、それを取り返すために何かをしなければならないと、誤って思いこんでいる。
例えば、彼女がもともと、デビュー時に作られた虚像とは無関係な仕方で音楽を愛していたのなら、歌うためのエネルギーの通り道として、自分の体に新たなものを付け足す必要はまったくないはずである。
なのに彼女は、そのために左腕にタトゥーが必要だったと、いまだに語りつづけている。
結局のところ、他人が作り上げた虚像を、いまだに実体のあるものだったと、もっとも強く信じ続けているのは、鬼束ちひろ自身ではないのか。
いまだに『月光』ころのイメージを、鬼束ちひろの実体だと勘違いしている人々とまったく同じように、鬼束ちひろ自身もその虚構を実体だといまだに信じて、それが「失われた」という喪失感を抱いている。
喪失感がないのであれば、鬼束ちひろはただデビュー前の自分にもどれば十分であって、そこに何かを付け足す必要はないはずだからだ。
僕が今の鬼束ちひろについて、よく理解できないのはこの点なのである。
単にデビュー前の彼女にもどって、彼女の原点であるさまざまな洋楽を歌い、それらにインスピレーションを得た曲を作ればよい。彼女がなすべきことは、きわめてシンプルであるはずだ。
それを、なぜわざわざ日本の多くの聴衆に嫌悪されるような、余計な装飾、つまりエキセントリックなファッションやアイメイク、タトゥーのようなものを、意図的に付け加える必要があるのだろうか。
あるいは彼女はやはり真面目すぎるのかもしれない。
虚像であっても、それがいったん聴衆に受け入れられれば、それを実体として甘受するのがアーティストである。
真面目な鬼束ちひろはそう考えてしまうからこそ、かつての「鬼束ちひろ」を実体とみなして、それをふり払うために余分な力をふりしぼらなければならないのかもしれない。
でも、自分が過去の虚像に縛られていることを、エキセントリックなファッションやアイメイク、タトゥーのような「目に見えるもの」で、わざわざ今の聴衆に見せる必要はないだろう。
例えば今回のカバーアルバム『FAMOUS MICROPHONE』で、初めて鬼束ちひろというアーティストに出会う若者もいるかもしれないではないか。
そういう若者が目にする鬼束ちひろが、過去の虚像からの離脱しようともがいているアーティストである必要はまったくない。ありのままに、そこで歌っているアーティストであればよい。
過去の「鬼束ちひろ」という虚像にいちばんこだわっているのは、昔からの鬼束ちひろファンでもなく、これから鬼束ちひろと出会うかもしれない若者でもなく、ほかならぬ鬼束ちひろ自身のような気がするのだ。

鬼束ちひろの着地点はあるか?

今回は、鬼束ちひろの着地点について書いてみたい。
2012/05/30に鬼束ちひろによる洋楽カバーアルバム『FAMOUS MICROPHONE』が発売される。その発売に彼女は以下のようなコメントを寄せている。

このアルバムには、タイトルのとおり、「有名なマイク」が収められています。批判するわけではないけれど、サブ・カルチャーが流行りとされているこの世間で、王道を行く。私、鬼束ちひろはいつの時でもそういう歌を歌い、そういう歌のように生きています。

このコメントの「王道」は「サブ・カルチャー」に対するメイン・カルチャーと理解していいだろう。鬼束ちひろは、自分があくまで「王道」であるメイン・カルチャー側のアーティストだと語っている。
しかし現代に「王道」と言えるメイン・カルチャーはもはや存在しない。無数の「サブ・カルチャー」どうしが横並びで存在しているだけだ。
おそらく鬼束ちひろが想定する「王道」とは、西洋の、それも主に英国と米国のポップカルチャーのことで、そこには典型的にはディズニーやハリウッド映画が中心的な位置を占める。また『SEX AND THE CITY』や『LOST』などの米国のTVドラマも含まれるだろう。

日本国内の具体的な場所で言えば、次のようなものになるだろう。
ディズニー・ランドやユニバーサル・スタジオのようなテーマパーク。costcoのような会員制ホールセール・ストア。マクドナルドやバーガー・キングのようなファストフード店。米国資本の映画会社が経営するシネマコンプレックス。スターバックスのようなカフェ、などなど。
これら米国文化は、確かに1980年代後半くらいまでは、日本国内のポップカルチャーの「王道」だったかもしれない。
映画で言えば、米国ハリウッドだけでなく、英国発の『007』シリーズも日本国内で高い興行収入をあげていた時代までである(ちなみに僕は小学生のころ『007』シリーズの大ファンだった)。
しかし、1990年代以降、英米発の映画、音楽、TVドラマなどは、1980年代以前にこれら英米系のポップカルチャーで育った人たちの懐古趣味、「かつての王道」になってしまう。
映画では水野晴郎(1931年生)が語るハリウッド映画の魅力、音楽では小林克也(1941年生)が語る1980年代以降のビルボード・チャートが、「かつての王道」だった英米系ポップカルチャーの代弁者だ。
「王道」は懐古趣味になった途端、「王道」ではなくサブ・カルチャーになる。
マドンナなどの例外は存在するにしても、シンディ・ローパーなど1980年代以前のビルボード・チャートをいろどったアーティストは、もはや現役で生き生きと活躍する存在ではない。
ニルヴァーナなどのオルタナ以降のロック全般、ポップスのなかでもレディー・ガガなどに至っては、明らかに限られた聴衆にしか受け入れられない「サブカルチャー」のアイコンであることは明らかだ。
その最大の理由は、1990年代以降、音楽では日本国内で英米系のポップスとは違うJ-POPの巨大な市場が成立し、国内需要だけで成立するアーティストが無数に生まれたことにある。
1980年代までの日本の音楽シーンは、1970年代以前から活躍をつづけるフォークやニューミュージック系のアーティストと、国民的アイドルと、国民的演歌歌手が支配していた。
しかし1990年代以降は、それらのどこにも属さない「アーティスト」として、さまざまなソロ歌手やバンドが次々にミリオンヒットを出す時代になった。Mr. Children、ドリカム、浜崎あゆみ、ZARDなどなど。
J-POPというジャンルの登場で、ビルボードのヒットチャートに代表される英米系ポップスやロックを聴かない層が生まれ、英米系の音楽全体がサブカルチャー・シーンに後退した。
映画にも同じことがいえる。
それまで主にハリウッド映画と、巨額の予算と広告費を投じた角川映画を典型とする国内映画作品の、ほぼ二種類しかなかった映画に、二つの新しい流れが生まれた。
一つはミニシアターで上映される英米以外の国の外国映画作品。
もう一つは周防正行(1956年生)や矢口史靖(1967年生)などを典型とする、角川の手法を小ぶりにしたような、TVドラマとも連動したメディアミックス展開をする国内映画作品が多数製作されるようになったこと、である。
メディアミックス展開する国内映画には、アニメ作品も含まれる。
スタジオ・ジブリ作品はもちろんのこと、1980年代から劇場版が作られた『ドラえもん』をはじめ、『クレヨンしんちゃん』や『セーラームーン』など、1990年代以降、劇場版が制作されるTVアニメシリーズが増えている。
ハリウッド映画が「王道」たりえた時代は、日本各地の繁華街にある巨大スクリーンに、その時期の主要作品がドカンと上映される、というパターンだった。だからこそ英米系の映画が「王道」たりえたとも言える。
しかしミニシアターの登場や、シネマコンプレックスの普及によって、ハリウッド作品は、小さなスクリーンで上映される無数の作品のうちの一つに過ぎなくなる。
このように、音楽にしても映画にしても、かつてメインカルチャーだった英米系のポップカルチャーは、今ではすっかり多数の選択肢のうちの一つになってしまった。
日本のポップカルチャーだけでなく、韓国発のポップカルチャーなども含めた選択肢の中の一つにすぎない。
多くの選択肢の一つにすぎなくなった英米系のポップカルチャーは、もはや「王道」とは呼べない。
鬼束ちひろの『FAMOUS MICROPHONE』の収録曲を見ても、明らかに今となってはサブカルチャーとなってしまった、かつての「王道」以外のなにものでもない。
そもそも現代のポップカルチャーに「王道」という中心は存在しない。当然といえば当然だ。
問題は、鬼束ちひろが「王道」が現代にも実在すると信じていることにある。
無数のサブカルチャーの島宇宙が、横ならびで存在する現代に、もはや「王道」など存在しないのに、支配的な「王道」(=「王」とはまさに支配者なわけだが)が存在すると誤解していることが問題なのだ。
それは、鬼束ちひろ自身の最近のファッションが、「王道」の自己否定であることからもわかる。エキセントリックな洋服や体中のタトゥーは、「王道」ではなく完全にサブカルチャーだ。
ウソでも「王道」を標榜するなら、鬼束ちひろのファッションは、少なくとも最近のシンディー・ローパー程度には物わかりのいいもののはずである。
もちろん、僕は鬼束ちひろの今のファッションがダメだと言いたいのではない。徹底してサブカルチャーを追求するのは、鬼束ちひろの自由だ。
しかし、実際にはサブカルチャーであるものを、「王道」だと言い張って、自分自身や潜在的なリスナーたちにウソをつくのはやめた方がいい。
自分が正しいと思って選択したものに、いちいち「サブカルチャー」ではなく「王道」だなどと語り、まるで外部の権威を借りて理由づけをするようなやり方は、いさぎよくない。
なぜシンプルに「私の大好きな曲たち」と言い切らないのだろうか。
わざわざ、まるでそれが今なお「王道」として世界を支配していると言いたげに「FAMOUS」という形容詞をつける必要があるのか。
そこに、いまだに残る鬼束ちひろの屈折があると思う。もちろん屈折があること自体、悪いことではないが、屈折がある限り、鬼束ちひろが今の音楽シーンにうまく着地できる場所は存在しないだろう。

鬼束ちひろの10年ぶりのライブ参加報告

鬼束ちひろ10年ぶりのライブに行ってきた。
神戸、名古屋、東京の3公演のうち、最終回、2011/12/17東京国際フォーラムホールAの公演。正式なタイトルは『鬼束ちひろ CONCERT TOUR 2011 「HOTEL MURDERESS OF ARIZONA ACOUSTIC SHOW」』。
なお、今回のライブを収録するDVDはこの東京公演の模様なので、ご興味のある方はDVDをご覧いただきたい。

鬼束ちひろの過去のライブはDVDでしか観たことがなく、実際に参加したのは初めてだ。
2011/07/24北海道での夏フェス「JOIN ALIVE」に出演したときは、エキセントリックな歌唱の模様がネットニュースで伝えられたり、その後のニコニコ生放送のレギュラー番組でのぶっ飛び具合が、ナインティナインのオールナイトニッポンでも話題になったり、正直どんなライブになるか心配だった。
先行予約で入手したチケットは二階席だったが、直前にミクシィで一階席10列目という良席を定価でお譲りいただき、やや舞台下手よりだったが、ほぼベストな位置で観ることができた。
公演時間は1時間半とコンパクト。伴奏は彼女の『DOROTHY』のプロデューサーでもある坂本昌之氏のピアノ演奏のみ。
以前ここで取り上げた彼女の自伝エッセイ『月の破片』にもあったように、ライブの舞台は彼女がパニック障害を発症した場所でもあり、10年ぶりのライブがこれだけコンパクトでシンプルだったのは、慣らし運転ということだろう。
慣らし運転のためにプロのアーティストが6,500円もとるなよ、という意見もありそうだが、彼女のファンはライブの対価としてではなく、彼女が音楽活動を続けるための投資としてチケットやグッズを購入しているのだから、外野はとやかく言う必要はない。

ちなみにこのあたりは、ローレンス・レッシグの『Free Culture』や、岡田斗司夫と福井健策の対談本『なんでコンテンツにカネを払うのさ? デジタル時代のぼくらの著作権入門』を参照のこと。
開演前、東京国際フォーラムホールAは、フランツ・リストの『ラ・カンパネラ』がリピートされていた。(ピアノソナタやショパンの夜想曲ではないのでご注意を)
会場が暗転し、最小限の照明の中、坂本昌之氏の前奏が静かに始まると、舞台前方の大きなアートフラワーっぽいオブジェの後ろ、おそらく床にすわってスタンバイしていた鬼束ちひろが、客席に背を向けたまま、ゆっくりと立ち上がる。
その衣装は意外にも光沢のある翡翠色のロングドレス。裾の長さはアンコール前の退場のときに初めて分かったが、彼女の背丈と同じくらい床に伸びていた。
七分袖の肩は高くふくらみ、両方の袖口から三日月のような形の飾り布が垂れ下がっている。デコルテは四角く開いていて、胸ぐりの縁にきらきらと輝く丸ボタンが等間隔で付けられていた。
背中の中央、縦のラインにも同じ丸ボタンが、胸ぐりより密な間隔でならんでいて、髪は腰までとどきそうな長い黒髪。メイクは高貴なロングドレスにほどよくつり合っている。
異界の王女とでも形容したい、美しくも妖しい姿に、まったく不意を突かれてしまった。
セットリストは他のファンの方がブログに書かれているので、ここには書かない。
一曲歌い終わるたびに、ロングドレスのひざのあたりを両手で少し持ち上げ、上手、中央、下手の順に、客席に向かって微笑み、ちょこんと腰を落としてお辞儀をする。まるで貴族の舞踏会で、婦人たちがそうするとされているように。
開演してから数曲、静まり返った客席は、ただ彼女の歌に聴き入っていた。
3曲目あたりだったか、さすがに彼女自身、少し居心地が悪くなったのか、背を向けて次の曲の準備をしながら「何か言ってよ」とマイクにつぶやいた。それ以降は曲間にファンから声がかかるようになった。
ややリズムのはっきりした曲では、前奏や間奏の部分でドレスを持ち上げて回るように踊ったが、多くの曲では、マイクを持たない左腕の表現が印象に残った。過去のライブ映像で見るような、力強く大きな動きではなく、指先までたおやかで、目の前にある透明でこわれそうなものに、そっと触れるような動きだ。
歌唱については他のファンの方がブログに書いているように、声量を抑える部分で音程がやや不安定だった感は否めない。一方、サビなど声量が大きくなる部分は、声の伸びも表現力はすばらしい。
ただ、『蛍』の間奏直後のサビのリフレインにはハッとさせられた。ささやくようなファルセットは鳥肌が立つほど透明感があり、美しく響いた。
そして舞台前方のオブジェは、見間違いなら鬼束ちひろ本人に申し訳ないが、歌詞が表示されるモニターを客席から隠す役割もしていたと思う。歌唱の途中、ときどき彼女はそのモニターがあると思われる方向に視線を落としていた。
プロの歌手なら自分で作詞・作曲した歌の歌詞ぐらい丸暗記しろよ、と言いたくなるかもしれない。しかし、これはあくまで僕の勝手な推測だが、ベンゾジアゼピン系睡眠薬か安定剤を長期服用していることによる、記憶力の低下のせいではないか。
彼女の自伝エッセイ『月の破片』を読めば、彼女が『月光』でブレイクした後の最も多忙な頃から今にいたるまで、不眠症に悩まされていることがわかる。なので、10年近く、何らかの睡眠薬か安定剤を服用し続けているはずだが、彼女はパニック障害の診断もあるので、ベンゾジアゼピン系の薬のはずだ。
僕自身、ベンゾジアゼピン系安定剤を10年以上服用しているが、加齢による記憶力の低下より速いペースで記憶力が落ちていると実感している。認知能力には全く問題ないし、日常生活に支障をきたすレベルではない。
だが、ただでさえ過剰な緊張症の彼女が、リラックスできないライブの舞台の上で、カンペなしで歌詞を完璧に歌うのは、まず無理だと思う。舞台に上がる前に緊張をほぐすために、安定剤を服用しているかもしれないし。
誰にも「持病」というのはあるので、歌手にとっては客観的にはプロ意識を疑われるかもしれないが、そのあたりは多めに見るべきではないかと個人的には思う。
最後の『Beautiful Fighter』は、坂本昌之氏のピアノ伴奏はサブで、鬼束ちひろ自身のギターの弾き語りだったが、ギターの腕は確実に上がっている。右手のカッティングはグルーヴ感を出すには程遠いけれど、左手のコードの間違いはほとんどなかった。
彼女は気まぐれだけれど、根が真面目という印象があるので、ギターだけでなく、ヴォーカルの方も本調子にもっていくべく意識的にトレーニングを続ければ、全体のパフォーマンス・レベルは確実に上がるはずだ。
曲間のMCで観客との掛け合いがあり、舞台と客席の距離が近いと感じたのも、アンコールでスタンドマイクを舞台中央に持ってきたのが、鬼束ちひろの実の妹さんだったのも、ライブの舞台をパニック障害を発症したときのような場にしないための、彼女なりの工夫かもしれない。
今回のライブで「致命的」な失敗をしないための彼女の神経のつかい方は、はたから見ている以上に実は大変だったに違いない。
『Sweet Rosemary』の歌詞じゃないけれど、人生は長いのだろう、彼女がアーティストとして活動する時間もまだまだ長いのだろう。今回のライブはそのリスタートの第一歩にすぎない、と考えるべきだろう。

JOIN ALIVEの鬼束ちひろを又聞きでレビュー

鬼束ちひろが、2011/07/24の「JOIN ALIVE 2011」(北海道・岩見沢)のステージで3年ぶりにライブをしたが、その様子がかなりブッ飛んでいたらしい。
こちら「豆柴・楓パパ」さんのTwitterを参照。
また「Listen.jp」の下記の記事を参照のこと。
『夏フェス会場騒然、鬼束ちひろ“クレオパトラ姿”でタンバリンを叩きつけ熱唱』(2011/07/25 Listen.jp)
以下、「豆柴・楓パパさん」の関連ツイートを引用させて頂きつつ、5月に彼女の渋谷の個展会場で、鬼束ちひろ本人に会って、小一時間、ファンの皆さんと雑談したときの彼女の様子をふまえて、コメントしたい。
その時の様子は、この「愛と苦悩の日記」の「鬼束ちひろにキスマークをつけられた件」(2011/05/14)に書いた。
なお「豆柴・楓パパ」さんのツイートは、一般の観客の方の反応としてはきわめて普通で、僕としては批判する意図はまったくないことを、最初に記しておく。
■見かけ上の攻撃性は自己防衛
「そして鬼束事件①ピアノとチェロのみのセットを見たときは美しいライブを期待したのですが(涙)なんとなくアカペラの1曲目から声にキレがなくロングトーンでも声がひっくり返ったり、様子がおかしく感じました。エジプト風衣装は「多少の演出」と思っていたのです・・・ #joinalive11」
原文はこちら
1曲目は4thアルバム『DOROTHY』収録の1曲目「A WHITE WHALE IN MY QUIET DREAM」だったようだ。
「美しいライブ」とあるが、鬼束ちひろについて、かつての「癒し系歌姫」的なイメージはもうない。Aラインのロングドレスで登場、などという期待はもってのほかだ。
最新アルバム『剣と楓』を聴くとわかるように、今の彼女にとって『月光』や『蛍』のラインの曲は、たくさんある作風のうちの一つの選択肢でしかない。

ライブでの歌唱が安定していないのは、ブランクがあったせいだろう。その状態でステージに上がるのが、プロとしてふさわしいかといえば、ノーだが、今回のライブの結果は、彼女自身が引き受けることだ。
声質も確かに以前とくらべて変化している。
年齢のせいと、あとは、昔のように極度のストレスからパニック障害になるほど多忙ではなく、スケジュールに余裕のある生活で、毎日声を出しているわけではないことからだろう。
彼女はデビュー当時から、ボイストレーナーに発声の訓練をうけることを拒否しているので、こうなるのは必然的な帰結だ。
エジプト風衣装という部分は、最近の彼女のファッション傾向を知らなかった観客には、かなり刺激が強かっただろうが、演出でも何でもなく、彼女の普段着より少し派手だっただけと思われる。
ファッションを含めて、最近の鬼束ちひろの見かけ上の「攻撃性」は、彼女が緊張状態にあるときの、自己防衛と考えていい。
個展会場での様子もそうだが、女性マネージャーと2人きりで話しているときや、一人で資料を読んでいるときなど、対人関係の緊張がないときは、きわめてふつうだ。
むしろ、僕の帰りぎわ、彼女が個展に来てくれたことに対して、ていねいにお礼をしてくれた様子は、ファンのこちらが恐縮するほどだった。
今年出版されたエッセー集『月の破片』を読むとわかるように、対人関係、とくにステージなど大人数を前にしたときの、鬼束ちひろの緊張症は、2ndアルバムのころからかなり重いようだ。
■『月光』のころの彼女はあやつり人形
「鬼束事件②2曲目は比較的よかったのですが、振り付けが自己満足の状態で演出として観客に伝わっていません。『おや?』この辺から衣装自体にも不穏なものを感じました。演奏終了後の奇声で大半の観客が凍り出しました・・・ #joinalive11」
原文はこちら
この曲は「豆柴・楓パパ」さんのツイートから『青い鳥』だろうと思ったが、Listen.jpの記事によれば、やはりそうらしい。

自己満足の状態の振り付けは、『X』(2009/05/20発売のシングル)のPVですでに見られ、『帰り路をなくして』(2009/07/22発売のシングル)のPVでも見られる。
もちろん『青い鳥』(2011/04/06発売のシングル)のPVにもあるので、昔からのファンにとっては、特に奇異なものではない。
ケイト・ブッシュがリンゼイ・ケンプに薫陶をうけたのと違って、鬼束ちひろの舞踏は我流で、バレエや日本舞踊などの基礎もないので、ヘンに見えるのは仕方ないだろう。
彼女のそういった経緯を知らない観客に、彼女の舞踏で何も伝わらないのは、ある意味、当然かもしれない。
『月光』時代の、一般受けするようにガチガチに演出された鬼束ちひろと、今のセルフプロデュースの鬼束ちひろは、全く別のアーティストというべきかもしれない。
「奇声」については、実際にどういった声だったかを聞けば、かなり的確に理由づけをする自信はある。
じゃあ岩見沢に行けばよかったじゃないか、と言われそうだが、僕はパニック障害で飛行機に乗れず、北海道では日帰りできないので仕方ない。
■鬼束ちひろとパニック障害
「鬼束事件③そして問題の3曲目。何やら必死に床のセットリストをいじり出す、どうやら歌詞だった模様。そして土下座状態で床にタンバリンを叩きつけながら歌う・・・最後は息切れとも喘ぎ声ともつかぬ声で終了。 #joinalive11」
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この3曲目はListen.jpの記事によれば「BORDERLINE」らしい。3rdアルバム『SUGAR HIGH』(2002/12/11発売)の最後に収録されている曲だ。
なるほど、「BORDERLINE」なら、タンバリンを床に叩きつけて、最後は喘ぎ声になるのもうなずける。最後のリフレインは、2002年当時の彼女でさえ絶叫でしている。そういう曲なので仕方ない。
また、鬼束ちひろはシンガー・ソングライターなので、英語の詞を含めて、歌詞を部分的に間違えることはあっても、歌詞カードを見なければ歌えないということはない。
なので、セットリストをいじり出すという行動は、もしかすると、パニック障害の「予期不安」のせいではないか。彼女が二度と味わいたくない、ステージ上での恐ろしい体験だ(詳細は彼女のエッセー『月の破片』を参照のこと)。

同じ公の場所でも、渋谷の個展の会場で僕が直接話した鬼束ちひろは、自分のファンとスタッフに囲まれ、そうした不安におちいらずにすむ。
しかしJOIN ALIVEは初めての会場で、最近の鬼束ちひろを知らない大勢の観客を前にして、この3曲目あたりで彼女は「予期不安」におそわれたのかもしれない。
仮にそうだとすると、手元にある物をもてあそんだり、身近にいる誰かとおしゃべりするなど、何とか発作にならないように気を紛らす必要がある。
演奏を続けつつ予期不安をおさめるには、セットリストをいじったり、タンバリンを舞台に叩きつけるなどの激しい動作で、注意を分散させるしかない。
パニック障害の予期不安から発作への流れを、何度も経験している僕としては、その不安は察するに余りある。死んでしまうのではないかという、かなりつらい状況だ。
「鬼束事件④4曲目はカバー曲らしいけど、なぜか黒人系を意識したと思われるダミ声で歌う・・・デス声に聴こえたのは私ぐらいか?気になったのは神経質にリストをいじる仕草。なんか精神的なコンディションが悪かったのでは?そう思いました。 #joinalive11」
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4曲目はListen.jpによれば、The Guess Whoのカバーで「American Woman」とのこと。レニー・クラビッツもカバーしているようだ。
ダミ声の件は、最新アルバム『剣と楓』の「NEW AGE STRANGER」というエレクトロポップで彼女が試みているような、今までの透明感のあるボーカルとは違う発声のことと思われる。
シングル『青い鳥』のカップリングになっている、アコースティック・アレンジの同曲の方が、その発声法がよく聴きとれる。
なのでダミ声についても、鬼束ちひろのファンにとっては経験済み。とくに目新しさはなかったに違いない。
それより気になるのは、神経質にセットリストをいじりつづける仕草で、上述のように、パニック障害の予期不安をごまかし、気を紛らせるための行動と考えると、説明がつく。
■自信過剰と自信喪失のはげしい落差
「鬼束事件⑤結局ラストになった持ち歌『Beautiful Fighter』直前のMCでは開口一番『おまえらはマゾだ!』う~ん・・・ホルモンでさえもう少し品があった気がする。しかもコード進行を把握しておらずグダグダに終わる。ヒット曲は大事な商品のはずだが? #joinalive11」
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彼女が仮にパニック発作寸前だったとすれば、とてもMCなどできる状態ではない。MCの内容が支離滅裂でもムリもない。
別に頭がおかしくなったわけではなく、とにかく不安感を紛らすために、何かをしゃべり続けないと、その場に立っていることさえできない。そんな状況だったとも考えられる。
そして、ギターのコード進行を把握していなかった件。鬼束ちひろは子供のころエレクトーンを習っているが、クラシック・ピアノの教育は受けていない。作曲にはピアノではなく電子キーボードを使う。
ましてギターは、5thアルバム『DOROTHY』以降に始めたばかり。いわば「三十の手習い」で、単純なカッティングで何とかコードは弾けます、というレベルに違いない。
今回のJOIN ALIVEでは、彼女としては新しい自分を見せるために、あえてギターに挑戦したのだろう。ファン・サービスのつもりだったのかもしれない。
公の場では自信たっぷりで堂々としているかのような言行を見せながら、ある部分で極めて自己評価が低いことは、『月の破片』を読むとよく分かる。
そんな彼女が今回のライブのために、一人の部屋で『Beautiful Fighter』のコードを練習している姿を想像すると、ファンとしては泣けてくる。
しかも、仮に本当にパニック障害の予期不安があったとすれば、この曲の頃には、すでに不安感は耐えがたいレベルに達していたと思われる。MCにも増して、ギターを弾く余裕など全くなかっただろう。
■あくまでしらふだが、コカコーラ依存
「鬼束事件⑥なぜかコーラを給水?スポンサーでもないのにラベル貼りっぱなし。そのあげく歌詞orセットを神経質に片付ける。突如メンバー紹介をしてピアニストにナゾのポーズを決める???そして遂に奇声一番でリストを放り投げ退場。 #joinalive11」
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コーラの件だが、鬼束ちひろファンなら知っているように、デビュー当時からのステージドリンクだ。ノンカロリーではなく、がっつり糖分入りのコカコーラしか飲まない。なので3rdアルバムのタイトルは『SUGAR HIGH』。
レコーディング中もコカコーラを飲み、いくらコーラを飲んでもげっぷが出ないのは、ファンにはよく知られた話。
昔のステージではコカコーラのラベルを隠していることもあったが、JOIN ALIVEのスポンサーが寛容だったということではないか。
鬼束ちひろはよく誤解されるような、アルコールや薬物の中毒はない。鬼束一家は全員お酒が飲めない体質であることは『月の破片』に詳述されている。

また、彼女はタバコも吸わない。僕もタバコを吸わないので、喫煙者のとなりに座れば、とくに女性の場合は髪の毛から煙の匂いがするのですぐ分かる。
渋谷の個展会場で、僕は彼女のとなり50センチくらいの距離にずっと座っていたし、ハグもしてもらったが、彼女からタバコの匂いはまったくしなかった。
彼女は2002年ごろ、『月光』がブレイクした後の超過密スケジュールのため、不眠症になり、今でも不眠症の薬を飲んでいる。仮にアルコールや薬物に依存していれば、睡眠導入剤との副作用で、とっくに体を壊しているはずだ。
『月の破片』で本人も書いているように、鬼束ちひろはとにかく体は丈夫らしい。例の殴打事件でも、医者が驚くほどケガの回復が早かったという。
さて、神経質に歌詞やセットリストを片付けた後、突然のメンバー紹介、ナゾのポーズでの退場。これらも、予期不安が耐えがたいレベルになっていたと仮定すれば納得がいく。
ともかく一刻も早くステージを降りないと、ステージ上で倒れてしまうかもしれない。そんな状態で、メンバー紹介の段取りだけは何とか消化した、といったところだろう。
ナゾのポーズについては、ステージを去るときの照れかくしみたいなもので、これもライブ終わりの彼女の昔からのおちゃめなクセだ。
昔のライブをDVDで見ると、満面の笑みで客席に向かってピース!みたいな感じだが、最近のファッションの変化に、仮に予期不安が重なっていたとすれば、かなり奇妙なポーズになっていただろう。
■レコーディング中心の活動がみんなハッピー?
「鬼束事件⑦その後、観客は取り残された感じで「え・・・え~~」とあぜん。ステージの入れ替えが始まり終了したことを知りました。 #joinalive11」
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今回のJOIN ALIVEの観客のうち、鬼束ちひろの1stアルバムから最新アルバム『剣と楓』まで聴いているファン以外の人たちは、『月光』や『眩暈』のころの彼女の印象しかないだろう。
その頃と比較すれば、ただでさえ10歳も年を重ねているし、ファッションも言行も奇抜だし、ただ言葉を失うしかないのは当然だ。
ただ、最近の彼女の様子を知っていたファンにとって、JOIN ALIVEのステージは7割方は納得できるものだったに違いない。
残りの3割は何かと言えば、秋冬に予定されている2,000人キャパの会場でのライブへの不安だ。
個人的にいちばん心配なのは、今回のJOIN ALIVEのステージで、彼女が舞台上で初めてパニック障害の発作を体験した時のことを、追体験してしまったのではないか、ということだ。
鬼束ちひろは、4thアルバム『LAS VEGAS』の後も約2年間、表立った活動を休止したが、30歳という年齢から、自分には音楽しか生きる道がないことを覚悟している。このあたりも『月の破片』参照。
スタジオ中心の活動なら、舞台の不安を味わうこともなく、自分の好きな作詞・作曲に没頭できる。父親が社長になっている個人事務所のナポレオンレコーズに移籍しており、プロデュースも自分の思うままにできる。
その意味で、5thアルバム『DOROTHY』の制作以降、ここしばらくは、デビュー以来初めてと言っていい、ほぼストレスのない音楽活動をしていたと言える。

ちなみに、例の殴打事件が、鬼束ちひろの音楽性の本質にほとんど影響していないことは、『月の破片』を読むと分かる。むしろ彼女の生活にとっては、宮崎県の実家にいる両親と、妹1人、弟1人の家族以外に、親しい人間関係を作れないことの方が、本質的な問題のようだ。
そんなふうに、ここ2年間ほどはスタジオ中心の平穏な音楽活動をしていた鬼束ちひろが、今回、久しぶりに舞台に上がってみて、予想以上に不安感や恐怖感が強くて自分でも驚いたのではないか。
その結果、パニック発作ギリギリのところまで追いつめられ、ほぼ余裕のない想定外の展開になってしまった、というのが真相のような気がする。これは飽くまで個人的な推測にすぎないが。
今ごろ彼女は、他人に対しては平静をよそおいつつ、不眠症を悪化させているかもしれないし、宮崎の母親に電話をかけまくっているかもしれない。
今回のJOIN ALIVEの前に、お気に入りのニューヨークへ旅行していたのも、何とかステージを乗り切るのための充電を、という一心だったのかもしれない。
個人的には、鬼束ちひろはレコーディング中心で活動するのが、本人にとっても、ファンにとっても結局はハッピーなのではないかと思う。ライブをするなら、キャパの小さいライブハウスだけにしてはどうか。
彼女は『月の破片』の中で、今も自分を応援してくれるファンを大事にしたいという思いを新たにしている。表立ってそれを口にするときは「聴きたくない人は聴かなくていい」なんて、突き放した言葉づかいになってしまうが。
そんなファンとの交流は、何ならUSTREAMやニコニコ生放送など、コストのかからないネット放送で、身近なスタッフを司会に、リラックスしてできる状態でやってはどうか。
渋谷の小さなCAFEで、鬼束ちひろ本人と小一時間、楽しく過ごした僕としては、その方が望ましい姿のような気がする。