自分は現場のことが分かっていない、ということが分かっていない管理職のもたらす悲劇

自分は現場のことを分かっていない、ということを分かっていない管理者が、あるべき論を強く打ち出せば当然、現場の士気はガタ落ちになる。あらゆる組織が同じ誤りを何度もくり返しているのに、まったくなくならない組織運営上の誤りだ。

情報システムにたずさわる人間の士気を根っこのところで支えているのは何だろうか。それは情報システムを利用している人たちに、システムの利便性を享受してもらうことだ。

情報システムを納入するベンダー企業であれ、情報システムを利用するユーザ企業の社内システム部門であれ、「顧客の喜ぶ顔」がシステムエンジニアの士気を根っこのところで支えていることに変わりない。

システムエンジニアの仕事の現場を分かっていない人間は、このことを理解できない。

システムエンジニアに対して、ユーザの要求にこたえるな、と命令することは、システムエンジニアの士気を根っこのところでもっとも効果的に破壊する方法だ。

これはシステムエンジニアに限らない。

企業内で事務処理のような地味な仕事を担当している現場の従業員は、管理者から見れば組織の末端の大勢の一人にすぎない。

しかしそういう従業員も、自分が事務処理を通してサービスしている相手の「喜ぶ顔」が根っこのところで士気を支えている。

トップダウンで現場の従業員の士気を根っこから破壊しつつ、それら従業員の協力がなければ前に進まないようなプロジェクトを遂行するのであれば、管理者には、そのような「下らないやりがい」がなければ士気があがらないような、旧態依然たる組織運営をまず変革する責任がある。

組織運営のやり方が、欧米企業のようにきっちり定義されたジョブ・ディスクリプションがあり、相手の「喜ぶ顔」や「助け合い」といった感情ベースの動機がなくても、粛々と業務が進むような仕組みになっていないのに、トップダウンでそういった感情ベースの士気を破壊するのは、完全にナンセンスである。

組織運営は二択だ。

欧米企業のように感情ベースの士気にたよらなくても業務が進むように、個々の従業員の業務がきっちり定義されており、そのかわり従業員どうしの「助け合い」など一切期待できないような組織運営。

典型的な日本企業のように感情ベースの士気に依存しなければ業務が進まず、個々の従業員の業務がきっちり定義されておらず、そのかわり従業員どうしの「助け合い」に期待できるような組織運営。

現場の従業員の感情ベースの士気をトップダウンで破壊するのであれば、まず組織運営が欧米企業型に「すでに」変わっていなければならない。

そうでなければ将来待っているのは、プロジェクトの行き詰まりと失敗だけである。

そういうことを自分が分かっていない、ということを分かっていない管理職が運営する組織は、悲劇におちいる。

一つの企業でしか勤務したことのない会社員には、そうした状況を客観視することができない。