外国語アレルギーのある日本企業にグローバル化を語る資格はない

海外売上比率が増加し、グローバル化する事業環境に適応しようと努力している日本企業はたくさんある。

しかし、古参の社員がいまだに昭和時代のサラリーマン的な発送から抜け出せていない日本企業もたくさんある。

いちばん重要な点は組織の中の多様性を認められるかどうかだろう。いろんなタイプの社員を許容できるかどうか、それがグローバル化できるかどうかの分かれ目になる。

いまだに昭和時代のように、仕事終わりの「飲みニケーション」や、休日ゴルフで親睦をはかるという時代遅れのやり方で、社員を金太郎飴のように均質な、いかにもサラリーマン的な人間に育てていくような組織は、決してグローバル化に対応できない。

そういった「みんな同じ」「出る杭は打つ」式の社内コミュニケーションからは、異質な人材は排除される。組織内の社員の多様性は否定される。

しかし、グローバル化では、異文化の中で育った海外の同僚と円滑な意思疎通が求められる。

昭和サラリーマン式のコミュニケーションしかできない社員は、異文化で育った海外の社員の文化的背景を理解した上で、現地社員とコミュニケーションをとる能力が欠如している。

グローバル化しつつある組織の中で、外国語をつかうのが適切な場面は増えてくるはずだ。

なのに昭和サラリーマン式の社員は、外国語ができる同僚を妬んで、余計な才能をひけらかす奴という否定的評価しかできない。

会議中に外国語を話す同僚に対して、あからさまに不愉快な顔をすることしかできない。

そういった「ガラパゴス」な古参社員が残っている限り、その組織がまともにグローバル化することなどできないのは当然だ。

外国語アレルギーがあるような組織に、グローバル化を目指す資格はない。言うまでもないことだ。

ただ一般的な日本企業の経営層に、多様性(ダイバーシティ)を基礎とした本当のグローバル化を目標にする能力がなく、海外売上比率の拡大すなわちグローバル化程度の認識しかないのも事実なので、仕方ないといえば仕方ない。