谷本真由美『日本が世界一「貧しい」国である件について』を、日本人が安心して読める理由

「めいろま」こと谷本真由美女史の『日本が世界一「貧しい」国である件について』をKindle版で読んでいる。
他にもワイヤレスワイヤニュースの「ロンドン電波事情」も、毎回楽しみに拝読している。

僕は、外資系の経営陣が乗り込んできた日本の大企業で勤務した経験があるので、谷本女史のいう、欧米企業と日本企業の仕事のスタイルの根本的な違いを、身をもって体験している。
たとえば、その外資から乗り込んできた当時の僕の上司は、「他人の電話はとるな」と命令して、日本人社員を唖然とさせていた。日本人会社員は、隣の部署であっても、かかってきた電話をとるのは当たり前と思っていたからだ。
しかし、自分の担当業務でない電話をとっても、伝言しかできない。伝言のために自分の業務を中断させるのは、会社全体として業務効率を下げるだけ。だから「他人の電話はとるな」となる。きわめて合理的だ。
結局、僕の勤務していた日本企業は、とある事情で外資の方が愛想をつかして資本を引き上げ、またもとどおりの「純・日本企業」に戻ってしまったので、僕は転職した。
ただし、その後勤務した企業はどれも「ザ・日本企業」で、外資系への転職には失敗している。僕自身、英語はできるけれど、外資系が採用したくなるような能力はない、ということだ。
そうした経験から、谷本女史の意見には全面的に賛成するが、日本社会が欧米の合理性を体現して、山本七平の言う「空気」の支配から脱するのは、ムリである。ぜったいにできっこない。
谷本女史がロンドンを拠点に、欧米の合理的な社会を享受できているのは、結局のところ彼女が極めて有能なエリートだからだ。日本の会社員のうち、彼女ほど能力のある人間は、2割もいないかもしれない。
万が一、日本社会が欧米のように合理的で「低コンテクスト」な社会に変わることに成功すれば、生産性の低い多くの日本人会社員は、首を切られて失業する。
そして、ケン・ローチの映画に出てくるような、イギリス労働者階級の貧しくつつましい生活に転落する。もちろん、そんな生活にもそこそこの幸せはあるだろう。
ただ、そんなことになるくらいなら、「空気」が支配し、同調圧力の強い、毎年3万人が自殺するような社会の方が「ましだ」と、ほとんどの日本人は思っている。これも一種の経済合理性のある思考だ。
だから、日本は絶対に変わらない。変わらないからこそ、谷本女史の著書やエッセーを、完全な「他人事」として安心して楽しむことができる。
たぶん日本が本当に変化の必要性を感じたとき、すでに国全体の経済規模が縮小して、手遅れになっているだろう。あるいは、一発逆転をねらって、どこかの国に戦争を仕掛けているかもしれない。