国家に情報がダダ漏れでもプライバシーや機密を守る理由は当然ある

スノーデン氏の「事件」で、米国中央情報局(CIA)がインターネット上で広範な傍受をしていることが明らかになった。
たとえば、マイクロソフトが通信内容の傍受に協力していたというニュースがあった。
『米情報収集問題、マイクロソフトが自社製品への傍受に協力=報道』 (2013/07/12 18:27 JST ロイター)
日本時間の今朝も、下記のようなニュースがあった。
『通話記録の収集継続、「秘密裁判所が承認」と米当局公表』 (2013/07/21 09:46 JST ロイター)
だからといって、「個人がプライバシーを保護したり、企業が機密を保護することに、あまり意味がなくなった」ということにはならない。
しかし、そういう短絡的な発想をする人がいるらしい。
そんな短絡的な発想は、僕にはまったく理解できない。
もちろん国家権力による傍受は、それはそれで大きな問題だ。
だが、個人がプライバシーを守ったり、企業が機密を守るのは、国家権力に対してだけではない。
むしろ他の個人や民間企業に対して、個人はプライバシーを守り、企業は機密を守っている。
悪意をもった人間に権利を侵害されたり、競合他社に利益を奪われたりしないために、個人はプライバシーを守り、企業は機密を守る必要がある。
わざわざこうして文章にする必要もないほど、当たり前のことだ。
これほど当たり前のことでも、言われないと分からない人がこの社会には存在するらしい。
悲しいことだ。情けないことだ。