気が狂っているのは、きっと僕の方なのだろう

20年近くサラリーマンをやっていても、まだ慣れないことがある。
傲慢な考え方で反感を買うのを承知のうえで書かせて頂ければ、「本気でそんなに頭が悪いんですか?冗談ですよね」と心の中でつぶやきたくなるような言動が、会社組織の中ではたくさん見られる。
「えっ?本当ですか?それって本気で言ってるんですか?明らかにおかしいですよね」と言いたくなるようなことが、平然と、しかも何度も飽きずにくり返される。
もちろん今ではもう、一般的な会社員の知的水準が、僕の大学時代の同窓生と比べて絶望的に低いという「事実」については、あきらめている。
ただ、いくらあきらめていても、過去に勤めてきた複数の日本企業で、同じように非合理的な言動をする会社員を、何度もくり返し見ると、さすがに「気が狂っているのは僕の方なのだろうか?」とさえ思ってしまうのだ。
くり返しになるが、この文章は、読者のみなさんの反感を買うのを承知の上で書かせて頂いている。
一般的な会社員の知的水準は、僕から見ると絶望的に低い。抽象的思考能力が弱すぎるし、ほとんどの会社員は、自分の思考をメタレベルに移行させることができない。
具体的には以下のようなことだ。
「そんなこと説明してもらわなくても、とっくに知っていますよ」ということを、僕が分かっていないかのように、ていねいに説明して下さる。
これは、相手の知的水準を、自分の知的水準を基準にして測るので、相手の知的水準が自分より非常に高い場合、その事実を認識できていないケースだ。
もう一つの具体例。
一年前には「君の考え方は話にならない」という態度を見せていたのに、一年後にはそのその同じ人物が、僕の考えていた方向へ物事を進めている。
これは、現時点で入手できる情報から、どれくらい先まで複数の選択肢を想定できるか、将棋でいう「何手先まで読めるか」の能力の違いだ。
三手先しか読めない人から見て、十手先まで読める人の言っていることは「話にならない」と思えるのは当然だ。
また別の具体例。
社員どうしが無用な腹の探り合いをして、いたずらに業務効率を落としている場合がある。
おたがいに直接質問すればよいことを、あえて別の社員を介して探り合うという、まったく無意味な手間(コミュニケーション・コスト)をかけている。
別の例で言えば、上司の言っている支離滅裂なことを、部下が「きっと論理的な考えや、隠された意図があるに違いない」と、そのウラの意味を読み取ることに腐心しているケースなど。
最後の具体例は、もっともバカげたものだ。
中学生や高校生が連れ立って学校のトイレに行くように、いちいち集団で行動するという現象。
これらの行動は、僕が今まで勤務してきたどの日本企業でも見られることで、少なくとも僕が会社員を続けてきたこの二十年弱、まったく変化がない。
なので、僕はこの文章で、特定の日本企業を非難しているわけではない。むしろ典型的な日本企業のほぼすべてを非難している。
異常にコストのかかるコミュニケーションや、中学生並みの集団行動、おしなべて水準の低い論理的・抽象的思考能力は、おそらくほとんどの日本企業に共通の特徴だと思われる。
複数の日本企業の組織風土がここまで似通っていると、最初に書いたように、むしろ僕の方が気が狂っているのではないかという錯覚におちいる。
いずれにせよ、若いころはまだ以上のようなことについて、反論や指摘をする気力もあった。
しかし、今は指摘しても絶対に直らないことが分かっているので、最近では周囲でくり広げられる愚行を、黙って興味深く観察することにしている。
何らかの救いがあるとすれば、一年か二年ほど経った後、僕がとっくに分かっていた誤りを、ようやく当人たちが気づいて自己修正する、その程度には知性が残っているということだ。
定時後には何かと理由をつけて飲みに行き、泥酔して正体をなくし、週末にまでゴルフなどで職場の人間と顔を合わせる。
そんな典型的なサラリーマン生活を続けていれば、自分の知性を磨くことなどできるはずがない。
こうした日本の会社員が、年齢とともに知性を鈍らせ、より単純で動物的な人間になっていくのは、ある意味当然だ。
いやいや。やっぱり頭がおかしいのは、僕の方なのだろう。
むしろ僕の方が、気が狂っているに違いない。