東浩紀氏の橋下市長発言に関する一連のツイートの問題点

たまにはテツガク関係ネタを。お題は下記のURLのtogetter。
『橋下市長の「慰安婦は必要だった」について東浩紀氏「問題発言なのか?」』 (2013/05/14 togetter)
僕は東浩紀氏の橋下市長発言についての見解は、一つの意見として特におかしいと思わない。ただ、東浩紀氏の思想家としての倫理と、そのツイートの内容が両立しないのではないか、という問題提起を、以下、させて頂く。
東浩紀が「戦争は慰安婦等の事象を伴うので、人間が戦争を反復してきたのは事実としても戦争反対」という理想主義の主張と、「男性は性欲を伴い、男性集団の一定割合に性欲管理が必要なのは事実なので、その事実は受け入れよ」という現実主義の主張を同時に行っているのは明らかな矛盾。
事実Aについては理想主義的な主張をし、事実Bについては現状追認的な主張をするという、自身の価値論的選択について、東浩紀は「恣意的に選択してます!」と認めた上で議論すべきで、自身の恣意性を宣言せずに議論を始めるから、頭の悪い一般人のあらゆる種類の誤解を招いているだけ。
世の中には男性の性欲という事実さえ、理想主義的な観点から否定する人間は一定割合存在するわけだが、東浩紀は思想家を名乗りながら、自分と正反対の理想主義的禁欲主義が現に存在する事実の意味を、一連のツイートで完全に無視して相手にしない。これは思想家としての倫理にもとる。
例えばキリスト教保守派の主張は、自分の現実主義的意見からすると全くナンセンスなので無視します、という態度は、思想家を名乗らない一般人なら倫理的に許されるが、ポレミックな状況を前にして、自分と異なる主張が現に存在する意味さえ論じないのは、思想家の倫理にもとる。
もし東浩紀が、ポレミックな状況を前にして自分と正反対の主張(例:男性の性欲の実在さえ否定する理想主義)を、話にならんの一言で切り捨てるような思想家なら、アカデミズムの象牙の塔に閉じこもっていればいい。バカばっかりの現実の世界にご足労頂く必要はない。