iPS細胞の発明は無条件に善いことではない

英国のJohn Gurdon博士と、京都大学の山中伸弥教授が、ノーベル医学生理学賞を受賞したiPS細胞だが、ひんしゅくを買うことを覚悟の上で言わせてもらえば、本当に人類の幸福につながるのだろうか。
再生医療の恩恵をうけられるのは人類のごく一部
いったん機能分化した細胞を発生初期の状態へもどせるという研究成果は、当然、再生医療による難病の治療への応用が期待されているのだと思う。
ただ高額な治療費を負担してでも、再生医療の恩恵をうけることができるのは、世界規模で見れば、先進諸国の中間層以上に限定されるだろう。
先進諸国は言うまでもなく、すでに少子高齢化が進行しており、社会全体に占める生産人口の割合は年々減少している。
もちろん再生医療は、現時点で若くてまだ未来があるはずなのに、難病に苦しんでいる人たちにとっては朗報だろうし、そうした人たちが新たな治療法の選択肢を手に入れること自体は「倫理的」と言える。
しかし、そうして難病を克服するということは、先進諸国の平均余命がさらに伸びるということになる。
iPS細胞は不妊治療への応用も期待されており、先進諸国の出生率を上げることにも寄与するのだから、少子高齢化問題も改善されるのでは、という意見があるかもしれない。
先進諸国の少子高齢化の主因は不妊症ではない
しかし先進諸国の少子高齢化は、不妊症が主因ではない。不妊症ではない人々も子供をより少なくしか産まなくなっていることが主因である。
子供をより少なく生むようになった、さらにその原因は、育児にかかる金銭的・物理的なコストのほとんどが個人の負担になっており、子供を持たない方が良い生活を送れる社会的条件(法制度や風習、文化など)になっているからだ。
その社会的条件が改善されない限り、不妊症の人たちは子供を持てるようになるかもしれないが、先進諸国の社会全体としては、iPS細胞など医療の進歩によって、それを圧倒的に上回るスピードで長寿命化、つまり、高齢化することになる。
医療技術の進歩によって先進諸国の高齢化が進行し、生産人口の割合が低下すれば、必然的に社会全体の平均としては、より貧しくなる。
社内の再分配が適切に機能すれば、誰もが貧しくなる。再分配が適切に機能しなければ、一部の人々は豊かになるとともに寿命を伸ばし、残りの人々は貧しいままで、今までどおりの寿命で死んでいく。
再分配の機能がもっと悪ければ、残りの貧しい人々のうち、より多くの人々が劣悪な労働条件や食生活のために健康を害したり、将来生活が改善する希望を持てずに自ら死を選んだりして、寿命をより短くするだろう。
これら、先進諸国が現在かかえている高齢化社会の問題は、iPS細胞などによる医療技術の進歩によっては改善されないどころか、逆に、経済格差をより大きくし、極端に長生きする人々と、極端に短命の人々を生み出すかもしれない。
長生きすることは無条件に善か?
さらに言えば、現時点の先進諸国と発展途上国の経済格差を考えれば、iPS細胞の活用などによる医療技術の進歩は、両者の経済格差を確実により大きくする。
今でさえアフリカ大陸の多くの極貧の地域では、さまざまな感染症で大量死が起こっている。これは先進諸国で当たり前の医療さえ受けられないためだ。
しかしこのような地域に先進諸国レベルの医療が行きわたったとすれば、今度は世界は深刻な食糧問題をかかえることになる。
先進諸国はこのような事態を歓迎しないだろう。iPS細胞の活用をふくむ先進医療は、他のあらゆる治療法と同じく、もっぱら先進諸国のみで広まり、先進諸国のみの平均寿命を伸ばすことになる。
iPS細胞の応用による「寿命が伸びる」という帰結は、経済格差を温存する形でしか世界を変えられない。「寿命が伸びる」「より長く生きることができるようになる」可能性は、果たして無条件に善と言えるのだろうか。
僕は個人的には、むしろ苦痛を味わうことなく寿命をまっとうできる医療技術の方が、少なくとも先進諸国にとっては価値があると考える。
人類は生命というものについて、ただ「長生きすればいい」という考え方ではなく、生命が有限であることを受け入れた上で、いかに人生を意味のあるものにするか、そういう方向へ問題意識を向け変え始める必要があるのではないか。
iPS細胞の発明と、年間3万人の自殺という事実が併存する社会が、いかに「いびつ」であるかを、もっと真剣に考えるべきである。