生活保護受給者嫌いの皆さんは「自殺パーラー」設立運動でもいかが

お笑い芸人の親族が生活保護を受給していたことについて、自民党の片山さつき議員を含め、ネット上で多くの人が彼に集中砲火を浴びせるように非難している。
お笑い芸人と違って、片山さつきは富裕層の子女だが、国民の税金から議員一人あたり年間数千万円の政党交付金を受けとっている。
にもかかわらず、年間たった100万円強の生活保護を受けている、収入の不安定な芸人が集中砲火を浴び、裕福な国会議員は拍手喝采をうけるのだから、何かがおかしい、としか言いようがない。
それでも、あえて言えば、富裕層である国会議員に拍手喝采し、お笑い芸人に集中砲火を浴びせている人たちの議論は中途半端だ。
自分たちの税金に「寄生」している生活保護受給者が、そんなに憎いのであれば、まず各自治体の福祉事務所の職員を増員し、受給者を徹底的に再審査するよう働きかけるべきだろう。
さらに議論を進めて、反生活保護論者のみなさんは、生活保護が必要なほどの困窮におちいった人が、すすんで自殺したくなるような法制度を提案してはいかがだろうか。
生活保護の受給者のうち、不正受給は多く見積もっても数パーセントらしい。その数パーセントのために、生活保護のかたちで税金に「寄生」している奴らは全員気にくわないというなら、生活保護受給者を合法的に「抹殺」する制度を考えればよい。
そこまでやってこそ、片山さつきに拍手喝采する資格があるというものだ。
では、生活保護受給者を合法的に自殺に追いつめるにはどんな方法があるか。それは、僕が以前からこのブログで提案している「尊厳死施設」だ。
もともとのアイデアは、カート・ヴォネガット・ジュニアという小説家の「自殺パーラー」。要するに、死にたくなったらいつでも安楽死しに行ける施設のことだ。
もちろん苦痛をともなう方法では誰も利用しないので、最新鋭の医療技術を駆使し、たとえば睡眠薬で深く眠っているうちに薬物を静脈注射する等々、苦痛がほとんどない方法で死ねるようにする必要がある。
この「尊厳死施設」あるいは「自殺パーラー」の素晴らしいところは、生活保護だけでなく、あらゆる社会福祉費用を大幅に削減できる点にある。片山さつきも大喜びだろう。
たとえば交通事故にあって大けがをし、後遺症が残り、働く意思はあるのにどこも雇ってもらえないが、障害者手帳の交付をうけられるほどの後遺症でもない。
こういう人は、本人に非はなく、運悪く交通事故に巻き込まれただけなのに、生活保護を受給せざるを得ない状況にある。
しかし片山さつきは、こういう人にもリハビリと職業訓練をほどこし、ムチ打って「働け」と言うに違いない。少なくとも片山さつきのおかげで、こういう人も生活保護を受給しづらい「空気」ができた。実に片山さつきは偉大な政治家だ。
その他、学校を卒業したが定職につけない人たち、さまざまな理由で失業し、失業給付も切れたが再就職できずにいる人たち。そういった生活困窮者は、何らかのかたちで税金に「寄生」しなければ生活できない。
お笑い芸人を叩いている人たちが、こういう「国民の血税にたかる」ような人たちを心から憎んでいるのなら、彼らの人生に終止符を打つために「尊厳死施設」あるいは「自殺パーラー」の設置運動を起こせばよい。
一つ断っておくと、中には「どうぜ殺すなら、自衛隊に強制入隊させるか、福島第一原発の高放射線区域に強制的に送り込めばいい」と言う人もいるだろう。
しかし、強制労働は国際条約違反ということもあるが、そもそも本人の意思に沿わないことを強制する制度には、外部コストがかかる。脱走者も出るし、無用な巻き添えをくう市民も出てくる。本人が自発的に選択するような制度の方が、結果的にはコストは低くおさえられる。
この「尊厳死施設」は、高齢者や障害者の介護の問題にも適用できる。
自分の親が介護の必要な状態になったが、国の制度では十分な介護がうけられず、民間の介護施設を利用できる収入がない。それで介護のために仕事を辞めざるをえず、困窮生活におちいってしまう人。
あるいは、自分自身がすでに高齢者で、さらに寝たきりになっている自分の親の介護をしている「老老介護」のケース。
あるいは、体やこころの障害をもつ近親者の介助をするために、十分な収入のある仕事につけないでいる人たち。
あのお笑い芸人を叩いている人たちは、こういう人たちが「血税にたかる」のも許せないはずだ。少なくとも片山さつきは、こういう人たちも自助努力すべしと言うだろう。
であれば、こういう人たちが、苦痛なく死を選ぶことができる「尊厳死施設」を作るように働きかければいい。介護している側の人間がいなくなれば、介護されている側は放置され、自然に餓死することになる。
さらに「尊厳死施設」を利用する可能性のある人たちといえば、刑期を終えても社会復帰が難しい犯罪者だろうか。また、えん罪ではない死刑囚もそうだろう。執行日の朝に突然知らされるくらいなら、自分の意思で死にたいと思うはずだ。
このように、「尊厳死施設」あるいは「自殺パーラー」を、各都道府県に一つ設置すれば、その建設費や維持費を十分まかなえるだけの、大幅な財政支出の削減ができる。橋下大阪市長も大喜びの施策ではないだろうか。
あのお笑い芸人に集中砲火を浴びせ、片山さつきに拍手喝采するのであれば、ここまで徹底した提案をすべきである。「血税にたかる」人間を許さないなら、中途半端な慈悲心など持つべきではない。
徹底した新自由主義者として、冷酷非情に、社会的弱者をいかに速やかに、かつ、効率的に、かつ、自発的に死んでもらうか、具体的な提案を出すべきだ。
もちろん、「尊厳死施設」が実現し、現時点の貧困層がつぎつぎに自殺を選ぶと、残った人口の中で経済格差が生まれるので、「尊厳死施設」で自殺を選ぶ貧困層が新たに生じる。
そうやって、日本の経済と国力は全体として衰退する。
橋下大阪市長が以前、とある講演会で日本の人口は6,000万人から7,000万人が適切だと語ったらしいが、「尊厳死施設」は人口オーナスを人為的に加速し、子供を生む可能性のある年齢層の人口も減らすので、人口はより加速度的に減るだろう。
ここまで思い切った提案ができないなら、中途半端な芸人いじめなど最初からすべきではない。
僕は、芸人いじめをしている人々は、実は自分たち自身が、いつ生活保護の受給者に転落するか分からない不安と戦っているのではないかと想像している。
というのは、安定した収入があり、現状の税負担に大きな不満もない人たちが、たかがお笑い芸人の一人や二人を罵倒することに労力を使うだろうか、と思うからだ。
賢明な生き方をしている人たちなら、たかがお笑い芸人を罵倒する時間があれば、その時間を自己啓発や自分の生活を豊かにする再生産活動のために使うはずだ。
それができないということは、実はあのお笑い芸人を叩いている人たち自身が、精神的に余裕のない、リスクの高い生活を送っているのではないか。
...というようなことを書いていると、暗澹たる気分になってくる。日本がこんな殺伐とした社会になったのは、いつからだろうか。
(※無用な誤解をうけるとイヤなので、最後にいちおう書いておくが、上記の文章は当然のことながら全体として皮肉として書いている)