河合薫さんの新入社員についてのコラムを訂正してみる

河合薫さんの日経ビジネスオンラインの連載コラム『河合薫の新・リーダー術 上司と部下の力学』の下記の記事、ちょっと違うような気がする。
『「この仕事は合ってません!」と1カ月で辞める新人の“事情” まん延する「仕事探し」シンドロームの弊害』 (2012/05/10 日経ビジネスオンライン)
コラムを要約すると、入社早々に会社を辞めてしまう新入社員の事例が散見される。しかし結論を出すのが早すぎる。そもそも天職などというものはかんたんに見つかるものではない。合わないと思っても、もう少し仕事を続けてみてはどうか。となる。
河合薫さんの間違いは、新入社員が自分に仕事が合わないから辞めると考えている点にある。
僕は、正しくは、最近の新入社員は仕事に過剰に適応しすぎる結果、自分を見失って、会社を辞めるのだと思う。
河合薫さんの考え方はこうだ。
新入社員は、新社会人になって仕事を始めても、なお、学生時代以来の、その人なりの考え方や個性を持ち続けており、その考え方や個性と仕事とを一致させようと努力しても、どうしても自分の考え方や個性の方が妥協できず、会社を辞めてしまう。
このように、個人としての考え方や個性を曲げて、仕事にうまく適応することができない結果、会社を辞めてしまうのだ、というのが河合薫さんの推論である。
でも、これはおそらく事実とは異なる誤解で、河合薫さんや僕ら世代が陥りがちな誤解だ。
僕の考え方はこうだ。
新入社員は、新社会人になって仕事を始めると、学生時代との環境があまりに異なるので、その人なりの考え方や個性をいったん全否定して、全面的に目の前の仕事に適応しようとするが、あまりに過剰に適応してしまうため、軽~い「解離性障害」のような状態、自分という人間が二つの人格に分裂したような感じになる。
その結果、プライベートの時間と、仕事の時間との気持ちの切替に、多大な精神的エネルギーを必要とするようになり、また、自分が自分でなっていくような不安感におそわれる。
そうした漠然とした不安感や、とにかくエネルギーを消費して「疲れる」ということから、最終的には仕事から退却することを選ばざるをえない状況になる。
仕事にまじめに適応しようという気持ちが強ければ強いほど、逆に、会社を辞めるまでの時間は短くなる。
これが僕の考え方である。
たぶん、僕の考え方、つまり、最近の新入社員は仕事に適応できないのではなく、過剰に適応できてしまう結果、自分の意に反して自分が自分でなくなる人格喪失的な不安感に、現実におちいるところまで行ってしまい、それが昂じると、会社をやめざるをえなくなる、という考え方のほうが、現実を正しく描写しているはずだ。
だとすれば、河合薫さんのアドバイスは部分的には正しいが、部分的には副作用を生む。
まず、最近の新入社員の皆さんには、会社の仕事は、個人の人格とは全く無関係であること、単なるロールプレイング・ゲームであることを、はっきり認識してもらう方がいい。
会社の仕事は社会人として責任ある行為に見えるけれども、究極的には、企業がより多くの利益を上げるための大きなゲームの一部であり、単なるロールプレイにすぎない、と考えてもらう方がいい。
なので、学生時代から連続する自分の人格を、会社という新しい環境に適応するために変質させる必要はまったくない、ということだ。
その上で、仕事に自分を適応させるときには、ロールプレイヤーとしての自分が、そのゲームの中でいかに上手に立ち回れるかという、純粋にゲームプレイのテクニックの問題だと考えたほうがいい。そのゲームをプレイしている自分の人格は、ゲーム内の仕事と直接関係ない。
こういう考え方をすれば、「自分にあった仕事さがし」という発想そのものがナンセンスになる。
仕事と自分の人格は別次元にあるので、この2つを合わせようとする努力に意味はない。別の仕事をさがす必要があるとすれば、自分にとって、テクニックの面で、よりうまくプレイできるゲーム=仕事がある場合だ。
自分の持っているテクニック(ITスキルでも語学力でもしゃべりのうまさでも何でもいい)を使えば、今の仕事よりもうまくプレイできるゲーム=仕事があれば、そちらに乗り換えるのはアリだろう。
つまり、新社会人がまず体得すべきなのは、仕事そのものではなく、仕事と自己の人格を分離し、仕事をロールプレイング・ゲームと見なす考え方である。そして、自分自身を仕事に適応させようとしないことである。
すでに40代になった河合薫さんや僕とは違って、新社会人の皆さんは、社会人としての仕事に真っ向から対抗できるだけの、図々しい自己は、まだ持っていない。
そんな新社会人の皆さんが、仕事に自分を過剰に適応させようとすれば、自己や人格の喪失感・分裂感から、名状しがたい不安におちいるのは、ある意味当然である。
とにかく仕事や組織に、自己を適応させようとするのはやめた方がいい。仕事や組織はゲームであり、ゲームのいろいろな設定にすぎないと考え、テクニック的にどううまく対処するかを考えた方がいい。
そうするうちに、イヤでも自己の人格は組織や仕事の色に侵食され、染まっていき、気づいたときには、結果として自己の人格までが仕事にすっかり適応してしまっているだろう。
まあ、河合薫さんも、すでに新入社員のリアリティを正確に描写できなくなる程度に、年をとってしまったということだろう。僕もあまり他人のことは言えないけれど。