「子どもの写真、ネットに載せないで」にナイーブに反応する人々

下記の記事にツイッターでまじめに反応している人たちがいる。彼らの考えがよくわからないので、以下、長くなるが、考えたことを書いてみる。
『「子どもの写真、ネットに載せないで」=ポルノに転用、幼稚園に呼び掛け-警視庁』(時事通信)

「幼稚園の行事などで撮影した子どもの写真が、インターネットのブログなどを通じて児童ポルノ愛好家に狙われる恐れがあるとして、警視庁は23日、東京都内の行政担当者を集めた会議を開き、安易にネットに掲載しないよう注意を呼び掛けた。会議に出席したのは、幼稚園や保育園を監督する市や区の担当者で、警視庁の河合潔生活安全部長は冒頭で『善意の写真掲載が、被害に転じることもある。十分注意してほしい』と話した。」

まず、警視庁に呼びかけられるまで、自分の子供の写真が児童ポルノに流用される危険性に思い至らない親が仮にいるとすれば、脳天気にもほどがある。
社会に存在するリスクをふつうに認識できる親なら、性別を問わず自分の子供の写真が幼稚園や保育園のウェブサイトに使われていることに気づけば、すぐ削除を求めて当然だ。
自分の子供は男の子だから児童ポルノに流用されないと安心している親はきっといるに違いないが、彼らもそうとうな脳天気だと言わざるをえない。
次に、この記事についてツイッターで、「フェイスブックなどにお子様の写真を掲載されている方はご注意を」と呼びかけている人がいた。
そもそも自分や家族、知人の写真を、不特定多数の人がアクセスできる場所に掲載することの危険性に思い至らない人たちの脳天気さも、僕には理解不能だ。
これは人間の写真に限らない。プライバシーを侵害されたくないと思っている人は、例えばフォースクエアにチェックインするなど、自らプライバシーをネット上にさらすような馬鹿げたことはやらないのが当然だ。
自分の今の居場所を平気でネットにさらす人間は、プライバシーを自ら捨てたと見なされても文句は言えない。
また、別の観点もある。
なぜこのタイミングで警視庁が「幼稚園や保育園を監督する市や区の担当者」に「子どもの写真」をネットに掲載しないように呼びかけたのか、その理由がわからない。
さらに、この呼びかけをした警視庁が、なぜ「子どもの写真」にしか危険性を見ていないのか、その理由も分からない。
例えば、幼稚園の若い女性の先生の写真が幼稚園紹介のウェブサイトに掲載されていたとして、その先生が幼稚園近辺で待ちぶせするストーカーの被害にあう危険性を、警視庁は考えないのか。
あるいは、「子どもの写真」をウェブに掲載する以前に、「児童ポルノ愛好家」にとって魅力的であろう「幼稚園」の場所を、積極的にネット上で宣伝するウェブサイトそのものを閉鎖するよう呼びかけるべきではないのか。そもそも幼稚園や保育園がウェブサイトを開設する意味などあるだろうか。
さらに別の観点では、「ポルノ愛好家に狙われる恐れ」があるのは、小さな男の子や女の子、若い女性の写真だけではない。
世の中には実にさまざまな嗜好をもつ人がいる。年齢、性別を問わず、あらゆる人間の写真が「狙われる恐れ」がある。
全身の写真だけに危険性があるのではない。一般的な人が性的な欲望を感じる体の部分の写真だけに危険性があるのでもない。
若い女性がよくブログに「ネイル変えました」と写真を掲載するが、そこに写っている手の甲や指も、性的嗜好の対象になり得る。
さらに言えば、人間の身体だけでなく、衣服、靴など、人間が身に付けるものの写真も「狙われる恐れ」がある。
一般の人にもわかりやすいのは、例えば下着の通販サイトなどだろう。性別にかかわらず下着の写真がその筋の「愛好家」に「狙われる恐れ」は、幼稚園や保育所のウェブサイトの子どもの写真が「狙われる恐れ」よりも高いだろう。
どう考えても、例えば女性の下着の写真に性的興奮をおぼえる男性の人数は、幼稚園児の女の子の裸体に性的興奮をおぼえる男性の人数よりはるかに多い。
女性もの下着通販のウェブサイトの写真を見て興奮した何者かが、下着泥棒に及んだり、満員電車で痴漢に及んだりする確率のほうが、幼稚園や保育所のウェブサイトの、とくに露出度の高くない子どもの写真を見て、子どもに対して具体的な性犯罪におよぶ確率よりもはるかに高い。
であれば警視庁は、下着の通販サイトにある下着のサンプル写真を、むしろ熱心に掲載しないように呼びかけるべきだろう。実際に性犯罪の被害を減らすためには。
懸命な読者はすでにお分かりだろうが、僕はここではわざと冒頭に引用した記事にある警視庁の呼びかけを拡大解釈している。
子どもの写真だけでなく、性別や年齢を問わない人物写真に範囲を拡大し、さらに人体の一部の写真や、物体の写真にも意図的に「狙われる恐れ」の対象を拡大している。
それによって僕が示したいのは、警視庁が本当に性犯罪を減らすために記事にあるような呼びかけをしているなら、より一般的な性犯罪につながる危険性の高い、子どもの写真以外の写真について、むしろ掲載を控えるよう呼びかけるべきだ、ということだ。
このことは「児童ポルノ愛好家」の性質を考えればさらによく理解できる。
「児童ポルノ愛好家」が「児童ポルノ愛好家」であるためには、幼稚園や保育所のウェブサイトの子どもの写真など必要ない。
それは、女性の下着を見て興奮する人物が、インターネット上に女性の下着姿の写真が掲載されていようがいまいが、それとは無関係に女性の下着に興奮するのと同じことだ。
人間の持つ嗜好は、その嗜好に合う表現物が各種メディア上に全く存在しなくても、その人間の内部に歴然と存在する。
メディア上の表現に触れることによって初めて、人々が幼児性愛や、同性愛、より一般的な性愛という嗜好を獲得するというのは、人間の持つ嗜好について、あまりに直線的で単純な因果関係を前提としすぎている。
あらゆるメディアから、性別を問わず子どもの写真を完全になくすことができたとしても、それによって「児童ポルノ愛好家」をこの社会からなくすことができるわけではないし、「児童ポルノ愛好家」が実際に子どもに危害を加える危険性をなくすことができるわけでもない。
写真をなくせば「児童ポルノ愛好家」による犯罪を未然に防げるという考え方そのものが、実に脳天気なのである。
本当に警視庁が「児童ポルノ愛好家」を根絶したいなら、もっと狡猾な方法を使うべきだ。
たとえば一部の「児童ポルノ」サイトをわざと泳がせ、そこに会員登録してきた利用者の身元を、プロバイダを脅して「任意」でログを提出させることで割り出す。
そして、「児童ポルノ」を閲覧したこととは無関係な別件で逮捕し、長時間にわたる脅迫的な取調べで「自白偏重」主義に基づいて有罪にし、その人物の人生を事実上終わらせる。
これくらいのことは警視庁にとって造作も無いことのはずだ。
経済学者の植草一秀氏や高橋洋一氏の例を見れば分かるように、日本の警察は、例えば経産省の経済政策の推進に不都合な論者を、迷惑防止条例違反や窃盗などの容疑で逮捕し、尋問に近い取調べで自白に追い込んで有罪にするぐらいは簡単にできる。
そうすれば、最初に引用した記事に、実にナイーブに反応しているツイッター利用者たちのような市民たちが、きっと警察の成果を賞賛してくれる違いないのだ。ひっそりと生活していた「児童ポルノ愛好家」を引きずり出して逮捕してくれた!日本の警察はすばらしい!という具合に。
社会を構成する人々を、いとも簡単に「正常」と「異常」に分類し、「異常」な人間は社会から追放するのが正義だと、何の疑問もなく信じられるような、素朴で単純な人たちは、そうして逮捕された人々がえん罪かどうかなど、気にしない人たちなのだから。
こういう種類のニュースと、そのニュースに対するツイッターなどの反応を読むにつけ、日本人のメディアリテラシーの低さと、恐ろしく幼稚で単純な「正義感」に、身の毛がよだつ思いがするのは僕だけだろうか。