中野剛志『TPP亡国論』を今ごろ読んだ

中野剛志『TPP亡国論』(集英社新書)を今ごろ読んだ。本書のあとがきは2011/02に書かれているので東日本大震災前だ。

本書はAmazonの星1つの書評をあわせて読むとおもしろい。星1つの書評が、ほとんどまともな反論になっていないからだ。
なぜまともな反論になっていないか、その理由を一言でまとめると、そういった反論が、終戦後の日本の経済成長がすべて意図的な対米追従外交の上に作り上げられたものであることに無自覚だからだ。
東大卒で経産省のお役人である中野剛志は、戦後の官僚たちが「敢えてする対米追従」の下に国民たちを「平和ボケ」のままにしておくことでしか、日本の復興と経済成長がありえないことを見越していたことを知った上で、本書を書いている。
例えば、ソニーやホンダは、旧通産省による官僚的生産統制をはねのけたからこそ日本の高度経済成長が実現したのだ、というレビューがあるが、これこそ官僚の手のひらの上で見事に踊らされている「愚民」の典型と言っていい。
発展途上国の経済成長は、新規市場の開拓や技術革新ではなく、単なる人口の増加による労働集約の結果だ。日本の高度経済成長もしかり。
確かにソニーやホンダは画期的な商品を送り出し、海外市場を開拓したかもしれないが、それが日本の高度経済成長の主な動力になったわけでは決してない。日本の高度経済成長の主な動力は、戦後の急激な人口の増加である。
それに加えて、官僚に後押しされた田中角栄が徹底した公共投資を行なって内需をなかば強引に拡大したことで、地方にも雇用が産み出され、地方の労働者が農業などの一次産業から「引きはがされ」、ソニーやホンダのような二次産業の労働力へ人工的に転換された。
そういう官僚的内需拡大政策と産業構造の転換政策があったからこそ、ソニーやホンダのような企業が日本国内で大量の工場労働者を獲得し、資本を蓄積し、たっぷりと研究開発投資ができるようになり、技術革新や海外進出の足場を築くことができたのだ。
まるで民間企業が、官僚のそうした意図的な内需拡大・産業構造転換政策の恩恵とは無関係に、独力で技術革新と海外市場の開拓を成し遂げたかのような「大いなる勘違い」をしている国民の存在こそが、むしろ旧通産省による官僚的生産統制がいかに成功したかの証拠になっている。
と同時に、自称「官僚制に批判的な良識ある市民」が、いかに官僚の手のひらの上で踊らされてることに無自覚であるかの証拠にもなっている。
経産省出身である中野剛志はそういった、自分は賢いと思い込んでいる「愚民」の勘違いなど、とうの昔にお見通しなわけで、その上でこの『TPP亡国論』という「あえて」扇動的なタイトルの本を書いているわけだ。
「あえて」扇動的というのは、今度は本書の主張を受けいれる側に立ってみれば分かる。
本書の表面上の主張に乗っかって、TPP反対!と言い出すやいなや、中野剛志の論理展開によれば、それは「自主防衛」ということになる。つまり米国の軍事力の傘からの離脱ということだ。
本書をそういうふうに理解して、「そうだそうだ、日本は米国の軍事力に守ってもらうのではなく、自主防衛のために再軍備しなければいけない。そうして初めてTPPのような対米追従的な外交から逃れることができるのだ!」と読者が考えるとすれば、これもまた中野剛志の「あえてする」扇動に間違ってハマっていることになる。
中野剛志の言う「自主防衛」は、ある種の皮肉と解釈すべきだろう。つまり「自主防衛なんて、やれるもんならやってみろよ」というのが中野剛志の本当の主張と解釈すべきだ。
つまり、TPP賛成の立場なら、日本の内需を縮小させ、デフレを悪化させるのを覚悟で、対米追従外交、あるいは、少なくとも米国と明示的に対立しない外交的立場を維持することになる。
TPP反対の立場なら、自主防衛への外交政策転換で米国と対立することによる、アジア地域での日本の外交的地位の低下を覚悟しなければならない。
TPPに賛成しようが反対しようが、日本の経済的・外交的状況がそれほど良くなるわけではない。それが中野剛志の論旨だ。
じゃあ本書はいったい何が言いたいんだ!と言えば、簡単なことで、TPPに関する賛否を「あえて」明示的に論じない外交がもっとも賢明である、というだけのことだ。
本書を読んで、TPP反対派が「我が意を得たり!」と思うのも誤読だし、TPP賛成派が「官僚による統制経済を復活させるのか!」と怒るのも誤読である。
白黒はっきり付ける決然主義でなければ外交じゃない、という発想こそが「愚民」の低レベルな発想でしょ、というのが、本書における中野剛志の「あえてする」TPP亡国論のメタメッセージなわけだ。
そこまで読み込んでこそ、一人の国民としてようやく経産省の官僚である中野剛志と、何とか互角に議論できるわけで、Amazonの特に星1つのレビューのように、いちいち噴き上がっていたのでは、やはり「愚民」は「愚民」に過ぎないというオチになってしまう。
中野剛志がニコニコ生放送で語っていたことだが、そんな中野剛志から見て、古賀茂明のような元経産省官僚が滑稽に映るのは当然だろう。
本書『TPP亡国論』の「あとがき」で中野剛志は、経産省が風通しの良い組織であることを強調している。これはおそらく本当だ。ただし、「あえてする」TPP亡国論のように、特定の議論にわざと没入するという皮肉を自覚的に効かせることができる人間にとってだけ、風通しの良い組織なのだろう。
そんな中野剛志からすると、古賀茂明は「愚民」の噴き上がりにベタに共感して官僚たたきをしてしまっている「単なるバカ」にしか見えないに違いない。
ただ、中野剛志のような経産省の内部者の立場としては、わざわざ経産省を離れて「愚民」と共闘し、官僚たたきをしてくれる古賀茂明のような人物は、戦略的に考えると「ガス抜き」装置として極めて有用である。
古賀茂明程度の元官僚の官僚たたきなど、おそらく官僚たちにとって痛くも痒くもない。その程度の官僚たたきで「愚民」が溜飲を下げてくれるなら、官僚たちにとってはかえって仕事がしやすくなるというものだ。
本書『TPP亡国論』の中で、中野剛志がやたらと「戦略的」という言葉の真の意味にこだわっているのは偶然ではない。古賀茂明を「愚民」のガス抜き装置として活用するぐらいの「戦略」がなければ、対米追従外交からの離脱など望むべくもない、ということである。
本書は実はそれくらい身も蓋もない書き方がされている本だということを、所詮「愚民」である一般の読者が読み取ることまでは、中野剛志はちっとも期待していないだろうが、一応僕の方が駒場後期課程のたぶん一年先輩(駒場の国際関係論卒だと初めて知ったよ全く)なので、勝手ながら書かせてもらった。
当然、外交カードがゼロどころか、マイナスの状態で、TPP参加交渉表明してしまった野田首相など、中野剛志のような官僚から見れば「愚民」の一人に過ぎないことは言うまでもない。