9割がプロジェクトの失敗を繰り返す理由の理由

日経ITProに、かなり下らない記事を見つけた。
『[結果報告]9割がプロジェクトの失敗を繰り返す』(2011/12/21 日経ITPro)
システム開発側の人たちに、直近のシステム開発について質問したアンケートで、「スケジュール遅延やコスト超過、稼働後のシステム障害、関係者間の信頼関係の悪化など、深刻な問題」が発生した割合が94.5%、そのうち「同じ失敗を繰り返している」割合が89.9%という結果だ。
回答者の65.7%がシステム開発会社側、残りがシステム利用企業側なので、「同じ失敗を繰り返している」という回答者のうち、過半数が「他の顧客企業でも同じような失敗を繰り返している」という意味で答えたことになる。
何より注目したいのは、「そこで回答者に、問題を引き起こした原因として、最も大きいと思うものを聞いた」その回答の割合だ。
(1)「人間力の欠如(合意形成がうまくいかない、対立関係を解消できない)」44.9%
(2)「マネジメント力の欠如(計画が甘い、指示・伝達がまずい)」43.5%
(3)「技術力の欠如(製品知識が足りない、技術的な経験不足)」11.6%
なんじゃこりゃ、と思わないだろうか。
「人間力」って意味不明の日本語だし、計画の甘さや、指示・伝達のまずさレベルの問題がわざわざ「マネジメント力」と名付けるほど大げさな論点だろうか。
ちなみに僕は、こんな簡単な原因も解決できないのかよ、と言いたいわけではない。僕が言いたいのは、本当の原因ではないことを原因だと思っているから、問題がいつまでたっても解決しないんじゃないの?ということだ。
たとえばこの記事では、以下のようなことが個別の失敗事例の「原因」だと推測している。
―「ユーザー側は高圧的にならず、もっと相手の意見を聞くなど柔軟な姿勢が必要」
―「PMにも決め付けや疑心暗鬼があり、対立関係を大きくした可能性がある」
―「不信感が漂う両者の歩み寄りが、どこかで必要だったのではないか」
―「予算に合わせた根拠なき見積りは、アンチパターンの一つである」
―「責任のなすり付けは、人間力の欠如といえる」
―「WBS(Work Breakdown Structure)などで作業を分解し、役割分担を明確にしなかった点はマネジメント力の欠如である」
…などなど。
これらの「原因」は情報システムの開発に限ったことだろうか。むしろ日本企業の組織に共通する、ごくありふれた特徴ではないだろうか。
カネを払う側がや非合理的に高圧的なのは、大手メーカーの購買部門の仕事の様子を見ればすぐにわかる。社内情報システム部門だって、外からモノを購入するときは、購入先に対して非合理的なほど圧迫的なコミュニケーションをとる。
その結果、協力関係どころか、お互いに感情的なしこりを残したままストレスフルな関係が続くというのは、日本企業の日常的な風景だ。
それが常態化しているために、モノやサービスを提供する側も、決め付けや疑心暗鬼になるのは、ある種のリスク回避として当然の行動様式だ。その結果として対立関係が大きくなるのではなく、もともとゼロサムな関係、つまり、どちらが勝つか負けるかというWin-Loseの関係しか築こうとしないので、そうなるのは当然だ。
表面的にモノやサービスを買う側と売る側が良好な関係にあるように見えても、それは単に売る側が買う側に気をつかって、対立関係が表面化しないように努力しているだけのこと。
だから日本の会社員はアルコール漬けになって、精神的な鬱憤をぶちまける手続きを、ことあるごとにくり返す必要がある。そもそも問題を合理的に解決しようという意思が、誰にもないのだから、これは必然的な帰結だ。
「予算に合わせた根拠なき見積り」というのも、情報システムの開発に限った事象ではない。
日本企業どうしの、モノやサービスを売買する関係は、仕様と価格を合理的に比較した結果で決まるのではなく、過去からのつきあいや、関連会社とのしがらみなど、それ以外の要素によって、経営陣が政治的に決定するからだ。
ある売り手は、買い手企業の責任者の機嫌を損ねた結果、出入り禁止になり、相見積もりに参加できない。ある売り手は、買い手企業の大株主の系列企業なので、安値で無理やり受注させられる、などなど。
そんな事例は会社員である皆さんの周りに、いくらでも転がっているはずだ。調達費用が合理的に決定されないのだから、日程も合理的に計画されないのは当たり前のこと。
「責任のなすり付け」は、もともと日本企業では一人ひとりの要員の職務分掌がはっきり決まっていないのだから、これも当たり前。誰も拾わなかったボールが、売る側と買う側の真ん中にあれば、当然、責任のなすり付け合いになる。両方に共通する言い分は、「こっちはボランティアでやってるんじゃないんだ!」
WBSの件は、WBSは一度テンプレートを作ってしまえば、ほぼ機械的に作れるが、一つひとつのタスクの担当者が、最後まで空白とか、個人名ではなく部署名が入っているとか、そうしたことが常態化しているからだ。
これも日本企業の職務分掌があいまいであることの必然的帰結である。
これらの問題を解決するためのテーマとして、日経ITProは、「要件定義手法の確立」「プロジェクト支援組織(駆け込み寺)の整備」「さまざまなルールの順守」「メトリクス(尺度)の導入」「失敗を教訓に変える取り組み」の5つを挙げている。
しかし、そもそも日本企業の組織とその要員は、何か問題が起こったとき、合理的なアプローチで解決する「心の習慣」(by 宮台真司)がないのだから、どれも解決策にならないことは自明である。
自明だからこそ、毎年毎年、日経ITProのようなメディアは、プロジェクト管理手法に関する似たような連載を飽きもせずくり返し、読者も読者で、似たような連載を飽きもせずくり返し読むことになる。
どうやら『日経SYSTEM』2012年1月号には、「さらば失敗プロジェクト」と題して、現状を打開する宣言をするらしいが、日経BP社のIT系の雑誌のバックナンバーをご覧になれば、同じような記事が毎年、どこかに掲載されているはずだ。
こういうマッチポンプみたいなことを、日本の出版社がいつまでくり返せば、実も蓋もない現実をぶっちゃけるようになるのか。
実際には同じような内容の記事を毎年使いまわすことで、記者のみなさんはあまり頭を使わずに仕事を続けられるのだから、記者のみなさんにとって、健忘症の読者は非常にありがたい上得意のはずだ。
日本の会社員には、日経のようなメディアで働く会社員も、その受容者企業側の会社員も、アルコール漬けで健忘症になっているので、同じことのくり返しにも飽きないらしい。彼らに足りないのは、何よりも現状に対する「絶望」だという気がする。