最近サラリーマン社会批判をあまり書かないことについて

最近、社内システム部門の仕事についての記事をあまり書いていない。
日本企業のサラリーマン社会について、日々考えることがないわけではないが、現場の仕事のいちいちについて取り上げて批評しても、あまり意味がないと思っているのだ。
日本人社員の平均点は高く、すき間仕事の取りこぼしがないように、助け合いながら仕事をするのは得意だが、一つひとつの新しい企画について、秀逸なアイデアを出せる人間は皆無に等しい。
僕に企画を任せてくれれば、もっとましな構想やシナリオ、段取りや手順を考えられるのだけれど、そのたびに口を出していたら単に空気の読めない、煙たい奴になってしまう。
日本の組織における同調圧力とは、そもそもそういうものであり、ふつうの日本人は幼稚園のころから、そうして和を乱さないことを叩きこまれてきている。
そういった仲良し集団から決定的にはじき出されてしまうと、そもそも仕事にならないので、普通の人たちの自尊心を傷つけないように注意しながら、自分のアイデアを神経をつかって小出しにしなければいけない。
頭脳をフル回転させなくてもできる仕事を毎日しなければいけないのは、確かに苦痛ではあるけれど、頭脳と体力を全開にしなければクビになるかもしれない過酷な競争のある職場よりはましだ。
何万という会社員が、こんなふうに考えながら、日本中のそれぞれの職場に埋もれているのだとすれば、日本経済が総体として斜陽になるのは当然。
これも長年にわたる日本の横並び式「みんな仲良く」教育の成果なので、そうかんたんに変えられるわけでもない。
無理してあまりラディカルなことを普段から発言していると、変人扱いされるのがオチ。
日本企業での会社員生活を15年以上も続けていると、変えられる部分と変えられる部分の区別がはっきりしてくる。それとともに絶望感も明確になってくる。
それだけのことだ。

最近サラリーマン社会批判をあまり書かないことについて」への1件のフィードバック

  1. ぴっぴぴ ピー助

    いつものはなし

    ブログネタ:【ピグ限定アイテムGET】ピグ内でも日常でも♪最近見つけた「HAPPY」教えて! 参加中
    「僕はずっとこの会社で同じ作業を繰り返して定年退職まで生きていくのか? 別に僕じゃなくてもいい誰でもできる仕事をして」。それを考えると気が狂いそうになる。だから僕…

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