『ネイチャー』誌の福島原発事故分析、日本政府の報告と対立

飯田哲也氏のTwitterで2011/10/25付け『Nature』オンラインに福島第一原発事故の放射性物質の放出についての記事があることを知ったので、日本語に試訳してみる。
Fallout forensics hike radiation toll – Global data on Fukushima challenge Japanese estimates. Published online 25 October 2011 | Nature 478, 435-436 (2011) | doi:10.1038/478435a

(試訳ここから)
3月の福島第一原発の惨事は日本政府の発表より多くの放射性物質を放出した。ある研究が、地球全体から放射能のデータを収集し福島の停止した原発からの放出の規模と方角を試算し、このように結論づけた。
この研究はまた、日本政府の主張に反して、長期間環境を汚染するセシウム137の放出に、使用済み燃料の貯蔵プールが重大な役割をはたしていることを示唆している。つまり、迅速な行動でセシウム137の放出を避けられたかもしれないということだ。今回の分析はAtmospheric Chemistry and Physics誌のオンライン版に掲載され、ピアレビューにかけられている。
ケーラーにあるノルウェー大気研究所の大気科学者アンドレアス・ストールは、この研究のリーダーだが、今回の分析が福島第一原発から放出された放射性物質の総量を理解するためにもっとも包括的な努力だとしている。ストックホルムにあるスウェーデン防衛研究機関の大気モデル作成者ラース=エリック・デ・ギアは、今回の研究に参加しているが、「これは非常に価値のある貢献だ」と語る。
今回の放射性物質の飛散状況の再構成は、日本と世界中にある数十か所の放射性物質モニタリング基地からのデータによっている。これらの多くは核兵器実験を監視するための世界的なネットワークの一部で、ウィーンにある包括的核実験禁止条約機構が運営している。研究者たちはこのデータに、カナダ、日本、欧州の独立機関からのデータを追加し、欧米の膨大な地球全体の気象データを組み合わせた。
ストールは結果のモデルは決して完璧ではないと注意をうながしている。福島原発事故直後の測定は不十分で、いくつかのモニタリング・ポストは放射性物質に汚染されすぎて信頼できるデータを提供できなかった。より重要なのは、原子炉内部で正確に何が起こったのか――それこそ原子炉からの放出物を理解する決定的な部分だが――それが決して解明されない謎のままになるかもしれないことだ。ストールは言う。「チェルノブイリの試算を見れば、25年たってもなお大きな不確実性があることがわかります」
しかし、今回の研究で福島第一原発事故の全体像がわかる。「地球規模の観点をとって、使えるデータはすべて使ったからです」とデ・ギアは語る。
日本の調査者はすでに、福島第一原発事故に先立つ、3月11日の地震の後の一連の事実の詳細なタイムラインを作り上げている。地震によって福島第一原発の6基の原子炉が数時間揺れた後、津波が到達し、緊急時に原子炉を冷却するために設計された重要なバックアップの発電機を破壊した。その後数日以内に、事故当時運転中だった3基の原子炉は過熱状態になり、水素を放出、大規模な爆発につながった。4号機から取り去れれたばかりだった核燃料は、地震当時、貯蔵プールに入れられており、3月14日にこのプールも過熱状態となり、次の数日間にわたって発火した可能性がある。
しかし福島第一原発から放出された放射性物質を説明するには、こうした一連の事実を再構成しなければ非常に難しい。6月に発表された日本政府の最新の報告書によれば、セシウム137は1.5京ベクレル放出されている(Report of Japanese Government to the IAEA Ministerial Conference on Nuclear Safety – The Accident at TEPCO’s Fukushima Nuclear Power Stations –参照)。半減期が30年の同位体で、福島第一原発による長期的な汚染の主因となる物質だ。日本政府の試算によれば、はるかに多くの1,100京ベクレルのキセノン133も放出された。
今回の研究結果はこれらの数値と対立している。今回の研究の再構成に基づいて、研究チームは約1,700京ベクレルのキセノン133が放出されたと主張している。これはチェルノブイリの1,400京ベクレルという試算総量より大きい。福島第一原発事故で3基の原子炉が爆発したという事実で、この大量のキセノンの放出量が説明できると、デ・ギアは言う。
キセノン133は身体や環境に吸収されないので、深刻な健康リスクをもたらさない。しかしセシウム137は環境に数十年とどまるので、はるかに大きな懸念となる。今回の新たなモデルでは、福島第一原発事故は3,500京ベクレルのセシウム137を放出したと試算している。これは日本政府の公表した数値の約2倍、チェルノブイリの放出量の半分だ。数値が高ければそれだけ明らかに心配だと、デ・ギアは語る。本当に市民の健康リスクを確定する方法は、継続的な調査だけだ。
ストールは、研究チームの結果と日本政府の結果のへだたりは、一部はより大量のデータを使ったことによるものだと考えている。日本政府の試算は、一次的には日本国内のモニタリング・ポストのデータに依拠している(Chino, M. et al. J. Nucl. Sci. Technol. 48, 1129-1134 (2011)参照)。このデータは太平洋に吹き飛ばされて、実際に北米や欧州に達した大量の放射性物質を記録していない。「今回の事故の本当の規模と性質を把握するには、太平洋に飛ばされていった放射性物質を考慮に入れる必要がある」と神戸大学の放射線物理学者・山内知也氏は言う。氏は福島第一原発周辺の土壌の放射性同位体による汚染を測定している。
ストールは日本のチームに対する同情も付け加えている。「彼らはとにかく何らかの結果を出したかったのだろう」と。これら2つの研究の差異は大きく見えるかもしれないが、群馬大学の火山学者・早川由紀夫氏によれば、モデルの不確定性を考えれば試算は実際はかなり似通っているとのことだ。なお早川氏は今回の事故のモデル作成も行なっている。
今回の新たな分析は、4号機に蓄積されている使用済み燃料も大量のセシウム137を放出したと主張している。日本政府は燃料プールから放射性物質が漏えいした可能性はないと主張している。しかしストールのモデルは燃料プールへの注水によって福島第一原発からのセシウム137の放出量が顕著に低下していることを明らかに示している(グラフ「放射線の危機」参照)。この発見は燃料プールにより早く注水していれば、降下物の多くは避けられたかもしれないことを意味している。
日本の当局は使用済み燃料は重要な汚染源ではないと主張し続けている。燃料プール自体は大きな損害をうけていないからだ。茨城県にある日本原子力研究開発機構の茅野政道氏は、日本の公式な資産の作成を支援したが、「4号機からの放出物は重要ではないと考える」と語る。しかしデ・ギアは今回の新たな分析によれば、燃料プールが「決定的であるように見える」と言う。
最新の分析はまた、キセノン133が地震の直後、津波が到達する前に、福島第一原発から放出された証拠を示している。これは破壊的な津波がなくても、自身だけで原発に損害を与えるのに十分だったかもしれないことを示している。
日本政府の報告はすでに福島第一原発の揺れは発電所の設計仕様を超えていたことを認めている。反原発活動家たちは、日本政府が原発建設を許可する際に地質学的な危険性を十分考慮してこなかったことに対して、長年にわたり懸念を示してきた(Nature 448, 392–393; 2007参照)。そして山内氏によれば、キセノンの放出があったのであれば、原子炉の安全性アセスメントを大きく考え直す必要があると話す。
今回のモデルはまた、東京の人々にももっと破滅的な影響を容易に与えたかもしれないことを示している。事故の翌日、風は海に向かって吹いていたが、3月14日の午後には陸へと向きを変えた。それによって放射性物質セシウム137を含む雲が日本の巨大な帯状の地域に運ばれた(「放射性同位体飛散の再構成」参照)。降下物が落ちた場所は、日本の中央山地に沿って原発の北西へと向かっており、後に土壌中で高レベルの放射性物質が記録されている。幸い、首都やその他の人口密集地域には雨が降っていなかった。ストールは言う。「東京上空に高濃度の雲がただよった時間帯はあったが、雨がふらなかった。もし降っていればさらにひどいことになっていただろう」。
(試訳ここまで)