21世紀の生活設計について改めて

少子高齢化には歯止めがかからず、厚労省の楽観的な高齢化シナリオに基づいてさえ、年金の支給年齢も段階的に引き上げられるのは必至で、僕らの世代が生活できる年金を受給できるのか、極めてあやしい。
それに、企業の終身雇用も実はかなり前から現実のものではなくなっているし、被雇用者に占める非正規雇用者の割合は増加するだろうから、年金受給年齢まで働きつづけることも非現実的だ。
僕ら1970年代生まれの世代は、すでに自分たちの両親の世代とは、全く異なる長期的な経済的・社会的条件に生きているということを、いい加減、現時点の意思決定や行動に反映させた方がいい。
以前からここに書いているように、20年以上のローンを組んで家を買うなどというのは、僕らの世代にとっては、すでに最適な人生選択ではなくなっている。
僕らの親の世代において、すでに長期のローンを組んで購入した不動産を転売して、利益を得ることはできなくなっている。家を買ったら、その瞬間から不動産としての価値は下がる一方である。
それでも僕らの親の世代が家を買うことにこだわった理由は、老人になったとき、せめて家賃を払わずに住み続けられる自宅くらいは確保しておこうという、「保険」のためだ。
しかし、自分たちが老いた後の住居としては、3部屋も4部屋もあるような一戸建てやマンションは明らかに大きすぎる。
実際は自宅を購入した後に、子供を数人産んで育てなければならないので、子供が生活する空間も確保するために、それだけの広さの自宅を、高額な借金をして買わなければいけない。
しかも、自分の子供が幸福な未来を手に入れやすいように育てるには、高額な教育費がかかる。
僕らの親の世代はそうして、若いうちに自宅を購入することで20年以上も借金を返済し続ける決断をし、かつ、若いうちに子供を作って育てることで、やはり大学に入るまで、場合によっては大学を卒業するまでの20年以上、高額な教育費を負担する決断してきた。
そのような、僕らから見るとかなり危険性の高い決断をすることができたのは、彼らの世代が安定した収入を少なくとも20年以上は期待できるような、経済的・社会体条件の中で生活していたからだ。
ところが、僕らはこれから20年以上も、現状の収入が少しずつ増えていくどころか、減らないだろうということさえ期待することは難しい。
それを分かっていて、若いうちに自宅を購入したり、子供を数人つくったりする行動を合理化しようとすれば、子供はまともな生活ができるとしても、自分たちは老人になった後、住宅ローンを完済できずに持ち家から退去させられたり、貯金を使い果たして生活保護を受けていたり、それ以前に自殺している、そういう未来を覚悟する以外に、合理的な理由は見当たらない。
逆に言えば、僕らの世代が、老人になった後、つつましい生活ながらも生き延びようとするなら、合理的に考えれば、住宅ローンなどかかえることはできないし、まして子供など持つことはできない。
長期間の住宅ローンで、多額の金利を上乗せされた借金をかかえるよりは、若くて健康なうちに活動的な人生を送るために、生活するのに最小限の、できるだけ安い賃貸住宅に住むのが合理的な選択だ。
万が一、収入が減ったり失業したりしても、賃貸住宅ならより安い場所に住み替えることで適応できる。
大地震などの天災が起こっても、環境に影響を受ける範囲で原発事故が起こっても、集中豪雨で住宅が被害を受けても、賃貸住宅なら二重ローンをかかえるリスクはない。別の土地の賃貸住宅に住み替えればよい。
日本はこのまま少子高齢化が進むことは間違いないので、長期的には住宅価格は確実に低下していく。
なので、若い間は賃貸住宅を、その時その時の収入レベルに合わせて住み替え、その時点の消費生活をある程度楽しみながら、少額でもいいので貯金をつづける。もちろん貯金の利子は期待しない。ただ銀行を金庫がわりに使うだけだ。
生命保険や医療保険は、世間一般に言われている程度に掛けておくのもいいだろう。
そうやって今を生き延びて、もしも長生きするようなことがあれば、仕事が続けられなくなったあたりの年齢で、それまでの貯金を使って、現金一括で、老人として生活するのに最低限の広さの住宅を購入すればよい。
長期的には住宅価格は必ず下がるので、現時点と比べれば、同じ広さの住宅でもかなり安く変えるはずだ。そうして未来において住宅価格が安くなっているということは、貯金の利子がゼロであっても、実質的にはプラスの利子で貯金していたことになる。
非合理的な行動は、いま低金利で長期の住宅ローンを組んで、例えば3,500万円のマンションを購入し、総額で例えば4,800万円ほどを完済したときに、そのマンションの時価が1,000万円になっていた、ということを分かっていて、いま3,500万円のマンションを長期住宅ローンで購入するような行動である。
そうではなく、いまは少額をひたすら貯金し続けて、老後の生活に十分な狭さの住宅を、老人になってから現金一括で購入するのが、どう考えても合理的な行動である。
まして老人になれば、自宅の中でもそれほど活発に動きまわることはできない。居間も台所も、むしろコンパクトな方が生活しやすい。
いま日本のすべての若者が、このような明らかに合理的な人生選択をすれば、どうなるだろうか。
まず賃貸住宅の家賃相場が上がる。その分、集合住宅型の賃貸住宅の供給が増える。日本の狭い国土は、一戸建てや、一戸あたりの面積が広い分譲マンションより、狭い賃貸住宅をより多く供給するのに適している。
販売用の住宅の価格はより硬直的で、賃貸住宅の家賃の方が、短期的な需給変動により柔軟に反応する。賃貸住宅の家賃がおおむね2年ごとに更新されるのに対して、販売用住宅の価格は、個々の物件の企画から竣工までの期間に反応するので、当然だ。
同じ住宅なら、多少狭かったり使い勝手が悪くても、賃貸住宅の方が、よりその時その時の経済情勢に合った価格に調整される可能性が高い。この意味でも、引越しをする体力・経済力が残っている若いうちは、賃貸住宅に済むのが合理的である。
問題は、誰も子供を持たなくなったら、少子高齢化がいま以上のペースで進むということだ。
個人的には、これはこれでいいのではないかと考える。
結果として日本社会のシナリオが、より悲劇的な方向へ下振れすることになるが、ここまで書いてきた「賃貸住宅に住み、子供をもたない生活」という合理的選択のすすめは、日本社会全体としては衰退に向かうことを「覚悟」する考え方だからだ。
つまり、どちらにしても現時点の若者たちは、現時点の老人たちが享受しているような生活を、老人になったときに享受することは絶対に不可能である。
だとすると、仮に現時点の若者たちが子供をもった場合、その子供たちが老人になったときに残る社会というのは、さらに悲惨な社会にならざるを得ない。
自分たちが子供をもって、わざわざその子供たちに悲惨な老後を送ることを強要するくらいなら、初めから子供をもたないという方が、より倫理的な選択と言えないだろうか。
現時点の若者たちは、上述のような生活方式を選択することによって、日本社会を自分たちの「代」で終わりにしても構わないのではないか、というのが僕の提案である。
自分の後の世代に、陰惨な老後という悲劇しか残せないことが初めから分かっているなら、自分の後の世代そのものを無くしてしまうことが、より倫理的ではないか。
残念ながら、現時点の若者たちが、いくら「そんな縮小均衡が最終的にゼロになるような未来の日本社会はイヤだ」とわめいたところで、そういった事態を避ける唯一の選択肢は、現時点の高齢者から若者への所得の再分配である。
言い方をかえれば、現時点の老人たちが、自らすすんで「そんな縮小均衡の日本はイヤだ」と心から思い、自らすすんで自分の年金を削って若者への所得の再分配の原資にするのでなければならない。
ただ、僕自身は現時点の老人たちが、そんなお人好しばかりだとはとても思えないので、現時点の若者たちはより確率の高い方、つまり、現時点で高齢者から若者への所得の再分配など起こりえない、という方に賭けるべきだ。
したがって、自分たちの親とは全く違って、若いうちは賃貸住宅に住み、子供をもたず、老人になってから現金一括で死ぬまで何とかしのげる程度の小さな住宅を購入する、という人生設計をすべきなのだ。
すでに20年以上の住宅ローンを組んで家を買ってしまった、僕よりも若い人が、もしこの文章を読んだら、大いに自分の選択を後悔してほしい。
ただ後悔するだけで何もしないのがイヤなら、損失の少ないうちに自宅を売り払って、住宅ローンを返せるだけ返し、今までの住居に比べればガックリくるような賃貸住宅に引っ越すべきだろう。キャピタルロスが少ないうちなら、まだやり直しは効くかもしれない。
未来に希望がもてない時代に生きているなら、未来に希望が持てた時代に生きていた人々と同じ選択をしてはいけない。
ごく当たり前のことだと思うのだが、僕の周囲の会社員たちがそうしていないのが、僕にとっては世界の七不思議である。