『人間と環境への低レベル放射能の脅威』を読んだ

ラルフ・グロイブ、アーネスト・スターングラス著、肥田舜太郎・竹野内真理訳『人間と環境への低レベル放射線の脅威~福島原発放射能汚染を考えるために』(あけび書房)を読んだ。

この本のレビューをするのはとても難しいが、お子様のいらっしゃる方は、とりあえず「必読」としておすすめしておく。
まず肥田舜太郎氏が本書の日本語訳に着手したのは、東日本大震災による福島第一原発事故が起こる数年前だった。
もし、福島第一原発事故がなければ、たぶん本書は原子力についての「トンデモ本」あつかいされ、完全に黙殺されていたに違いない。
福島第一原発事故が起こった後の現在でも、原著者のアーネスト・スターングラス氏や、本書の原題である「ペトカウ効果」について、放射線医学や原子物理学の専門家の評価は、かなり低いようだ。
つまり、反原発ありきで、科学的な議論がゆがめられていると。
たしかに本書には、あらゆる社会問題、環境問題の背景に、原発から放出されつづける低レベルの放射性物質があるとする、一種の極論にあえて踏み込んでいる。
たとえば、米国の1950~1960年代の大気圏内核実験による放射性降下物が、当時の若者の精神発達障害の発症率を高め、結果として犯罪発生率を増加させているという指摘(p.213~)。
エイズの増加が、1960年代以降の先進諸国で原発が次々建設されたことによる、低線量放射線の拡散と、その内部被ばくによって、人体内の活性酸素が増加してきていることと関係があるという指摘(p.263~)。
ここまで書かれると、正直「本当か?」と疑いたくなる。
しかし、これからの日本は、チェルノブイリ事故よりはるかに大きな規模で、食物による低線量の内部被ばくの疫学調査の「実験台」になることには違いない。
広島・長崎の被ばく者の疫学調査は、実は1950年までの5年間、調査がされていないという点で、大きな欠落がある。
また、現代と違って、広島・長崎の原爆による被ばく者が、終戦当時、誰も満足な治療を受けられなかったという特殊要因がある。
つまり、誰でも一定レベルの医療を受けられる先進国で、これほど大規模な放射性物質の拡散が起こり、それがさまざまな経路で、国民の体内にとりこまれていく、というのは、人類が初めて経験する未曾有の事態なのだ。
僕らはそうした未曾有の事態に直面しているわけだが、そういうときに、今まで「トンデモ学説」に近いあつかいを受けてきた「ペトカウ効果」と、そこから予測されるさまざまな健康被害のリスクを、知らないままでいられるだろうか。
少なくとも日本政府が内部被ばくの健康リスクについて、食物の放射線量の暫定基準値としている値が、チェルノブイリ基準からしても、明らかにゆるすぎることは確かだ。
また、外部被ばくについても、日本政府が基準としているICRPの基準は、原子力発電所の費用対効果を正当化するために、込み入った計算によって、少しずつゆるめられてきた事実がある。
ICRPの基準値がいかにあてにならないかは、本書のいたるところでふれられている。
だとすれば、福島第一原発事故処理が今もつづいている日本で、考えられるさまざまなシナリオのうちの「最悪のシナリオ」として、「ペトカウ効果」とそれによる健康被害の「仮説」を、われわれ日本人は、少なくとも知識として知っておく必要はあるのではないか。
一方で、「プルトニウムは飲んでも安全です」という極論をいう学者までいたくらいなのだから、バランスをとるためにも、それよりは十二分に信頼できる、低レベル内部被ばくによる健康被害の仮説について、少なくとも理解しておく必要はあるだろう。
その結果として、たとえば実際に下記のブログのような、実際の行動に出るという選択肢もあるし、心配無用と今までどおりの食生活を送るという選択肢もあるだろう。
『動けば変わる!お住まいの市町村に、給食の放射能測定器を入れてもらおう☆』(2011/09/04 17:26:57 ブログ「バンビの独り言」)
その選択のどちらが適切だったか、結果がわかるのは、10年ほどたってからのことになるのだが…。