肥田舜太郎・鎌仲ひとみ著『内部被曝の脅威』(ちくま新書)

肥田舜太郎・鎌仲ひとみ著『内部被曝の脅威』(ちくま新書)を読んだ。

本書は2005/06/10、東日本大震災の前に出版され、人類の原子力利用の歴史において、とくに第二次大戦後、内部被ばくによる健康被害が軽視され、ときには意図的に隠蔽されてきた事実を告発している。
著者のうち、肥田舜太郎氏は自ら広島で被曝した医師で、戦後一貫して原爆症患者の治療にたずさわってきた。鎌仲ひとみ氏はジャーナリストだ。
内部被ばくがもたらす健康被害の実例として、湾岸戦争で米国によって大量に使用された「劣化ウラン弾」によるイランの子供たちの健康被害(各種のガンや先天性異常)、肥田氏自らいまも体験している広島・長崎の原爆後遺症、そして、米国のハンフォード核施設周辺の住民がうけた健康被害などだ。
ところで、ニュースでよく「ホールボディーカウンタ」の話を聞くが、この機器はガンマ線しか測定できず、内部被ばくで重要なアルファ線、ベータ線がまったく測定できないのは、すでにご承知のとおりだ。
マスコミは「ホールボディーカウンタ」が、福島第一原発の近隣住民の健康調査をする鍵であるかのように報道しているが、完全な誤報である。
この点ひとつ取ってみてもわかるように、内部被ばく、なかでも低線量の内部被ばくによる健康被害の問題は、今のところマスメディアや一般市民に正しく認識されていない。そのことが、本書を読むとよくわかる。
また、今後長期間にわたって東日本全体で明らかになってくるかもしれない、内部被ばくによる健康被害を考えるとき、重要な観点がごっそり抜け落ちていることも、本書を一読すればよくわかる。
内部被ばくの健康への影響については、放射線医学の専門家のあいだでも意見が分かれるようだ。

例えば、近藤宗平著『人は放射線になぜ弱いか』(講談社ブルーバックス、1998年)では、人類は長い年月をかけて自然に存在する放射性物質に適応してきたので、低線量の内部被ばくに健康被害はないと断言している。
たとえばオンラインで読める近藤宗平氏の論文には、『放射線は少し浴びたほうが健康によい』というものもある。これを「ホルミシス効果」と呼ぶらしい。
肥田舜太郎氏は上掲書『内部被曝の脅威』の中で、近藤氏の『人は放射線になぜ弱いか』をとりあげ(p.86~)、この「ホルミシス効果」など、低線量内部被ばくに健康被害はないとする見方を否定している。
肥田氏が内部被ばくの問題を医師としてのライフワークとするきっかけになったのは、広島・長崎で内部被ばくしたと思われる、さまざまな原爆症患者を診察してきたことだ。
広島・長崎に原爆が投下されて数日たってから市内に入った人々が、似たような症状で亡くなっていく。その症例は本書の第二章前半に書かれている。
そして自らの体験を裏づける理論が、後に米国から出てくる。それがピッツバーグ大学医学部放射線科のスターングラス教授の見解であり、「ペトカウ効果」というものだ。
「ペトカウ効果」についての詳細は、本書『内部被曝の脅威』のp.90以降か、肥田舜太郎氏が竹野内真理氏と共同翻訳した『人間と環境への低レベル放射能の脅威―福島原発放射能汚染を考えるために』(あけび書房)をお読みいただきたい。

また、『内部被曝の脅威』における「ペトカウ効果」の引用の仕方が不正確だとするブログ記事も紹介しておく。コメント欄に竹野内真理氏自身が意見を寄せている。
『「ペトカウ効果」は低線量被曝が健康に大きな影響を与える根拠となるのか?』(2011/06/16 ブログ「ぷろどおむ えあらいん」)
『低線量放射線の健康影響をどう考えるか』(2011/06/16 ブログ「ぷろどおむ えあらいん」)
僕自身は、低線量内部被ばくと健康被害に相関性があるのかどうか、判断できるだけの専門知識はない。
ただ、福島第一原発の事故が現在進行形である今の日本で、環境線量と外部被ばくの問題にくらべて、低線量の内部被ばくの問題があまりに見過ごされているのが、きわめて不可解だと考える。
ビデオニュース・ドットコムによれば、福島県で3月下旬に子供たちの甲状腺の内部被ばくの国と県による合同の調査結果について、当事者たちへの説明会が始まったのが、ようやく2011/08/17のことだ。
個人的には、低線量内部被ばくについて、放射線以外の要素を完全に除外した、正確な疫学的調査などできるわけがないと思う。
その意味で、事後の疫学的観点からは、健康被害を肯定する意見も、否定する意見も、それぞれに一定の根拠を持つのかもしれない。
しかし、いま日本が置かれている状況で重要なのは「予防」だ。内部被ばくによる健康被害について、専門家の意見が全員一致でない限り、「予防」の必要性まで否定する権限は誰にもないはずである。
学問的な議論とは別に、住民の協力を得つつ「予防」を現実に進めるためには、前提として内部被ばくによる健康被害の可能性は「ゼロではない」と、いったん社会的に暫定合意せざるを得ないのではないか。
その暫定合意までを、医学的根拠がないとして否定するのは、「隠蔽」と批判されても仕方ないのではないか。
…というのが、僕の暫定的な意見である。