JOIN ALIVEの鬼束ちひろを又聞きでレビュー

鬼束ちひろが、2011/07/24の「JOIN ALIVE 2011」(北海道・岩見沢)のステージで3年ぶりにライブをしたが、その様子がかなりブッ飛んでいたらしい。
こちら「豆柴・楓パパ」さんのTwitterを参照。
また「Listen.jp」の下記の記事を参照のこと。
『夏フェス会場騒然、鬼束ちひろ“クレオパトラ姿”でタンバリンを叩きつけ熱唱』(2011/07/25 Listen.jp)
以下、「豆柴・楓パパさん」の関連ツイートを引用させて頂きつつ、5月に彼女の渋谷の個展会場で、鬼束ちひろ本人に会って、小一時間、ファンの皆さんと雑談したときの彼女の様子をふまえて、コメントしたい。
その時の様子は、この「愛と苦悩の日記」の「鬼束ちひろにキスマークをつけられた件」(2011/05/14)に書いた。
なお「豆柴・楓パパ」さんのツイートは、一般の観客の方の反応としてはきわめて普通で、僕としては批判する意図はまったくないことを、最初に記しておく。
■見かけ上の攻撃性は自己防衛
「そして鬼束事件①ピアノとチェロのみのセットを見たときは美しいライブを期待したのですが(涙)なんとなくアカペラの1曲目から声にキレがなくロングトーンでも声がひっくり返ったり、様子がおかしく感じました。エジプト風衣装は「多少の演出」と思っていたのです・・・ #joinalive11」
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1曲目は4thアルバム『DOROTHY』収録の1曲目「A WHITE WHALE IN MY QUIET DREAM」だったようだ。
「美しいライブ」とあるが、鬼束ちひろについて、かつての「癒し系歌姫」的なイメージはもうない。Aラインのロングドレスで登場、などという期待はもってのほかだ。
最新アルバム『剣と楓』を聴くとわかるように、今の彼女にとって『月光』や『蛍』のラインの曲は、たくさんある作風のうちの一つの選択肢でしかない。

ライブでの歌唱が安定していないのは、ブランクがあったせいだろう。その状態でステージに上がるのが、プロとしてふさわしいかといえば、ノーだが、今回のライブの結果は、彼女自身が引き受けることだ。
声質も確かに以前とくらべて変化している。
年齢のせいと、あとは、昔のように極度のストレスからパニック障害になるほど多忙ではなく、スケジュールに余裕のある生活で、毎日声を出しているわけではないことからだろう。
彼女はデビュー当時から、ボイストレーナーに発声の訓練をうけることを拒否しているので、こうなるのは必然的な帰結だ。
エジプト風衣装という部分は、最近の彼女のファッション傾向を知らなかった観客には、かなり刺激が強かっただろうが、演出でも何でもなく、彼女の普段着より少し派手だっただけと思われる。
ファッションを含めて、最近の鬼束ちひろの見かけ上の「攻撃性」は、彼女が緊張状態にあるときの、自己防衛と考えていい。
個展会場での様子もそうだが、女性マネージャーと2人きりで話しているときや、一人で資料を読んでいるときなど、対人関係の緊張がないときは、きわめてふつうだ。
むしろ、僕の帰りぎわ、彼女が個展に来てくれたことに対して、ていねいにお礼をしてくれた様子は、ファンのこちらが恐縮するほどだった。
今年出版されたエッセー集『月の破片』を読むとわかるように、対人関係、とくにステージなど大人数を前にしたときの、鬼束ちひろの緊張症は、2ndアルバムのころからかなり重いようだ。
■『月光』のころの彼女はあやつり人形
「鬼束事件②2曲目は比較的よかったのですが、振り付けが自己満足の状態で演出として観客に伝わっていません。『おや?』この辺から衣装自体にも不穏なものを感じました。演奏終了後の奇声で大半の観客が凍り出しました・・・ #joinalive11」
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この曲は「豆柴・楓パパ」さんのツイートから『青い鳥』だろうと思ったが、Listen.jpの記事によれば、やはりそうらしい。

自己満足の状態の振り付けは、『X』(2009/05/20発売のシングル)のPVですでに見られ、『帰り路をなくして』(2009/07/22発売のシングル)のPVでも見られる。
もちろん『青い鳥』(2011/04/06発売のシングル)のPVにもあるので、昔からのファンにとっては、特に奇異なものではない。
ケイト・ブッシュがリンゼイ・ケンプに薫陶をうけたのと違って、鬼束ちひろの舞踏は我流で、バレエや日本舞踊などの基礎もないので、ヘンに見えるのは仕方ないだろう。
彼女のそういった経緯を知らない観客に、彼女の舞踏で何も伝わらないのは、ある意味、当然かもしれない。
『月光』時代の、一般受けするようにガチガチに演出された鬼束ちひろと、今のセルフプロデュースの鬼束ちひろは、全く別のアーティストというべきかもしれない。
「奇声」については、実際にどういった声だったかを聞けば、かなり的確に理由づけをする自信はある。
じゃあ岩見沢に行けばよかったじゃないか、と言われそうだが、僕はパニック障害で飛行機に乗れず、北海道では日帰りできないので仕方ない。
■鬼束ちひろとパニック障害
「鬼束事件③そして問題の3曲目。何やら必死に床のセットリストをいじり出す、どうやら歌詞だった模様。そして土下座状態で床にタンバリンを叩きつけながら歌う・・・最後は息切れとも喘ぎ声ともつかぬ声で終了。 #joinalive11」
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この3曲目はListen.jpの記事によれば「BORDERLINE」らしい。3rdアルバム『SUGAR HIGH』(2002/12/11発売)の最後に収録されている曲だ。
なるほど、「BORDERLINE」なら、タンバリンを床に叩きつけて、最後は喘ぎ声になるのもうなずける。最後のリフレインは、2002年当時の彼女でさえ絶叫でしている。そういう曲なので仕方ない。
また、鬼束ちひろはシンガー・ソングライターなので、英語の詞を含めて、歌詞を部分的に間違えることはあっても、歌詞カードを見なければ歌えないということはない。
なので、セットリストをいじり出すという行動は、もしかすると、パニック障害の「予期不安」のせいではないか。彼女が二度と味わいたくない、ステージ上での恐ろしい体験だ(詳細は彼女のエッセー『月の破片』を参照のこと)。

同じ公の場所でも、渋谷の個展の会場で僕が直接話した鬼束ちひろは、自分のファンとスタッフに囲まれ、そうした不安におちいらずにすむ。
しかしJOIN ALIVEは初めての会場で、最近の鬼束ちひろを知らない大勢の観客を前にして、この3曲目あたりで彼女は「予期不安」におそわれたのかもしれない。
仮にそうだとすると、手元にある物をもてあそんだり、身近にいる誰かとおしゃべりするなど、何とか発作にならないように気を紛らす必要がある。
演奏を続けつつ予期不安をおさめるには、セットリストをいじったり、タンバリンを舞台に叩きつけるなどの激しい動作で、注意を分散させるしかない。
パニック障害の予期不安から発作への流れを、何度も経験している僕としては、その不安は察するに余りある。死んでしまうのではないかという、かなりつらい状況だ。
「鬼束事件④4曲目はカバー曲らしいけど、なぜか黒人系を意識したと思われるダミ声で歌う・・・デス声に聴こえたのは私ぐらいか?気になったのは神経質にリストをいじる仕草。なんか精神的なコンディションが悪かったのでは?そう思いました。 #joinalive11」
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4曲目はListen.jpによれば、The Guess Whoのカバーで「American Woman」とのこと。レニー・クラビッツもカバーしているようだ。
ダミ声の件は、最新アルバム『剣と楓』の「NEW AGE STRANGER」というエレクトロポップで彼女が試みているような、今までの透明感のあるボーカルとは違う発声のことと思われる。
シングル『青い鳥』のカップリングになっている、アコースティック・アレンジの同曲の方が、その発声法がよく聴きとれる。
なのでダミ声についても、鬼束ちひろのファンにとっては経験済み。とくに目新しさはなかったに違いない。
それより気になるのは、神経質にセットリストをいじりつづける仕草で、上述のように、パニック障害の予期不安をごまかし、気を紛らせるための行動と考えると、説明がつく。
■自信過剰と自信喪失のはげしい落差
「鬼束事件⑤結局ラストになった持ち歌『Beautiful Fighter』直前のMCでは開口一番『おまえらはマゾだ!』う~ん・・・ホルモンでさえもう少し品があった気がする。しかもコード進行を把握しておらずグダグダに終わる。ヒット曲は大事な商品のはずだが? #joinalive11」
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彼女が仮にパニック発作寸前だったとすれば、とてもMCなどできる状態ではない。MCの内容が支離滅裂でもムリもない。
別に頭がおかしくなったわけではなく、とにかく不安感を紛らすために、何かをしゃべり続けないと、その場に立っていることさえできない。そんな状況だったとも考えられる。
そして、ギターのコード進行を把握していなかった件。鬼束ちひろは子供のころエレクトーンを習っているが、クラシック・ピアノの教育は受けていない。作曲にはピアノではなく電子キーボードを使う。
ましてギターは、5thアルバム『DOROTHY』以降に始めたばかり。いわば「三十の手習い」で、単純なカッティングで何とかコードは弾けます、というレベルに違いない。
今回のJOIN ALIVEでは、彼女としては新しい自分を見せるために、あえてギターに挑戦したのだろう。ファン・サービスのつもりだったのかもしれない。
公の場では自信たっぷりで堂々としているかのような言行を見せながら、ある部分で極めて自己評価が低いことは、『月の破片』を読むとよく分かる。
そんな彼女が今回のライブのために、一人の部屋で『Beautiful Fighter』のコードを練習している姿を想像すると、ファンとしては泣けてくる。
しかも、仮に本当にパニック障害の予期不安があったとすれば、この曲の頃には、すでに不安感は耐えがたいレベルに達していたと思われる。MCにも増して、ギターを弾く余裕など全くなかっただろう。
■あくまでしらふだが、コカコーラ依存
「鬼束事件⑥なぜかコーラを給水?スポンサーでもないのにラベル貼りっぱなし。そのあげく歌詞orセットを神経質に片付ける。突如メンバー紹介をしてピアニストにナゾのポーズを決める???そして遂に奇声一番でリストを放り投げ退場。 #joinalive11」
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コーラの件だが、鬼束ちひろファンなら知っているように、デビュー当時からのステージドリンクだ。ノンカロリーではなく、がっつり糖分入りのコカコーラしか飲まない。なので3rdアルバムのタイトルは『SUGAR HIGH』。
レコーディング中もコカコーラを飲み、いくらコーラを飲んでもげっぷが出ないのは、ファンにはよく知られた話。
昔のステージではコカコーラのラベルを隠していることもあったが、JOIN ALIVEのスポンサーが寛容だったということではないか。
鬼束ちひろはよく誤解されるような、アルコールや薬物の中毒はない。鬼束一家は全員お酒が飲めない体質であることは『月の破片』に詳述されている。

また、彼女はタバコも吸わない。僕もタバコを吸わないので、喫煙者のとなりに座れば、とくに女性の場合は髪の毛から煙の匂いがするのですぐ分かる。
渋谷の個展会場で、僕は彼女のとなり50センチくらいの距離にずっと座っていたし、ハグもしてもらったが、彼女からタバコの匂いはまったくしなかった。
彼女は2002年ごろ、『月光』がブレイクした後の超過密スケジュールのため、不眠症になり、今でも不眠症の薬を飲んでいる。仮にアルコールや薬物に依存していれば、睡眠導入剤との副作用で、とっくに体を壊しているはずだ。
『月の破片』で本人も書いているように、鬼束ちひろはとにかく体は丈夫らしい。例の殴打事件でも、医者が驚くほどケガの回復が早かったという。
さて、神経質に歌詞やセットリストを片付けた後、突然のメンバー紹介、ナゾのポーズでの退場。これらも、予期不安が耐えがたいレベルになっていたと仮定すれば納得がいく。
ともかく一刻も早くステージを降りないと、ステージ上で倒れてしまうかもしれない。そんな状態で、メンバー紹介の段取りだけは何とか消化した、といったところだろう。
ナゾのポーズについては、ステージを去るときの照れかくしみたいなもので、これもライブ終わりの彼女の昔からのおちゃめなクセだ。
昔のライブをDVDで見ると、満面の笑みで客席に向かってピース!みたいな感じだが、最近のファッションの変化に、仮に予期不安が重なっていたとすれば、かなり奇妙なポーズになっていただろう。
■レコーディング中心の活動がみんなハッピー?
「鬼束事件⑦その後、観客は取り残された感じで「え・・・え~~」とあぜん。ステージの入れ替えが始まり終了したことを知りました。 #joinalive11」
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今回のJOIN ALIVEの観客のうち、鬼束ちひろの1stアルバムから最新アルバム『剣と楓』まで聴いているファン以外の人たちは、『月光』や『眩暈』のころの彼女の印象しかないだろう。
その頃と比較すれば、ただでさえ10歳も年を重ねているし、ファッションも言行も奇抜だし、ただ言葉を失うしかないのは当然だ。
ただ、最近の彼女の様子を知っていたファンにとって、JOIN ALIVEのステージは7割方は納得できるものだったに違いない。
残りの3割は何かと言えば、秋冬に予定されている2,000人キャパの会場でのライブへの不安だ。
個人的にいちばん心配なのは、今回のJOIN ALIVEのステージで、彼女が舞台上で初めてパニック障害の発作を体験した時のことを、追体験してしまったのではないか、ということだ。
鬼束ちひろは、4thアルバム『LAS VEGAS』の後も約2年間、表立った活動を休止したが、30歳という年齢から、自分には音楽しか生きる道がないことを覚悟している。このあたりも『月の破片』参照。
スタジオ中心の活動なら、舞台の不安を味わうこともなく、自分の好きな作詞・作曲に没頭できる。父親が社長になっている個人事務所のナポレオンレコーズに移籍しており、プロデュースも自分の思うままにできる。
その意味で、5thアルバム『DOROTHY』の制作以降、ここしばらくは、デビュー以来初めてと言っていい、ほぼストレスのない音楽活動をしていたと言える。

ちなみに、例の殴打事件が、鬼束ちひろの音楽性の本質にほとんど影響していないことは、『月の破片』を読むと分かる。むしろ彼女の生活にとっては、宮崎県の実家にいる両親と、妹1人、弟1人の家族以外に、親しい人間関係を作れないことの方が、本質的な問題のようだ。
そんなふうに、ここ2年間ほどはスタジオ中心の平穏な音楽活動をしていた鬼束ちひろが、今回、久しぶりに舞台に上がってみて、予想以上に不安感や恐怖感が強くて自分でも驚いたのではないか。
その結果、パニック発作ギリギリのところまで追いつめられ、ほぼ余裕のない想定外の展開になってしまった、というのが真相のような気がする。これは飽くまで個人的な推測にすぎないが。
今ごろ彼女は、他人に対しては平静をよそおいつつ、不眠症を悪化させているかもしれないし、宮崎の母親に電話をかけまくっているかもしれない。
今回のJOIN ALIVEの前に、お気に入りのニューヨークへ旅行していたのも、何とかステージを乗り切るのための充電を、という一心だったのかもしれない。
個人的には、鬼束ちひろはレコーディング中心で活動するのが、本人にとっても、ファンにとっても結局はハッピーなのではないかと思う。ライブをするなら、キャパの小さいライブハウスだけにしてはどうか。
彼女は『月の破片』の中で、今も自分を応援してくれるファンを大事にしたいという思いを新たにしている。表立ってそれを口にするときは「聴きたくない人は聴かなくていい」なんて、突き放した言葉づかいになってしまうが。
そんなファンとの交流は、何ならUSTREAMやニコニコ生放送など、コストのかからないネット放送で、身近なスタッフを司会に、リラックスしてできる状態でやってはどうか。
渋谷の小さなCAFEで、鬼束ちひろ本人と小一時間、楽しく過ごした僕としては、その方が望ましい姿のような気がする。