政治家に対する国民とマスコミの過剰な期待の弊害

松本復興大臣が「失言」で辞任したが、マスコミ含め、日本人は政治家に対してどこまで高望みをしているのだろうか。そもそも、松本復興大臣を任命した菅首相を任命した民主党を与党に押し上げたのは、国民自身ではないか。
日本の政治家に、誰が見ても、どの分野の担当大臣になっても、文句のない人材がゴロゴロいるなら苦労はないが、優秀な人間が政治家になることを選ばない日本社会を作っているのは、われわれ日本国民自身なのだから、もっと現実的になるべきだろう。
震災からの復興を一刻も早く進めたいなら、いま使える人材で妥協せざるをえないのではないか。
マスコミは「政治家たるもの…」などという理想論を、この期に及んで悠長に展開している。たまたま朝のみのもんたの番組を見ても、評論家諸氏が松本氏をドヤ顔で非難していた。
失言した人間の揚げ足をとることなんて、バカでもできる。そうしたマスコミ報道に乗じて、松本氏を総攻撃する国民も、思考停止がはなはだしい。
そんなことをしている場合ではない、ということを、マスコミも国民も理解できない。
日本のマスコミが、その程度のマスコミであり、日本の国民が、そんなマスコミの垂れ流す情報にあっさり便乗する程度の国民だからこそ、あの程度の政治家しかいないのであって、その逆ではない。
傑出した政治家が救世主のように現われ、強力なリーダーシップをもって、国民を導いてくれる。そんな幻想を多くの国民が抱いているとすれば、それこそ民主主義も何もあったものではなく、一党独裁、挙国一致体制まっしぐらではないか。
限られた人的リソースを有効に使って、いかに震災からの復興を前へ進めるか、そういう短期的な課題と、日本社会をどう変えればまともな政治家を輩出できるようになるかという長期的な課題を、混同すべきではない。