原発は事故を起こさなくても被ばく者を生み出しつづける

先日の記事でもふれたが、堀江邦夫『原発労働記』(講談社文庫)を読んだ。

原発の下請け・孫請け労働者については、大学時代に左寄りだった先輩などから聞いたことはあったが、実は当時、清潔な中央制御室のイスにすわっている電力会社の社員しかイメージできていなかった。
なので、今回、本書を読むまで、原子炉の近くで働くのだから、一般人より被ばく量が多いのは仕方ないだろう、くらいの認識しかなかった。
本書を読んで、まずいちばん驚いたのは、原子力発電所内の設備が、保守点検の効率性をまったく考えずに設計・建設されていることだった。
とくに敦賀原発の部分では、定期保守に必要な電源が常設されておらず、定期保守のたびに、まず孫請け労働者が高放射線区域に入って、作業用電源を引き込む作業から始めなければいけないことを初めて知って驚いた。
著者の言うように、これでは保守点検のたびに、ムダに被ばくする作業者をわざわざ増やしているようなものではないか。
原発のこうした設計思想も、まさに「トイレのないマンション」式に、人間の安全より運転コストを優先させる思想のあらわれだとわかる。
また、保守作業について、設備に問題はなくても、作業者が効率的かつ安全に作業するための、ささいな費用が徹底して削減されている。
放射性物質の吸引を防ぐため、ひんぱんに取りかえる必要がある防具が十分でなかったり、肝心の点検作業より、その準備作業に時間がかかるなど、コスト削減の結果、自動的に現場作業者の被ばく量が増える結果になっている。
次に驚いたのは、作業者の被ばく量の計測や、放射線に汚染された工具などの持ち出しが、日常的にごまかされていること。
すべては親会社である電力会社に知られないように、下請け・孫請けの段階でもみ消されている。もし電力会社に知られてしまえば、下請け・孫請け会社が原発関連の仕事を失うことになるからだ。
現に本書の筆者は保守作業中に肋骨を骨折し、明らかな労働災害だが、入院費用や休職期間の給与を全額補償するという条件で、労災申請しないことをのまされる。
同様の方法で隠蔽されている労働災害は他にも無数にあるとのことで、各原発の無事故・無災害記録は、どれもでっち上げであることが暴露されている。
他にも、驚いたことはたくさんあるのだが、とにかくこの「愛と苦悩の日記」の読者の皆さんには、ぜひ本書をご一読いただきたい。
そして、各電力会社が、本書が書かれて30年以上たっている今は、こんなひどい労働環境ではないと反論したいのであれば、定期点検中の原発にカメラを入れて、孫請けレベルの労働者が、2011年の今、どういう作業をしているのか、すべて公開すべきだろう。
個人的には、劇的に改善されていることはないだろうと予想している。というのは、本書に登場する福島第一原子力発電所にしても、美浜や敦賀にしても、原発の設備そのものが、30年前のままだからだ。
本書が書かれた後に建設された原発が、定期点検の作業効率を考慮して設計されているのかも知りたい。もしそうでなければ、本書が書かれ、出版されたことが、まったく活かされていないことになる。
僕らの、ある意味、安穏とした生活が、こうした大企業の下請け・孫請けの非正規雇用労働者に支えられていることは、原発に限ったことではない。こういった条件の悪い働き口も、ある人たちにとっては、生活するために必要な仕事だろう。
ただ、原発労働者については、放射線の被ばくがすぐに症状として出てこないために、そして、被ばくや事故の根強い隠ぺい体質があるために、それらが原発の運転コストとして認識されていない点が重大な問題だ。
原発は事故を起こさず、正常に運転されていても、定常的に下請け・孫請け労働者という被ばく者を年々生み出している。
しかもその被ばく量や、健康被害は、親会社である電力会社から見限られないように、下請け・孫請けレベルで隠ぺいされ、電力会社は隠ぺいされている事実さえ、知らずに原発を推進できる。
原発問題を考えるとき、こうしたことを忘れるべきではない。