「きょうの放射線量」を気にすることがフツーになる時代

僕はもしかすると自分で思っている以上に、今回の福島第一原発事故に精神的ダメージをうけているかもしれない。気のせいかもしれないけど。
もともと、原子力とか核とか放射線とか、そういったものに必要以上の恐怖感があるらしい。

大学のとき、映画マニアの友人に「絶対おもしろいから」とすすめられた『太陽を盗んだ男』という映画を観たら、若いころの沢田研二演じる中学教師が原爆を手作りする話で、かなりショックをうけてしまい、まともに感想を返せなかった。
この「核アレルギー」は、小学生の図書館にあった『はだしのゲン』を読破したことが原因だと思う。
この漫画の「被爆」者や、全身に熱傷を負った人の看病をする描写、とくに某昆虫の某幼虫を処理する場面などが、小学生の僕の脳裏にしっかり刻みこまれている。
いまGoogleで「はだしのゲン」と検索すると、しっかりいくつかマンガの画像が出てくる。原爆のような惨禍が二度と起こってはならないと思うものの、正直言って、このマンガは二度と読みたくない。
それくらい僕にとって『はだしのゲン』はトラウマになっている。
よく考えてみると、それ以来、原子力関係のことから遠ざかろうとしていたような気がする。
たとえば僕は大学で新左翼系の人たちと少し交流があった。原子力発電に反対していた人もいたに違いないが、そういった運動には少しでもかかわった記憶がない。

その後、この種の話題とかかわるのは、東海村JCO臨界事故で被曝された作業者の方の治療についてのNHKのドキュメンタリーだ。ウィキペディアによれば、正式な番組名はNHKスペシャル『被曝治療83日間の記録~東海村臨界事故~』(2001年放送)である。
このドキュメンタリーにも強烈な印象が残っている。
じっさいに画面に映し出されるでもない映像を、小学生のとき読んだ『はだしのゲン』をヒントに、自分で勝手に想像しながら見ていたからに違いない。ほぼ全身の表皮を失った人間がどんな様子か、など。
今回の福島第一原発事故では、全身被ばくされた方は幸いにしていらっしゃらなかったが、事故以来、否応なしに原子力発電所の構造や、放射能について勉強することになってしまった。
それに追いうちをかけるような、東京電力の対応のまずさ、などなど。
自分が長生きしたとしても、福島第一原発の後処理はまだ終わらないわけで、これからの時代を生きる日本人、その他の国の人たちも、多少なりともその影響を受けずには生活できない時代が始まってしまったということだ。
東京都の放射線量モニタリングポストが、今まで高さ18mの地点で測定していたなんていう、バカげたことが分かったのも、つい数日前にすぎない。
首都圏の放射線量の推移は、毎日のニュースでは「変化なし」と言っているけれども、本当にそうなのかを、マスメディア以外の情報源で追いかけ続けなければいけない。
電力予報はガスタービン発電その他の増設で、数年内には確実に不要になるだろうが、各地の放射線量の測定結果は、これから数十年は情報提供されるだろう。
「今日の放射線量」なんていうコーナーが、てれびニュースでフツーのことになる時代。とんでもない時代に生まれてしまったというか、ふつうに仕事する気には、すでになれないんだけど…。