鬼束ちひろの言行を、やっと興奮が冷めてきたので分析してみた

鬼束ちひろと彼女の個展「BUNNY AND THE PYTHON」の会場で直接会って、1時間弱おしゃべりしてから2日経ち、やっと冷静になってきた。
今日は、鬼束ちひろが最近の攻撃的な外見とどう違ったか、あるいはその通りだったかを分析的に書いてみる。
鬼束ちひろは落ち着きがなく、手足の動きが素早かった。
『月光』が大ヒットしたころ、当時の事務所によって作られた、清楚で透明感があり神聖な…といったイメージと比べると落ち着きがない。もちろんこれがふだんの彼女で、単にマスメディアが伝えていなかっただけのことだ。
彼女の自伝エッセイ『月の破片』にもあるが、当時のマネージャーに毎日のように立ち居振る舞いについて叱られていたのが、彼女にとっていかに苦痛だったか。鬼束ちひろの、よく動く手足や、おしゃべりな様子を目の前で見てよく理解できた。
おしゃべりなだけでなく、話題もころころ変わる。一つの話題についてじっくり話すという感じにならない。
まあ初対面のファンと少人数で楽しくおしゃべりしたいのだろうから、しんみり話しこんでも意味がない。それにしても彼女の頭の回転が速いこともあり、雑談が苦手な僕にとってはそのペースに付いていくのが大変だった。
ただ、それも彼女なりのファンサービスだったのだろう。いちいち解説するのは野暮だが、あえて書かせてもらう。
本人が個展の会場に行くのだから、鬼束ちひろは確実にファンと出くわすのを分かった上で来たはずだ。
『月の破片』で人間嫌い、かつ、過緊張を自認する彼女は、ステージ上のMCも苦手そうだし、個展の会場でファンと会ったときに何を話そうか、あらかじめ考えてから出かけてきたに違いない。
初対面の人と冷淡になり過ぎず、ヘラヘラし過ぎず、ふつうに雑談するのは、人間嫌いにとって難しいことのはず。ただ、相手は自分のファンであり、マスメディアの取材担当者とは違う。

『月の破片』に書いてるように、彼女はファンの存在を自分の活動の支えにしており、あの日、鬼束ちひろはそれなりに「努力」してファンと雑談していたのだろう。初対面のファンたちとの雑談で疲れていないか、やや心配だ。
ところで、行動に落ち着きがないことや、話題がころころ変わるところは、鬼束ちひろが軽度の広汎性発達障害かもしれないことの傍証になりそうだ。
展示作品について、彼女は公式サイトで「手悪さをさせたら一級品!」なんて自虐的なことを書いているが、手先でモノをさわり始めると、急に集中力が高まる場面も見ることができた。
一昨日も書いたように、ファンからプレゼントされたチョコレートの箱が、高級品だけあって、フタと実がすき間なく作られており、彼女の長いつめでは、パカッとかんたんに開かなかった。
ふつうのタレントなら、マネージャーが目の前にすわっているのだから、「ちょっと開けてくれる?」と言って助けを求めるだろう。マネージャーの方から手伝ったかもしれない。
でも鬼束ちひろは時間をかけてフタを自分で開け、マネージャーもそれを気にする様子がなかった。
別に彼女は意地になってフタを開けようとしていたわけではない。そうして指先を動かす種類の作業をし始めると、無意識のうちに作業に集中してしまうのだろう。これも、広汎性発達障害っぽい行動といえないだろうか。
また、あれほど派手なファッションやメイクをしていながら、真面目な性格がふと出てしまう瞬間も何度か目にした。
ファンが買ったTシャツにサインするときは、ファンの子の名前に勝手に別の漢字をあてたりしてふざけていたが、絵の勉強をしている例の男の子のファンがスケッチブックを出したときは、正しい漢字を何度も確認していた。
帰り際に僕と両手で握手をしてくれたときの、礼儀正しさ。
そんなところが、近くで見ていて、すごくいい人だなと思った。
テレビ朝日『やじうまテレビ!』のインタビューで、部屋に入ってくるなり、鬼束ちひろは挑戦的な目つきでインタビュアーを見つめていたが、個展の会場で、ファンの僕らにあんな視線を向けることは一度もなかった。
相手によって接し方が大きく変わるのは、人間嫌いで過緊張な彼女の自己防御だろう。最近の攻撃的なファッションやメイクも自己防御の一つかもしれない。
『月の破片』に書いてあるように、音楽の面と性格の面で、彼女の自己評価は落差が激しい。自分ってスゴイと思う面と、ダメな人間だと思う面の開きが大きい。
自己評価の低い自分をうっかり出さないように、自分をマイナス評価するおそれのある相手には、挑戦的な視線とド派手なファッションで「先制攻撃」しておく。彼女自身がそんなファッションを楽しんでいるのは当然だが、一方ではそういう自己防御にもなっているのではないか。
「先制攻撃」をしておくことで、自分の過緊張のために一言も話せず、取材そのものが成立しない最悪の事態を避けているのだろう。
それは、過去、メディアに登場した鬼束ちひろの姿と比較すればわかる。
『LAS VEGAS』リリース時の、エキサイト・ミュージックのインタビュー記事で、インタビューダイジェストの動画を見てみる。
当時の彼女はインタビュアーの質問に対して、異常なほど寡黙で、表情は眉間にしわを寄せたまま凍りついている。無防備な彼女は、取材一つにしてもこれほど緊張して何も答えられなくなるということだ。
さらにさかのぼって、東芝EMI在籍時代、メジャーなテレビ番組に出演していたころの彼女をいま改めて見ると、はにかみや可愛らしさは、明らかに「からまわり」している。事務所に「させられている」感たっぷりだ。
いまの鬼束ちひろの先制攻撃的なコミュニケーションも、『LAS VEGAS』当時の極度に防御的なコミュニケーションも、デビュー当時の過剰演出も、どれも彼女にとって楽ではないし、自然ではないはずだ。
しかし『月の破片』に書かれている家族関係を見る限り、今の彼女の振る舞い方が、ベストではないにしても、セカンド・ベストなのだと思われる。
彼女もバカではないので、先制攻撃的なコミュニケーションをすることで、相手を多少なりとも驚かせることくらいは分かっている。
ただ、そうすることで、自分の過緊張のために仕事を決定的に破たんさせることは避けられるし、自分としてもなんとかやっていける。
鬼束ちひろは、たぶんそこまでいろいろ考えて、何とかすべてをバランスさせた上で、今のファッションを楽しんでいるのだ。クスリでラリっているわけでも、頭がおかしくなっているわけでもない。
僕は彼女のすぐ左どなりにずっとすわっていたが、髪の毛からタバコの匂いはまったくしなかった。もちろんタバコを吸うこともなかった。
また、『月の破片』に書いてあるように、鬼束一家はお酒が飲めない。僕と同じで、遺伝的にアルコールを分解する酵素が少ない家系なのだ。
個展の会場に足を運んで、実際に彼女が描いた抽象画を見ればわかるが、クスリをやっている人間が、指先を動かす作業に没頭するというのは不可能だ。

クスリをやっている間は活動的になり過ぎて、黙々と作業するどこではないだろうし、クスリが切れればイライラで集中力がなくなる。
そもそも不眠症で睡眠導入剤を処方されている彼女が、覚醒作用のある薬に依存する必要性はない。依存する必要があるとすればダウナー系の薬だろうが、彼女はすでに不眠症とパニック障害治療のために、医者から処方された薬に頼っている。
頭の悪い人間や、平凡すぎる人間には、彼女の最近の言動は「ついに気が狂ったか」としか理解できないのかもしれないが、小一時間いっしょに過ごしてみれば、何もヘンなところがないのはすぐに分かる。
鬼束ちひろのインタビューの受け答えが、一見、支離滅裂な点も、攻撃的なファッションも、彼女のもともと過緊張な性格や、軽度の広汎性発達障害と思われる衝動性や落ち着きのなさから、合理的に説明がつく。
まわりくどい説明になったが、鬼束ちひろと雑談した短い時間でも、彼女の人としての魅力、どうしようもない生真面目さにふれることができ、僕はとてもとても幸せだった。