鬼束ちひろ『papyrus』2011年04月号記事レビュー(2)

『papyrus(パピルス)』2011年04月号の鬼束ちひろ特集について、引き続きレビューしてみたい。

前回書き忘れたのだが、暴力事件の章にまだ言及すべき部分があった。
一つは、鬼束ちひろが自分の身体能力や、体の丈夫さを自覚しているところ。東芝EMI時代の、薄幸の少女的イメージは本人も語っていたように、完全に作られたものであることが、ここからもわかる。
大量服薬で自殺未遂をしたのが事実として、そんなことしても、活動休止中に病的にやせ細っても、全治一か月の重傷を負っても、健康体に回復できるくらい、鬼束ちひろはとにかく丈夫らしい。
そして父親に対する敬意。両親との関係については、またこれから出てくるが、両親との関係は良く、遅れてきた反抗期的な解釈も的はずれらしいことがわかる。
それから、男性との関係の記述に、性的な内容がふくまれていないこと。文章の書き手として鬼束ちひろは節度があり、露悪趣味的なところはない。
以上が暴力事件の章について書き忘れた点だ。では続きをレビューする。
 もしかして私、ここで生まれたのかも!? そうだ、きっとここが私の生まれた街なんだ!
 NYに降り立ってマンハッタンを歩いたとき、そう思ってしまった。いくら私でも、宮崎で生まれたことを忘れてしまったわけではないし、過去を塗り替えようとしているわけじゃない。だけど本当に生まれた場所に帰ってきたような感覚になってしまったのだ。NYとの出会いは、それくらい運命的だった。
 初めて訪れたのは、2010年4月のこと。それまで海外といったら、香港とマカオとロンドンにしか行ったことがなかった。マカオではカジノに行ったけど、腰が引けてスロットしかやらなかった。PVの撮影で行ったロンドンは、街並みが美術館みたいできれいだったけれども、飛行機に乗っている時間が長すぎたことばかり記憶に残っている。それに比べて、NY! 自分の意志で最初に行くべき海外はNYだと、心のどこかで決めていた。そして実際に行ってみたら、あまりにしっくりときて、その年だけで三回も行ってしまった。
 どうしてそんなに惹かれるのか。うまく言えないけど、波長というかリズムがピッタリ。それに尽きる気がする。
 NYで一番好きな場所は、タイムズスクエア。いつもキラキラしているこの不夜城は、私のメンタリティを形にしていると言ってもいいくらい。静まることがなくて、刺激に満ちた街。私は飽きることなく、タイムズスクエア周辺をぐるぐると歩き回る。
 NYにいると、「ワッツアップ?(What’s up?=どうしたの?)」の連続だ。
 見て見て! あのユダヤ人のもみあげ、超長いよ。ワッツアップ?
 あの人、モデルみたいなんだけど。ワッツアップ?
 このハンバーガー、超おいしい! ワッツアップ?
 街を歩いているときは、常に興奮状態。初めて訪れたときの”ワッツアップ体験”は、特に衝撃的だった。
 ホテルの部屋で寝ていたときのこと。
 ガリガリガリガリッ!
 ドアをこじ開けようとする、ものすごい轟音で目が覚めた。
 テロだ! ビンラディンだ! ノーニューヨークだ!
 命の危険を感じた私は、部屋の中で咄嗟に死んだふりをした。身につけていたのは、タイムズスクエアで買ったばかりの大好きなM&M’Sのパジャマ。床に這いつくばっている私は全身緑色で、踏みつぶされたカエルみたいだ。命を狙われているのに、着替えている余裕はない。ドアの向こうでは、きっと男たちがこちらに銃を向けているに違いない。お母さん、熊谷さん。私もうダメかもしれない……。
生命の危機といった状況が、後からふり返るとひどく可笑しく感じられるというのはよくわかる。本当に心が病んでいたら、こんなユーモアが書けるはずがない。鬼束ちひろを狂人あつかいするのが、いかに的はずれか。でも、なんでお母さんの次にマネージャーさんなんだろう(笑)。
 死んだカエルの姿勢でいること、約二時間。ドアの轟音は静まったのに、敵が部屋に侵入してくる気配がない。一体どうしたというのだろう。何かがおかしい。匍匐前進をして、おそるおそる入口へ近づいてみた。すると、ドアと床のすき間に一枚の紙切れがあった。脅迫状?いや、違う。走り書きの汚い文字。しかもNYなのに、なぜか日本語。なんかこの字、いつも見ている気がするんだけど……。
「ちひろちゃんの部屋の鍵が壊れたみたいです。僕は下でお茶をしてるので、起きたら降りてきてください」
 ビンラディンじゃなかったの!? 熊谷さんかよ! 全身から力が抜けて、内側からへなへなとドアを開けると、廊下に作業服を着た大きな黒人が立っていた。
「ダイジョウブ?」
 大丈夫じゃない……、あんたに襲撃されるかと思ったよ! 心の中でそう思いながら、パジャマ姿のまま愛想笑いをした。このオッサン、絶対に私のことを子どもだと思ってる。チビだし、M&M’Sだし。ワッツアップだよ、まったく。
ここは具体的に想像してみるのがいい。あのM&M’sチョコレートのキャラクターがプリントされた、グリーンのパジャマを着て、黒人の視点からすると見下ろすほど背の低い、化粧っ気のない年齢不詳のアジア人の女が、愛想笑いをしている。黒人の方からしても、まったくワッツアップだろう。ははは。
 あとから熊谷さんに聞いていみると、私の部屋の鍵が壊れたのは本当らしく、業者を呼んで修理していたのだそうだ。工事用の巨大なドリルでこじ開け始めたはいいけど、仰々しい見た目と轟音のわりに作業は遅々として進まず、横で見ていた熊谷さんもそのうち面倒くさくなって、置き手紙を残してコーヒーを飲んでいたのだという。
 熊谷さんは、呑気に言った。
「ものすごい音だったのに、起きてこないからすごいなあって思ったんだけどね」
 眠っていたんじゃなくて、死んだ振りをしていたんだっつーの! 熊谷さんとも最期のお別れをしたっていうのに。今思えば、男に殴られた事件よりも、こっちのほうがよっぽど恐ろしかった。おかげで、私の中でNYのイメージはますます強烈になったけど。
 二度目に行ったときは、オカマにナンパされたし、タトゥーも彫った。三度目はパキスタン人のタクシードライバーに、「第三夫人になってくれ」と求婚された。
 タイムズスクエア周辺をひとりでふらふらと歩いていたら、ポリスに声をかけられた。私は日本にいるときも歩きながら何かにぶつかったり、転んだりすることが多くて、生傷が絶えないのだけど、たぶんそのときもこけたところを見られたのだと思う。ポリスがふたりで近寄ってきた。
「おい、何してるんだ? 大丈夫か?」
 アメリカのポリスは体が大きくて威圧感がある。こっちのほうが「ワッツアップ?」と言いたいくらい。
「酔っぱらってるのかい?」
 どうせまた、子どもだと思われているのだろう。
「誰かと一緒なのか?」
「マネージャーと」
「どういうことだい?」
 そしてなぜか言っちゃった。
「アイム・ジャパニーズ・コメディアン」
「オオー!」とか何とか言いながらも信じたところが、私としては不思議だったけど。滞在先のホテルを聞かれて、そのままタクシーに乗せられてしまった。
 日本にいると、何をしても”ミュージシャンの鬼束ちひろ”という肩書きがついて回る。だけどNYにいるときの私は、ひとりの日本人でしかない。コメディアンと名乗っても信じてもらえる、その自由さはやっぱり気持ちがいいものだ。
 初めて訪れたときから、ここに住もうと決めてしまった。NYと出会ったことで、音楽に対する意識に変化が生まれつつあるのも感じている。自分は音楽とどう向き合っていけばいいのか、これから何をしていけばいいのか、真剣に考えるようになった。今はまだ、旅行者として短期間の滞在しかしていないから、街を歩いて刺激を受けることに精いっぱいで、向こうで曲を作る余裕もない。だけどNYで感じたことは私の血や肉となって、すでに目に見える形として現れてきている。
 早くニューヨーカーになって、調子に乗りたくてしかたがない。NYのことを考えただけで、気分はワッツアップ? な感じだ。
中島美嘉も同じことを書いていた。NYに行けばひとりの日本人でしかなく、歌手という肩書きから自由になれる。気軽に海外生活を送れないふつうの日本人が、インターネットの匿名社会で現実の肩書きから自由になれる開放感と、きっと似ているのだろう。
剣と楓 - 鬼束ちひろ剣と楓 – 鬼束ちひろ
(つづく)