その東電たたき、自分の首を絞めてませんか?

仮定の話をしてもあまり意味はないが、福島原発事故について、自民党政権ならもっとましな対応ができただろうか。
東京電力や原子力安全保安院のトップが別の人たちなら、問題はもっと早く収束していただろうか。
そもそも戦後、原子力の平和利用と称して原子力発電所を推進してきたのは、自民党政権と大手メディア、特に日本の左翼勢力による反原発運動を恐れた読売系列だ。
「だからこそ自民党政権なら原発事故にもっとうまく対処していたはずだ」と考える方は、自民党政権を支持して原発「推進」をもっと叫ぶべきだった。
逆に「自民党政権でも結果は同じだった」と言うなら、いま民主党政権を叩くことにさほど意味はない。明確に原発反対の考えで、他の論点に興味がなければ、次の国政選挙で日本共産党に投票するくらいしか手がない。
東京電力や原子力安全保安院など、いま原発事故にかかわっている組織以外のところに、もっと対処能力に優れた人たちがいるはずだという考え方があるかもしれない。
僕個人はそうではないと思うが、仮にそれが本当だとしても、東京電力や保安院の問題ではない。
適切な人材を最も必要とされる東京電力や保安院などの組織に配置するのを妨げた、日本社会のしくみの問題だ。
その意味で、いま原発事故に対処している政府や東電などの組織を非難しても、今後の問題解決を早めることにつながらない。
せいぜい情報の適時公開がなされるだけで、福島原発の事故処理にあたっている人たちの作業速度が高まるわけではない。
逆に関係者の士気が下がり、それを補うために自衛隊の大量投入でもしなければならない結果になる可能性が高い。
本来、批判すべきなのは、原発をそのような体制で推進させてきた日本の社会のしくみの方だろう。
例えば大手メディアと、その大口スポンサである電力会社の癒着を非難するなら、まず自分自身がその癒着を支えるしくみの外側に立っているかどうかを考えてみるべきだ。
たとえば、今回の原発事故の対応について、大手メディアが報道しない事実をインターネットの草の根メディアが伝えている。
しかし、インターネットを支える無数のサーバーやネットワーク機器は、世界各地のデータセンターで膨大な電力を消費して稼動している。
動画を含む膨大なデジタルデータの配信は、いつでも安心してデータセンターを拡張できるという、電力需要の余裕への依存の上に初めて成り立つ。
(*注釈:データセンターとは、高性能なコンピュータやパソコンを集中管理する大きな倉庫のような場所。
例えば数百万人がアクセスするようなウェブサイトは、少なくとも10台以上の高性能パソコンやネットワーク機器が集まって出来ている。
コンピュータは性能が高くなるほど電力を消費し、熱をもつ。熱を持ったままにしておいたり、湿度が低すぎても高すぎてもコンピュータは故障するので、データセンターの内部は一年中、空調がガンガンに効いている)
ネットメディアで活躍するジャーナリストは、記者クラブという閉鎖的な制度からは自由でも、原子力発電所込みで成り立つ現時点の社会からは自由になれない。
インターネットを毎日駆使することで電力の恩恵をうけながらも、原子力を前提とする現時点の電力政策に、どうすれば説得力のある批判ができるか。もう少し考えた方がいい。
東電の社長が仮病を使っているとか、菅首相は使えないとか、特定の人物や組織をやり玉にあげて個人的にスッキリするのはいいが、今後長期にわたる日本の電力問題には何の役にも立たない。
まず原子力発電所の全廃を目指すなら、一時的な節電努力ではなく、恒久的に電力需要を低減するように、今の日本人の根本から変える必要がある。
これは、「マイ箸」みたいなお気楽な環境保護運動よりも、抜本的な生活改変になるはずだ。
少なくとも、夜昼となくがむしゃらに働くことに生きがいを感じるアングロサクソン型の仕事中毒には無理な相談で、むしろラテン系の、土日は街の商店はお休み、夏休みはたっぷり1か月のバカンスといった生活様式に近くなるはず。
正義を標榜して仮想敵をたたけばたたくほど、それを支えている思想を体現した、いかにも現代人らしい生活様式に、自分がずっぽりとハマっているのを露呈するだけ。
東京電力や政府の失態を非難する人たちの姿が、やや滑稽に見えるのは、そういう理由だろう。