『FREE~<無料>からお金を生みだす新戦略』を読んだ

クリス・アンダーソン『フリー~<無料>からお金を生みだす新戦略』(NHK出版)を読んだ。

この本を読む気になった理由は、エイベックスで中国美人谷出身の女性歌手、alanのプロデュースをしている菊池一仁氏が、ツイッターでミュージシャン仲間にすすめていたからだ。
「フリー」という題名なんだから、音楽CDの海賊版についてもふれているに違いない。そんな書物を、音楽業界人がすすめているということは、「フリー」という題名は単なる引きで、結局、著作権者サイドの内容なのではないかと思い、読んでみた次第だ。
ところが、意外にも本書は、電子データが無料で流通することの利点を強調している。
たとえば、複製コストがゼロのデジタル著作物の価格が、著作権保護技術が解読され、解除されることで、事実上無料で流通してしまうのは、重力の法則と同じように必然だ、とまで書いている。
また、中国でWindowsやOfficeなどの海賊版が大量に流通したことは、マイクロソフトにとって損失なのではなく、逆に発展途上国で「あらかじめ」独占的な地位を得ることにつながっていると書いてある。
つまり、マイクロソフト製品の海賊版が大量に出回ることで、中国大陸のユーザは同社製品にロックインされる。
やがて中国が経済発展をとげ、国際世論の圧力もあり、正規版を購入するようになったとき、マイクロソフトは中国大陸から巨額の収益をあげられる、という理屈だ。
そして本書は、音楽業界人にとって、電子データのかたちの音楽を無料で流通させることの利点も書いている。
発展途上国のミュージシャンにとって、アルバムはコンサートの集客のための宣伝媒体であり、無料で配布してかまわない。それによって、コンサートやグッズの販売による収益があがるからだ。
その他、行動経済学を引き合いにした考察など、いろいろな具体例がちりばめられており、読み物としてはおもしろい。ただし、決して経済学や企業経営の専門書として読むべきではない。
さて、本書の主旨を、エイベックス所属のプロデューサである菊池一仁氏が、ちゃんと理解したとすれば、次のような疑問をもつはずだ。
「すでに固定ファンがたくさんいる浜崎あゆみや倖田來未の楽曲と、まだまだファンを増やす必要のあるalanのような新人の楽曲が、同じ1曲200円でダウンロード販売されるのは、おかしいんじゃない?」
本書が投げかけている本質的な提案は、複製コストがほぼゼロの著作物を、複製コストのかかる著作物と同じ考え方で価格設定するのは、むしろ権利者にとって損失になる、ということだ。
たとえば、浜崎あゆみの熱狂的なファンは、1曲が300円になってもダウンロードするだろう。300円なら買わないというなら、楽曲の品質がその程度にしか評価されていないだけのこと。
しかし「alanってだれ?」という消費者にとって、alanの楽曲の価値はゼロだから、200円という価格は、期待する品質に対する価格としては200円÷ゼロで無限大の壁になる。
まだ無名のalanの楽曲を100円であれ200円であれ、有料で配信することは、その歌手を知らない多くの消費者にとって、「エイベックスはalanを売る気はありません」という意思表示になってしまう。
仮にエイベックスの音楽制作部門が、制作部ごとの独立採算制になっているとすれば、組織自体がデジタル配信時代に追いついていない、ふるくさい組織ということになる。
浜崎あゆみやEXILEからあがる収益は、エイベックス内部で、無名の新人を売り出すコストをまかなうために、積極的に流用されて当然だ。他のレコード会社でも同じことが言える。
さもないと、そのレコード会社は全体としてジリ貧になる。
もしも著作権管理団体の体制が、デジタル配信時代に追いついておらず、作品ごとにきめ細かい価格決定をするのをさまたげているなら、JASRACにメスを入れるべきだろう。
さもないと、個々の歌手をいくら一生懸命売りだそうとしたところで、音楽業界は寡占状態になり、多様性をなくし、創造性が犠牲になる。それでいいのかという話だ。